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斬られた。幻痛を覚える程に本気で信じ込んだ。しかし、上がった絶叫は俺の物ではなく、
「がああああっっっ!!」「キャプテン!?おい、しっかりしろ!!?」
青龍刀の切っ先は、確かに標的の俺を向いていた。なのに大量の血液が溢れ出したのは同級生の、しかも選りにも選って黄金の右肩で、
「庇うんじゃねえよ。友情なんざ糞食らえだ」
「黙れ!!!」
守られた、だと……くそっ!これで万が一死なれでもしたら、『あいつ』と全く同じじゃないか!!?
(いや。そもそも『あいつ』って誰だ―――!!?)
瞬間、脳裏に四つ足のシルエットが蘇った。猫より雄々しい声と、温かく柔らかな毛並みの感触と共に。
(そうだ……昔の俺は、こうやって『あいつ』を)
「あーあ、にしてもつまんねえの。サツ共も糞遅えし、とっとと終わらせて帰」
「……来い」
周囲の者達へそう呼び掛け、左手の親指と人差し指を輪にして口に含み―――ありったけの肺活量で、号令の指笛を空へと響かせる!!
ピイイイイッッッッ!!「な、何だよ急に!さては狂っ―――ぎゃっ!!」
背後からの不意打ちに、慌てて獲物を振るい防御する暗殺者。殺意に満ち満ちたその黒目が、信じられないと言いたげに見開かれた。
「誰が手前みたいな馬鹿相手に発狂なんざしてやるかよ―――やれ、お前等」「「「ふぎゃああっっ!!」」」
毛を逆立てた野良猫数十匹に前後左右から跳び掛かられ、敵は無我夢中で青龍刀を振り回した。だが反撃を物ともしない爪撃の嵐に、見る見るユニフォームが破け、色素の薄い皮膚に血が滲んでいく。
「シ、シン……まさかこいつ等、お前が……?」
「答える義務は無え。行くぞ」
重傷者へ肩を貸し、急ぎグラウンドを後にする。猫達の苦鳴に葛藤を覚えながらも、俺は濛々と煙る出口へ足を踏み入れた。
「口塞いでろ!一気に突っ切るぞ!!」
「了解!」
スパイクシューズに当たる厭な感触を無視し、俺達はひたすら奥の光を目指し駆け抜けた。一分程経っただろうか、不意に視界が開けた。
試合前閑散としていた球場前広場は今、煤塗れの怪我人達でごった返している。どう見ても手遅れな奴も転がる中、駆け付けた救急や消防隊員に因る懸命の応急処置が施されていた。漂う濃厚な火薬と流血、そして死の臭い。クラクラした頭を拳で叩き、どうにか正気を保つ。
「おお、まだ無事な子がおったんか!?大丈夫か、お前等?」
「どうにか、な……」
酸欠気味の俺の返事に、出口付近で屈んでいた眼鏡ポニーテール男が頷く。が、次の瞬間、奴は血だらけのキャプテンを見て大袈裟に仰け反った。
「こりゃまたエラいザックリいっとるな!神経切れとるんちゃう!?」
「おい、縁起でも無え事」
「いや、有り得る……」
無傷な反対側で支えた右腕はだらんとし、指一本としてピクリとも動かない。
「嘘だろ……おい、誰か!早く誰か来てくれ!!」
本人すら無自覚な、しかもとばっちりで他人の選手生命を終わらせたなど、死ぬ程目覚めが悪いじゃねえか!?
「こいつは即手術せな、片腕どころか命すらヤバいわ。―――しゃーない。未来ある若人のため、わいが一肌脱ぐわ。はー、自分の球場でのんびり野球観戦しとっただけなのに、何でこんな大事に……?」
ブツブツ言い出したポニテを一瞥後、何故かキャプテンは突然俺の腕を解放した。
「おい」
「俺なら大丈夫。それよりシン。お前はすぐにここを離れろ」
止まらぬ出血で危うい意識の中、瓦礫に半ば埋もれた出口を睨み付ける。
「悔しいけど、そろそろあいつ等の足止めも限界の筈だ……」
「ああ、言われなくても分かってる」
幾ら頭数があっても、所詮は小動物。本職相手に敵う道理は無い。
「俺達の犠牲を無駄にしないでくれ。逃げ切れよ、絶対」「キャプテン……済まん」
大通り方面へ駆け出す耳に、遠くから母の声が届いた気がする。だが目覚めかけた自意識がシャットアウトし、俺は一度も振り返る事無く球場を後にした。