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「待ってくれ!!」
俺の名前は、シン・アンダースン。母のビーナスと“白の星”環紗で暮らす、極普通の高校一年生だ。勉強は大の苦手だが、中学から続けている野球のお陰でどうにか特待生に選ばれ、無事進学を果たしたばかりだった。
―――あんたは昔から運動神経良いからね。しっかりやるんだよ。
そういつも力強く励ましてくれる母は、だが俺とは一滴も血が繋がっていない。所謂養子縁組と言う奴だ。孤児だった『らしい』俺を、彼女は女手一つでここまで育ててくれた。
そう。俺には十歳頃までの記憶が無い。だから、どう言う経緯で夢療法士の母に引き取られたのか、一切合財は不明だ。その代わり、
「何でいつも逃げるんだ、お前は!!?」
時々不意に起こる激しい頭痛と、その直前必ず現れる―――この、プラチナヘアの少女の幻に付き纏われていた。
ふわふわと真っ白いワンピースをはためかせながら、いつも通りスキップで遠ざかって行く。薄ぼんやりとした顔で、しかも微笑みを湛えながら、だ。
彼女が見え始めたのは中学二年の頃。ふと気が付くと、手が届く程すぐ隣に『いた』。今日と同じく、可笑しそうに口元を緩めて。
彼女の件は専門家である保護者はおろか、チームメイトやスクールカウンセラーにすら話していない。彼等に打ち明けるには、その幻は余りにも純真無垢だったから。何より俺自身、彼女の事が狂おしい程愛しかったせいだ。
一生触れられなくてもいい。ただ、せめて傍に、叶うなら声を聞きたかった。仮令その後、負荷に耐え切れずこの頭が壊れてしまっても、
「―――頼む、もう俺から逃げないでくれ!!!」「『アダム』、危ない!!」
我に返った時には、既に俺はその中年男に抱え止められていた。甲高いブレーキ音と共に、景色へと掻き消える少女。道路の真ん中で呆然とする俺の耳には、トラックドライバーの怒鳴り声だけが響いていた。