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せめて着替えと現金位は回収に戻りたかったが、帰宅には待ち伏せのリスクが伴う。そう判断した俺は一路、郊外区域へと向かった。口笛で野良犬達を呼び、安全な潜伏先へと案内してもらう。
連れて来られた先は、街の大河に架かる橋の下だ。奴等が拾って来てくれたメロンパン(賞味期限は二日過ぎていたが、見た目には異常無い。そもそも、今は腹の調子を心配している場合ではない)を齧り、尻尾を枕に眠りに就く。そうしていると今日一日散々昂った神経が鎮まり、とても安らいだ気分になれた。
翌朝。川の水で咽喉を潤し、続いて洗顔。身支度を整えてから彼等に礼を言い、俺は高架下を後にした。
なるべく人気を避けて道を選びつつ、オッサンとの待ち合わせ場所へ向かう。あの脳無し暗殺者め、巧い事諦めてくれているといいが。
(流石にあんなキチガイ引き連れたままじゃ、彼女とは会えないからな……)
迂回路を通り、三十分近く歩いた頃。ようやく目的地の環紗映画館へ到着した。 訪れるのは今日で三度目。元々映画、もとい下らない人間ドラマなぞに興味が湧かず、母に連れられ渋々二度観に来ただけ。要するに俺にとっては縁遠い場所だ。恐らくは、これからもずっと。
「ん?何だ、あいつ……?」
開館前の出入口。その扉の前で、同年代と思しき緑髪の女子のまごまごしている様が目に入った。ともすれば病的とも思える透き通る白い肌の、如何にも良家のお嬢と言った風情。その整った顔に嵌る緑目に映るのは、ただ只管の狼狽のみ。
(チッ、邪魔だな。無関係な奴に構っている暇なんざ……いや、この感じ……)
覚醒しかけた異能が囁きかけてくる。彼女は―――俺の同胞だ、と。
(って事は大方、あいつも俺と似たような状況か)
尤も、こちらはつい昨日命を狙われたばかり。しかも未だ危機を脱したかどうかすら危うい状態だ。
(……何時までもボケッと突っ立っている訳にはいかねえ。声、掛けるか)
俺は意を決し、潜んでいた塀から抜け出した。