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夕方(佐藤編)

 わたしは、ついに金田くんを呼びだした。

 今から作戦決行だ。そう、勝てるわけがない勝負が今からはじまるのだ。


 彼には、三十分後と伝えた。でも、わたしは、もうそこにいたのだ。メッセージはビーチで発信した。

 そして、わたしはそこで三十分を待つのだ。

 気持ちを落ち着けるため。覚悟を決めるため。そして、すべてを彼に伝えるため。

 この三十分は、今まで一番長く、そして短い三十分になるだろうな。


 彼と出会ったのは、付属中学一年生の時だった……。

 彼は小学校から、ずっと内部進学。わたしは、中学からの編入生だ。

 中学から、学園に入るのはどちらかというと少数派だった。

 クラスは、すでにグループが作られていて、わたしは取り残された気分になっていた。


「あー、今年はイズミと違うクラスだな」

「ね、久しぶりだね。寂しい?」

「寂しくなんかねえよ。いつでも会えるしな。いつものように遊べるし」

 隣の席の男女がそんな風に話しているのをおぼえている。とても熱々なカップルだと思った。

「おー、金田。相変わらず、ラブラブだな」

 クラスメイト達がそう囃し立てた。

「そんなんじゃねーよ」

 彼、金田くんはそう否定した。でも、はたから見ても、とてもお似合いのふたりだった。


 彼と仲良くなるのに、時間はかからなかった。

 なぜなら、彼のコミュニケーション能力がすごかったから。

「教科書忘れたから、佐藤さん見せて」

 こんな感じのはじまりだった。

 それから、彼と話すようになった。

 好きなマンガのこと。クラスメイトの失敗談。変なネット上のお話。彼はクラスの中心にいたムードメーカーで、いつの間にか彼を中心にクラスメイトの輪ができていた。

 それのおこぼれをいただいたのが、わたしだった。

 彼が作り出す輪の一番近くにいるわたしは、必然的にほかのクラスメイトと話す時間が多くなり、自然と友達ができていった。


 こうして、わたしは彼に救われた。

 周囲の人を幸せにしてくれる彼によって。


「ねえ、佐藤さんっていつも金田くんのこと見てない」

 給食を食べている時、仲の良い女の子からそんな風にからかわれた。

「もしかして、金田くんのこと好きなの?」

「えー、違うよ。だいたい、金田くんには蒼井さんがいるじゃない。わたしなんかじゃ、相手にもならないよ」

「蒼井さんと比べている時点で、好きってことじゃないの?」

 わたしは、顔を真っ赤にして反論ができなかった。


 そんなことを思いだしていたら、彼はやってきた。

「お待たせ」

「わざわざ、ありがとうね」

 わたしはそう返事する。心臓が高鳴りはじめた。

「どういたしまして」

 なぜだか、おかしくなった。たぶん、彼はわたしに呼びだされた理由がわからないのだろう。

 なんだか、ソワソワしていて変だった。


「そう言えば、ふたりで話すのって久しぶりだね」

 高校二年になってしまってから、彼とは少し距離ができてしまったように思う。

「たしかに」


「中学時代からほとんど同じクラスなのにね」

 彼は不思議そうな顔をしていた。なんの話か困惑している様子だ。

「結構、隣の席だったことも多いんだよ? わたしたち……」

「そうだっけ?」

 彼はふざけた様子でそう言った。それは、わたしが大好きな彼の笑顔だった。

「ひどいなー。忘れてるんでしょ」


「ねえ、金田くん? 山田くんがわたしに告白したとき、キャスティングしたのきみでしょ?」

 わたしはついに踏み込んだ。こう言えば、次に来る会話はほとんど予想できた。

「うん、まあ」

「わたし、ちょっと期待していたんだよ。金田くんから呼び出されたかもしれないってさ?」

 あの時は本当にドキドキした。彼のクラスに、匿名で呼びだされたのだ。もしかしてと少し期待した自分がいた。

「ごめん。でも、どうして期待なんかしたんだよ」

 ここまで言っても、彼には伝わらないようだ。

 山田くんが、鈍感ラノベ主人公と呼んでいる理由がよくわかる。

 こんな鈍感さが、たまらなく愛しいと感じてします。わたしは病気だ。それも、かなりの……。


「それはね」

 事前に考えた、内容と同じ進み具合だった。わたしの心は落ち着いていた。でも、胸の高鳴りは、止められなくて……。矛盾している。まるで、心が分裂してしまったみたいだ。

「わたしの好きなひとが、あなただから」

 ついに、言ってしまった。これでもう後戻りはできない。

「えっ」

 彼はいままで見せたこともないような顔で固まっていた。それがとてもおかしくて、愛おしかった。


「今日、呼びだしたのも、そのことなんだ」

「……」

 彼はまだ固まっていた。

「ねえ、金田くん?」

「はい」

「あなたのことが好きです。大好きです。お付き合いさせてください」

 わたしは、思いのすべてを彼にぶつけた。長い沈黙が待っていた。


 しばらく経っても、彼は硬直していた。

「ねえ、金田くん? 返事くれると嬉しいな。これでも、わたし頑張ったんだよ」

 そうせかす。

「あ、ああ。ありがとう、とても嬉しい」

 彼はしどろもどろにそう言った。

「ごめん」

 ああ、終わってしまうのか。わたしは不思議と冷静だった。

「頭が混乱していて、まだ答えが出せない。少しだけ時間をくれないか?」

 意外な反応だった。ここで玉砕する覚悟だったのに。

「うん、もちろん。悩ませてごめんね」

「こちらこそ、ごめん」

「いいよ。じゃあ、わたし少し散歩してくるよ。またね」

 そう言ってわたしは歩き出した。どこまでも続いているように見える海岸をひたすらに……。

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