エレベーターにて③
ふたりになってから、十分が経過した。
いまだに、エレベーターは動かない。チョコレートはもうない。ここから導かれる結論はただ、ひとつ。非常に気まずいのだ。ただ、きまずいのだ。
「遅いね」
「そうだね」
この十分間で、幾度も繰り返された会話だ。
「ごめんなさい」
「いいよ、気にしないで。安いチョコだし」
「それもだけど。この前のこと」
その話題はまずい。もっと気まずくなるパンドラの箱だ。
「ああ、あれね。できれば、忘れていただきたいかなって」
「それは無理よ。忘れられるはずがないじゃない」
いつの間にか、彼女は敬語口調でなくなっていた。
「たしかに」
「でしょ」
小さな笑いが起きた。この狭い空間で、初めて気が緩んだ。
「気にしてたんだ。あの時はビックリしちゃって、嬉しいのとで。うまく返事できなかったから……」
「嬉しい?」
「それは嬉しいよ。他のひとが、わたしのことを好きって言ってくれるんだから」
「そう……」
「ちゃんと告白してくれたのに、理由も言わずに断ってしまってごめんなさい」
「いや、それは」
「実はほかに好きなひとがいるの」
聞きたくはなかった真実だった。自分以外の誰かに、お前は劣っている。そう、好きなひとに言われてしまったのだから……。
「そうなんだ。おれの知っているひと?」
「うん、でも」
「いいよ、名前は言わなくて」
その名前は聞きたくなかった。二度振られてしまった気分だ。これ以上の絶望感は味わいたくない。でも、最初ほどの絶望感はなかった。
「ありがとう。ちゃんと断ってくれて」
本心をおれは、彼女に伝えた。
「もう、付き合ってるの?」
少しだけ落ち着いてから、おれは好奇心がくすぐられていることに気がつく。思わず、聞いてしまった。おい、これはおれまた布団を涙で濡らすんじゃねぇ?
「ううん。絶賛、片思い中。ライバルが強くて勝てる見込みも少ないんだ」
彼女は少し落ち込んだ声でそう言った。安心したような、不安なような微妙な気持ちになる。
「ダメだとわかっているのにね。バカみたい。本当はあきらめた方がいいとわかっているんだけど」
「あきらめなくてもいいんじゃね?」
おい、馬鹿。お前は上杉謙信か。ライバルに塩を送りつけてどうするんだ。頭ではわかっていても、口が勝手に動いてしまう。
「でも……」
「あきらめちゃだめだよ」
ばかああああああああああああああああああああああああ。逆の意味で、布団をぬらすわ。
おれのばかあああああああああああああああああああああ。
謎のスイッチが入って、かっこつけてしまうおれ。おれってホント馬鹿。
「うん。頑張ってみるね」
彼女は最高の笑顔になっていた。やってしまったようだな。
そんな話をしていると、突然エレベーターは動き始めた。
「直ったみたいだね」
「うん」
「ありがとう、元気出た」
最高の笑顔を見れて嬉しい自分と、メンタルにオウンゴールを決めて真っ白になった自分。ふたりの自分がそこにいた。
店員さんが謝罪に来てくれて、無事におれたちはエレベーターから解放された。
そう、エレベーターからは……。
「あれ、山田と佐藤さんじゃん。超奇遇」
聞き覚えの声だ。
振り返るとやつらはそこにいた。
「金田」
「蒼井ちゃん」
おれの休日は続いていく。