始まり➇
「それじゃあ、山田くん、イズミちゃん。また来てね」
夕食を食べて、おれたちは金田の家を後にした。
「本当にごちそうさまでした。お土産までもらってしまって」
「いいのよ~。こっちもバカ息子が勉強を教えてもらったお礼だから」
グフっと金田の心にダイレクトアタックが発生する。ざまあみろ。
おばさんは、たまにさらっと毒を吐く。その様子を見ると、こちらまで幸せな気持ちになれるのだ。
「本当にいいのか。車で送っていくぞ」
「だいじょうぶ。少しだけ歩きたい気分なんだ」
傷心を少しでも癒やしたいし……。夜の空気を吸って、気分を和らげたい。
「わたしも山田くんに送ってもらうよ。家もすぐそこだしね」
「そう。ふたりとも気をつけてね」
おばさんは、優雅な笑顔を浮かべた。
「「ごちそうさまでした」」
こうして、おれたちは解散した。なんだかんだで、楽しい放課後になった。
「楽しかったね~」
「うん」
蒼井さんは上機嫌だった。
「おれの心はハートブロークンだけどね」
「意味が重なってるよ」
「知ってます」
フフフとふたりで笑いあった。蒼井さんは、金田がいなくても話しかけやすい女子だ。男子にもかなり人気がある。金田は爆発した方がいい。
「残念だったね」
「もう傷口をえぐらないで」
おれは震えながらそう懇願した。
「そうじゃないよ。慰めてるんだよ、一応ね。彼もわたしも」
それはわかっていた。笑い話にして、少しでも痛みを忘れることができるようにの配慮。この一年間、ずっと遊んできたからそれは痛いほどわかっている。
「ありがとう」
夜空を見上げて、そう言った。見上げた星空は少し光が滲んでいた。
「前から聞きたかったこと聞いていい?」
「なに?」
「蒼井さんは、いつから金田のこと好きなの?」
「あーそれ」
「うん、それ」
「ずっと聞かないから、もう聞かれないと思っていたよ」
「タイミングがなくてね」
「そっかぁ」
「そうだよ」
「明確に自覚したのは、小学校六年生のとき」
「長いね」
「うん、もう五年」
「どうして好きになったの?」
「なに、仕返し?」
「少しだけ」
もうっと短い不満の声を彼女は言う。でも、彼女は幸せそうだった。
「わたしも、なんとなくだよ」
「なんとなくって……」
さっき、おれのことを散々からかったのに。
「ごめんね、さっきはからかって。でも、」
「でも?」
「ひとを好きになるのに、理由って必要?」
「……」
「ね、いらないでしょう?」
そんな話をしていると、彼女の家の前までたどり着いた。
「じゃあ、また学校で」
彼女は颯爽と家の中に入っていく。
少しだけ救われた気分になった一日だった。