始まり③
「そういえば、今日はバイトなかったのか?」
「ああ、久しぶりの平日休みだ」
金田は金持ちの癖に、アルバイトに精を出している。
「働く必要ないだろ」と前に聞いたことがあった。当然の疑問だろう。こいつは、お金持ちの坊ちゃんなんだから。
金田は笑いながらこう答えのだった。
「オタ活は自分の金でするにかぎる、それがおれの持論だ」
清らかなどや顔だった。
謎の精神だ。
金田の親も、どうやら「若いうちは色んな体験をしていたほうがいい」と乗り気らしい。今はファミレスとコンビニを掛け持ちしている。
バイトが忙しいと課題がピンチになることが多いので、いつもおれに助けを求めに来ている。去年の夏休みの課題のときは酷かった。ふたりで半日缶詰だったのだからな。
だから、このパターンは慣れっこだ。
いつも勉強を教えて、ご飯を食べさせてもらう。ギブアンドテイクの関係だ。
おれは兄貴にメールをしておいた。兄貴もこういう時は、彼女と遊びに行くチャンスだから大喜びだろう。
「さて、ついたぞ」
相変わらずの豪邸だった。都会の中心地にこんな豪邸を建てたら、一体、どれくらいかかるのか。
数億? 数十億?
庶民には恐ろしくなる妄想だ。
「あら、山田さん、いらっしゃい。ゆっくりしていってね」
金田のお母さんが出迎えてくれる。いつものように優しそうだ。
「ああ、お母さん。お邪魔します」
「ご飯食べていってくださいね。いつも悪いわね」
お母さんもすぐに察したようだ。去年の夏休みも、こちらが恐縮するくらい謝ってくれた。
「いえ、こちらこそ。いつもありがとうございます」
おれたちは、金田の部屋に入った。ライトノベルとアニメのブルーレイがぎっしり詰まった部屋だ。
「今日は母さん機嫌いいわ。やっぱりお気に入りの山田が来てくれてうれしいんだろうな~」
「そうなのか」
「そうだぞ。母さんはいつもお前のこと褒めてるからな。今日は絶対にごちそうだな」
山田はルンルンで喜んでいた。
ここまで好意を向けられると少し恥ずかしくなる。
「ああ、言い忘れてた。今日はイズミも来るからな」
おれの顔が渋くなる。
蒼井イズミさん。この金田の幼馴染で、クラスは別だけど同じ学校に通う同級生だ。
正直、かなりかわいい。
なにが嬉しくて失恋翌日にリア充のイチャイチャ動画をみなくてはいけないんだ。それも、目の前で生放送だと…・。
「リア充爆発しろ」
「イズミとはそんなんじゃねーよ」
そして、金田はラノベ主人公ばりの鈍感属性だ。奴は本気で言っている。蒼井さんに同情する。
「そう思うならそうなんだろうな お前ん中ではな」
おれは、悪態をつきながら、課題のノートを開いた。