学校③
蒼井さんのただならぬ気配におれは戦慄する。これは金田に借りて観た昔のアニメを思いだすような殺気だった。まさにヤンデレヒロイン。「逃げよう」とおれは動物的本能からそう決断した。
「ああ、蒼井さん……。久しぶり。金田なら教室にいるから、おれはここで」
そう言いつつ階段にダッシュする。よし、もうすぐこの修羅場から逃げられる。もっと早く。もっと早く。おれのそんな淡い希望は簡単に打ち砕かれた。蒼井さんの細い腕がおれの肩をつかむ。そんなに力はいれていなかったはずなのに、鉛のような重さをもっているかのようにおれは感じた。
「知らなかった? 大魔王からは逃げられないんだよ……」
「ねぇ、山田くん、どうして逃げるの?」
絶対零度をまとった言葉がおれに襲いかかる。「あっ、これは死んだ」とおれが直感するほどの怒気が籠っていた。
「逃げてないよ。ただ、帰って勉強しないといけないだけだから……」
「嘘だツ」
ごめん、みんな。もう逃げられそうもない。
そして、ズルズルと教室の中へ連れていかれるおれ。これが、後に語られる血の月曜日事件である。
「さて、ふたりとも、どうしてわたしが怒っているかわかっている?」
「「大変申し訳ございませんでした」」
なんの言い訳もしなかった。ここで選択肢を間違えたら、即座に「学校の日」と同じにことになる。明日、教室で「nice boat.」の惨劇を起こすわけにはいかないのだ。だから、あえて選ばない選択肢をとり続ける。
「ヒントは、ゴールデンウイーク、吊り橋、カップル……」
おっと、ふたりで顔を見合わせる。おれはひそひそ声で金田に話しかけた。それは最悪の可能性だった。
「おい、金田。この前の日帰り旅行。もしかして……」
「ごめん、イズミのこと誘い忘れた」
「おいっ」
「だって、男と行ったほうが、いいネタになると思ったんだもん」
「違うだろう、このバカ―」
「さあ、懺悔の時間だよ。ふたりとも、最後に言い残すことはない?」
辞世の句を考える。「面白きこともなき世をおもしろく」「難波のことも夢のまた夢」。偉人達もこんな気持ちだったんだろうな。そして、おれたちは終わりの時間を宣告される。
「はい、時間切れ」
蒼井さんが少しずつ近づいてくる。おれたちの悲鳴が教室にこだました……。
ヤンデレの歴史がまた一ページ。




