密会
ダイニングに下りると、今回の依頼主である佐藤さんは本を読んでいた。
彼女はおれの姿に気がつくと本を閉じた。
「ごめんね。夜に呼び出しちゃって」
普通なら大歓迎なんだが。今回の相談事の内容を考えるとおれは少し憂鬱だ。
「お待たせ。なにを読んでいたの?」
「『リヴァイアサン』っていう小説」
奇遇にも先ほどおれが読んでいた『オラクルナイト』と同じ作者だった。
「その作者の小説おもしろいよね」
「山田くんも好きなの? わたしもこの作者好きだよ」
「うん、なんだか不思議な物語が多くて、どこから現実か精神世界か曖昧になる感じが好き」
「わかる」
本題に入る前に、一通りの小説談義に花が咲いた。リヴァイアサン。旧約聖書に出てくる凶悪で不死身な怪物の名前だ。たしか、≪ねじれた≫という単語が語源となっている。まるで、今の関係を暗示しているかのようなタイトルだ。
「それで、本題なんだけどね」
楽しい時間はこれまでのようだ。彼女の顔が真剣な表情になる。おれは覚悟を固めた。
「もしかして、蒼井さんとのこと?」
おれは、さきほどの海岸での出来事から、相談内容を予想していた。たぶん、この話だろうと。
「うん、そうなの。もしかして、彼女から聞いた?」
「偶然、買い出しの帰りに会ってね。ガールズトークしたんでしょ。金田のことについて」
「そうなの」
彼女の顔は苦くなった。そこには、後悔の色があった。
「秘密にするんじゃなかったの?」
たしか前に、彼女はそう言っていた。意地悪な質問だということは自覚している。
「責めてる?」
「責めてないよ。疑問に思っただけ」
「すこし、幼馴染コンビの毒気にやられたのかもね」
「毒気?」
「昔からの付き合いだからこそ、悩めることを相談されてね。わたしの知らない彼がそこにはいた。少しだけ嫉妬した」
「それは……」
「でも、後悔はしてないよ。自分のこころには嘘をつかなかった」
彼女の顔は凛とした誇らしさがあった。
「ねえ、山田くん。わたし、明日、ダメもとで≪告白≫しようと思うの」
その言葉を聞いて動悸がした。世界がすべて止まってしまったような感覚になる。どうして、よりにもよって。おれはこんな話を聞かなくてはいけないんだ……。心の中にどす黒いものが渦巻くのを感じる。
「そうなんだ」
そう答えるのが精一杯だった。




