エレベーターにて②
「あっ、山田さん。こんにちは。お買い物ですか」
「奇遇だね。ちょっと、ブラブラしている感じ。佐藤さんは?」
「そうなんですか。わたしは本屋に用事があったので、ちょっと遊びにきたんです」
「そうなんだー。本当に奇遇だね」
おれは何度、奇遇と言えばいいのかと思うほど、連呼している。背中には変な汗が流れていた。止まらない、止まらないぞ、おれの汗。早く九階に到着してくれ。こんな気まずい密室空間は嫌だ。
体は熱いのに、頭は真っ白だった。
でも、すぐに九階に着くはずだ。がんばれ、文明の利器。この修羅場から、おれを解放してくれ。
「もっと熱くなれよ」とおれはこころの中で、エレベーターを励まし続けた。
もうすぐ、
もうすぐ、
もうすぐ、
おかしい。たどり着かない。
「どうしたのかしら。さっきから七階で止まっているような気がしませんか?」
佐藤さんはそう言った。
おれは慌てて、確認する。ライトは七階で、止まったままだ。
おい、もしかして。故障か。故障なのか。熱くなりすぎて、オーバーヒートしちゃったのかよ。レッツパーリィー。
ほかのボタンを試しに押してみる。ウンともスンとも言わない文明の利器だ。こんなの文明の利器じゃない。
非常用のボタンを押して、おれはエレベーターの会社に連絡した。連絡先のおじさんは無慈悲な宣告をおれたちに告げる。
「大変、申し訳ありません。どうも故障みたいですね。すぐに復旧しますので、お待ちください」
天は我を見放した。
なんだよ、これ。この前、振られた相手と狭いエレベーターに閉じ込められるなんて。なんという罰ゲームですか。こんな人生はクソゲーだよ。もう転生したい。
「ついてないですね」
「そうだね」
おれたちは途方に暮れた。足に力が入らないので、座り込んでしまうおれ。
どうしよう。人生で一番気まずい。
「そうだ」
おれはかばんを漁る。たしか、前に金田からもらったチョコレートがいくつかあったはずだ。「黒い雷」を取りだす。
「佐藤さん、よかったら食べて。お昼前で、お腹空いたでしょ」
「いいんですか? 悪いですよ」
そう言いつつ、彼女のお腹が「ぐー」となった。
「遠慮しないでよ」
彼女の顔が真っ赤に染まる。
「ありがとうございます」
おれたちは、モグモグとチョコレートを食べた。
彼女は笑顔でこう言ってくれた。
「本当に美味しいです。ありがとう」
その眩しいほどの笑顔で、自分の中に隠していた恋心が再沸騰をはじめた。それはとてもとてもかわいらしい笑顔だったのだから。