日帰り旅行③
おれたちは帰りの電車に揺られている。
今日は濃厚な一日だった。こう言うと、少し意味深すぎるかもしれない。さっきの黒歴史を思いだしながら、おれは嘲笑する。今日も、なにか大事なものを失った気がする。というか、この一カ月で、青春のブラックページを作りすぎている。このままだと、暗黒時代になりそうで怖かった。
「いや~楽しかったな。竜神橋」
金田はあんな黒歴史を作ったばかりなのに、飄々としていた。
「アユの塩焼きと山菜そば。まさに、山の幸だったな」
金田は話を続ける。どうして、あんなことをしておいて、こんなに満足そうな顔ができるんですかね、あなたは。
「たしかに、あのご飯は美味しかったよ。だけどな、だけどな……」
「なんだ、あの濃厚な時間を思いだしちまったのか?」
「やめろ、やめてくれ、思いださせないでくれ」
「ああ、ふたりだけの最高の思い出をつくれたよな」
この金田の意味深発言に、電車内の周囲のひとたちが動揺しはじめた。
「おい、あのふたりってまさか……」
「仲良さそうだよな」
「アッー!」
「おまえ、絶対わざとやっているだろう」
涙目でおれは金田に抗議する。金田の顔がすべてを物語っていた。
それは数時間前のできごとである。吊り橋を渡り終えたおれたちは、恋人たちがイチャイチャする鐘の前に立っていた。
「いいのかい。ホイホイついてきて、おれは……」
「おまえが無理やり連れてきたんだろう」
「吊り橋だけにか?」
「うまくないから。いいから離してくれ」
「さぁ、並ぶぞ!!」
「だーかーらー」
周りの視線が痛かった。一部の婦女子たちからは、黄色い声援が送られた。
この鐘は、カップルが同時にボタンを押さないと鳴らない仕様らしい。
ああ、盛り上がるよね~。こういうイベント。おれだってしたいよ。彼女とさ。でもさ、いまここにいるのは、男の同級生なんだよね。神さま、お願いです。金田は美少女にトランスフォームしてください。
「なにをブツブツ言ってるんだよ。もうすぐだぞ」
「いーやーだー」
幼児退行化しているおれ。
「男は度胸!なんでもためしてみるのさ」
「元ネタと時と場合を考えて」
ついにおれたちの番が回ってきた。
周囲の人たちがざわつき始める。金田はノーテンキに、歓声に応えるスポーツ選手のように観衆に手を振っていた。ここまで、来てしまってはもうどうしようもなかった。
おれたちはタイミングを合わせて、ボタンを押す。綺麗な鐘の音が周囲に響く。
おれの大事なものが失われた瞬間でもあった……。




