始まり②
「おい、山田。明日の宿題手伝ってくれよ」
放課後のクラスルームが終わった後、金田は大声でおれに話しかけてきた。
さきほど、おれのメンタルに総攻撃をしかけてきた男とは思えないほど、図々しい。
おれは渋い顔で奴をにらむ。
「そうかっかするなよ。親友だろ、おれたち」
奴はそんなことを気にも留めていないように、大笑いをはじめた。
「ついでに、エキサイトバーガーで羞恥プレイだろ」
「まだ、さっきのことを根に持ってるのかよ。しょうがねえな~。今日は夕食ご馳走するからさ~。母さんが気合入れてるから豪華だぞ」
夕食。ご馳走。豪華。甘美な響きに、おれの心の防波堤は簡単に決壊した。
「しかたねえな。今日だけだぞ」
「校門に車待たせてるから、乗っていってくれ」
金田はもう準備万端だった。
いつもの黒塗りの高級車がそこにはあった。何も知らない人がみたら、萎縮してしまうような車だ。相変わらずの金持ちぶりを披露してくれるぜ。
「おお、山田。こっちこっち」
がーと車の窓が開くと、金田が手を振っていた。
「おじゃまします」
「くつろいでくれ」
そう言うと、車は金田の家に向かって出発した。
相変わらずの豪華な内装におれは落ち着かずにきょどってしまう。
「いい加減、慣れろよ。一年の時から何十回も乗っているだろ」
金田はケタケタ笑いだした。
「相変わらずのボンボン振りだな」
「学院生なら普通だわ」
「はいはい、貧乏人でごめんなさい」
おれたちの通う“学院高校”は、俗に言う“金持ち”や“上流階級”のご子息・ご令嬢が通う名門校だ。学費もべらぼうに高い。だから、クラスメイトもほとんどが有名企業の重役の子供だったり、高級官僚の子供だったり、元華族だったり……。
その一方で、おれはそんなに裕福ではない。両親は中学時代に死んでしまって、市役所に勤める兄が親代わりになっている。おとこ二人の貧乏暮らし。そんな生活だ。
どうして、おれがそんな名門校に通えているかというと、ずばり学院の“奨学金”制度のおかげだ。優秀な人材を集めるために、成績優秀者は学費の免除と返還不要の奨学金を受け取れる。おれは、なんとか上位の成績を維持して、その制度を利用している。成績が落ちたら、即終了。悪・即・退学。そんな崖っぷち学生生活をおれは送っている。
幸運なことによくマンガでみる貧乏人差別というのは、あまりない。金持ち喧嘩せずとは良く言ったもので、ほとんどの生徒に心のゆとりがある。クラスの数人はおれとうまくいっていないが、それは少数派だ。
特に、この金田はフレンドリーが服を着て歩くようなやつだ。
親は有名な高級ホテルをいくつも経営している。まさに金持ち。まさにお坊ちゃま。
一年の時から、同じクラスだった。周りの上流階級オーラにビクビクしていた俺に奴は開口一番こういったのだ。
「よう!昨日のハイパーマンV観た?」
まだ、自己紹介もしていないのに、この調子だった。高校最初の会話が、日曜朝の特撮番組ネタとかなんの冗談だよ。冗談じゃなかったんだがな。
その後、永遠とオタクトークを繰り広げられて、三十分後。
「そういえば、名前聞いてなかったな。おれは金田。よろしく」
とか言っていた。こいつは、名前も知らない誰かに、永遠と特撮ヒーロー話をくり広げていたのかと思うと、急におかしくなってきた。ふたりで笑いだす。
それ以来の腐れ縁だ。