日帰り旅行②
「さあ、ついたぜ。ゴッドドラゴンキャニオン」
ゴッドドラゴンキャニオン。神龍の谷? よくわからなかったが、バスのアナウンスでわかった。
「“竜神峡”か」
金田はウキウキで、バスから飛び降りた。
「遠かったな~」
東京から電車で約三時間。さらに、バスで一時間という長旅のはてにおれたちはついに目的地にたどり着いた。時刻はもう十一時だ。
おれは少し疲れ気味だが、バスから降りる。そして、その景色に圧倒された。
一面の大自然。緑が繁る峡谷に、巨大な一本の吊り橋が通っていた……。そして、その橋の周りには無数のこいのぼりが空を泳いでいた。どうやら、子どもの日のイベントらしい。爽快な景色だった。
「すごいな」
思わず、そうつぶやいてしまう。圧倒されすぎて、そんな陳腐な感想しか出てこなかった。
「陳腐」
金田はアヒル口でそう非難する。
「なら、おまえはなんていうんだよ」
「オーマイゴッド!」
「なぜに英語」
「すまんな、つい生まれ故郷の言葉が出てしまうんだ」
「おまえ、英語の成績おれより悪いだろうがっ」
「そう言うなって。ほら、早く渡ろうぜ」
渡橋料金を支払いおとこ二人で、第一歩を踏み出す。
下のダム湖から百メートルの高さに設置されているらしい。少し揺れる。なんでも、本州一の長さを誇る吊り橋らしい。さっき、団体客を案内していたガイドさんがそう言っていた。金田は団体客に紛れて、ガイドさんと仲良くなっていた。あのコミュ力モンスターめ。
「すごい、迫力だな」
こいのぼりたちも橋の周りを元気に泳いでいる。
「だろう。昨日、テレビで見て、行きたくなったんだ」
「あいかわらずの、行動力で若干引くわ」
「オタクをなめるなよ、小僧」
腐女子が喜びそうなネタを挟むなよ。そうツッコむ前に、金田はドンドンと先に行ってしまう。
「こんなすごい風景見ていたら、嫌な事なんか忘れちまいそうだよな」
「金田に嫌な事なんかあるのかよ」
「ねぇよ」
「なんいかい!?」
相変わらず適当なやつだ。
「でもよ」
「なんだよ」
「おまえはあるだろう?」
どや顔だった。
「クソっ」
こいつは、失恋したばかりのおれを慰めようとしているのだろう。確かに、こんな大自然に連れてこられたら、この前の玉砕なんてどうでもよくなる。そんな優しさが心に沁みる。
「帰り、売店でアユの塩焼き食べようぜ」
「いいな」
そんな感じで、吊り橋を渡っていく。
そして、おれはあることに気がつく。
「カップル多いな」
たしかに、子ども連れも多いけど、かなりのカップル率だった。
「ああ、それか……」
「なんだよ」
「じつはな」
「この吊り橋を渡ったカップルが、この先にある鐘をふたりで鳴らすと幸せになるという言い伝えが……」
「じゃあ、もしかしておれたちも」
「ああ、一緒にやろうぜ」
「アッー!」
金田が青いつなぎを着た男のように、さわやかな笑顔で微笑んでいた。




