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「―――ほう、巧く避けやがったな。餓鬼でも流石『ホーム』の人間ってトコか」「何?」
バッ!鬱陶しげに投げ捨てられる野球帽。下に隠した一本纏めの三つ編みの黒髪を広げる拍子に、耳介が不自然に途切れた左耳が露になった。
「だが、生憎こっちもプロなんでな。―――ションジャンの命令だ、アダム・ベーレンス。手前にはここで死んでもらうぜ!」
やれやれ、またアダムか。が、こいつは間違い無くオッサンと別口だ。爛々と黒目で輝く殺気が、嫌が応にもそう告げている。
「悪いな、俺は記憶喪失なんだ。昔の事は何も覚えていない」彼女以外は。
「ハッ、関係無えな」
言うなり背中からスッ、手慣れた様子で何かを取り出した。長さは約一メートル、湾曲した幅広の片手剣。柳葉刀、俗に青龍刀と呼ばれる武器だ。
巻き付く赤い布ごと柄を握り締め、男は挑発的に嗤う。
「御所望なのは手前の、その生意気そうな首さ。中の脳味噌がどうなっていようと構いやしねえ」
おいおい……狙われていて何だがこいつ、馬鹿か?大体、暗殺ならもっと人気の無い場所がセオリーだろ。間違ってもこんな大観衆の前でなど……まさか目立ちたがり屋か?ヒットマンのくせに?
「お、おい、君!!?」
「あ?」
屁っ放り腰で拳銃を構えた大会責任者は、武器を置いて手を上げなさい!!マウンドに足を踏み入れながら震え声で命令した。へえ、横目で窺った敵が口笛を吹く。
「力も無えパンピーのくせに、この状況で大した気概だな」
「シン!」
背後から駆け付けていたキャプテンが俺の手を掴む。投球で鍛えた厚い掌は、冷や汗でビッショリだ。
「今の内だ。早く逃げるぞ!!」
「あ、ああ……」
「させるか」
暗殺者がユニフォームのポケットに手を入れる。途端、球場の四方八方から上がる爆発音。続く激しい複数の崩落。数秒遅れ、筆舌に尽くし難い悲鳴や断末魔が奏でられる。そんな暴嵐の中心地で、キャプテンが振り返り絶叫を上げた
「み、皆!!!?」
もうもうと黒煙を上げているのは、つい先程まで俺達が座っていたベンチだ。あそこにはまだ監督と、出番待ちのチームメイト達が……。
「はは、運が悪かったな。どうやら『爆弾』の奴、どうやらそっちにも飛び込んじまったらしい」
「何?」
奴は己の左手に嵌ったグラブを示し、これだよ、後方へと放り投げた。
「動き回る爆弾なんざ面白い趣向だろ?」ゲラゲラ。「しかもあのデブ監督、最後まで俺様を疑いもしやがらなかった。誰が球遊びの助っ人なんざするかよ、白痴の愚民が!」
罵声の瞬間、俺は悟ってはならぬ事まで悟ってしまった。奴のぬかした『爆弾』の正体が―――他ならぬ俺達の対戦相手、瞑洛高校野球部だ、と。
「シン。こいつは一体何を」
「考えるな、キャプテン!」
理解するのは異端の俺だけで充分だ。
「それにターゲットの退路を塞ぐ程度、俺様が抜かるとでも思ったのか?え?」
「き、貴様ぁっ!!!」
狼藉もこれまで。憤怒の赴くまま、トリガーを引く責任者。が、
「あー、遅え遅え―――見飽きたよ手前、死ね」ザシュッ!「「っ!!!?」」
ドサッ。俺達のすぐ足元に、刎ねられた二重顎の首が落ちる。本人は未だ死に気付いていないのか、唇をパクパクさせ……そのまま、永久に動かなくなった。
「あ、あ―――っ!!?」
半狂乱に陥りかけた同級生の背を強く叩き、俺は落ちていたマイバットを手にした。棒切れでも投擲で一瞬注意を引く位は出来る、無いよりマシだ。
「逃げろ、キャプテン!どうも奴さんの目的は俺らしい」
言いつつ水平に構え、顎でもうもうと黒煙を吐き出し続ける出入口を示す。
「爆弾が今ので全部なら、崩れてさえなきゃ外まで突っ切れる筈だ」
「けど、チームの皆を置いては」
「五月蝿えっ!!」
一喝の拍子に、これまで溜まりに溜まっていた感情が溢れ出す。
「お前等はいつもそれだ!妙な時だけ偽善ぶりやがって!!」
怒鳴った拍子にガチャン!魂の奥底で、金属製の何かが壊れる音がした。
「―――ああ、だから人間って奴は嫌いなんだよ!!」
そうか……少しだけ思い出したぞ。昔の俺は世間に、人間社会に心底絶望していたのだ。そして早々と俗世を離れ……それから、何処へ向かった?
「シン……」
奴はこの異常事態にも関わらず、フッと安堵の笑みを浮かべた。
「ああ、そうだな。確かにお前の言う通りだ」
チラッ。
「ありがとう。それにお前、やっと初めて本音で喋ってくれたな」
「?」
再度繋がれる手。
「でもやっぱ、逃げるならお前も一緒だ。狙われているなら尚更」「俺様を無視してんじゃねえぞ、糞餓鬼共!!」バシュッ!