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夜(蒼井編)

「おかえりなさい」

 わたしは、無理をして彼女を出迎える。昨日から、わたしたちは少しだけ微妙な関係になってしまった。付属中学の時から、知り合いで仲もよかったのにな……。

「うん、ただいま」

 彼女は少し疲れた顔をしていた。

 疲れて当たり前だ。彼女、佐藤さんは、たったいま告白したところなのだから。わたしは、それを無理して、笑顔で出迎えた。そして、彼女が告白した相手は、わたしの異性の親友であり、小さいころからの幼馴染である彼だ。


「それで、どうだったの?」

 わたしは、少しだけ語気を強めてしまった。そんな自分に、自己嫌悪が生まれる。彼女は、きちんと筋を通してくれたのに……。やっぱりわたしは嫌な人間だ。だから、彼には不釣り合いなんだ……。

「うん、それがね……」

 彼女は微妙な顔になった。わたしは、早く次の言葉を聞きたかった。彼が選んだ選択を早く知りたかったのだ。

「保留にしてくれって言ってた」

「えっ?」

 正直に言えば、言っている意味がわからなかった。どうして、彼は彼女の真摯な告白にちゃんと答えなかったのか……。

「なんで?」

 思わず声に出してしまう。

「いきなりのことで、頭が混乱しているからだって。彼らしいね」

「もう、本当にヘタレ」

 思わずわたしまで憤ってしまう。

「イズミちゃんがそれを言う?」

 思わず佐藤さんにツッコまれてしまう。たしかに、わたしが言う資格はなかった。

「ぷっ」

 わたしはどんな顔をしていたのだろうか。彼女は、私の顔を見て吹き出した。

「ぷっ」

 わたしも釣られて吹き出してしまう。

 昨日から微妙な雰囲気だったわたしたちの部屋に、笑いが発生した。ふたりは、お腹が痛くなるほど笑ってしまった。


「本当にひどいね。ギクシャクしていたわたしたちが、馬鹿みたい」

「本当だね」

「だから、山田くんから、“ラノベ主人公”ってバカにされるんだよね」

「ね。まさにラノベ鈍感主人公を地で行くよね」

 そして、また、笑いだした。

 彼女とは中等部の時からだから、五年以上知り合いだ。

 でも、この一瞬のおしゃべりで、わたしたちは今まで一緒に過ごした五年間以上の時間を過ごせたように思えた。


 ご飯を食べて、お風呂に入った後もわたしたちのガールズトークは続いた。

「それでね、彼ったら……」

「それで、それで」

 わたしたちは、彼の昔話で盛り上がった。

 彼が厨二病全開で、痛々しかったころの馬鹿馬鹿しいエピソード。

 初等科の時の遠足で、ふたりで迷子になってしまったとき、彼がわたしを励ましてくれたんだけど、先生と会えたら、逆に彼が大泣きしたときのエピソード。

 バレンタインデーにチョコを渡したのに、義理だと思われたエピソード。

 わたしと彼の思い出が、他のひととも共有されていく。素敵な夜になった。

「楽しすぎて、遅くなっちゃたね」

「うん」

「そろそろ寝ようか」

 彼女は言った。時計はもうすぐ二時になりそうだった。


「ねえ、イズミちゃん。もう、寝た?」

 しばらくすると、彼女はわたしに話しかけてきた。

「うん、寝たよ」

 わたしはそう答える。彼女ははにかんでいた。

「じゃあ、これはわたしの寝言だから。気にしないで、聞いてね」

「なに、それ」

「いいじゃない。こういうのも」

「うん」

「もう少し、自分に素直になったほうがいいと思うよ」

「……」

「わたしのこととか、将来のこととか。今の関係とか。気にしすぎだよ」

 彼女は少しだけ寂しそうだった。

「今日、イズミちゃんといっぱい話してみて、確信したよ。前からわかっていたんだけどね」

「なにを?」

「これは寝言だよ。イズミちゃん」

「ごめん」

「次は、イズミちゃんの番だからね。それだけは、言っておくよ」

「……」

 わたしはなにも言えなくなってしまった。

「ありがと」

 そうつぶやくのが精一杯だった。


「少しお水を飲んでくるね」

「うん」

 わたしは台所へと向かった。階段を泣きながら降りた。

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