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苦労系オムライス

作者: 二ノ宮明季

 ご飯は残さず食べなさい。

 幼いころからそう言われて育ったあたしは、今まで殆ど食事を残した事は無かった。

 だが、そんなあたしでも、今、食事を残してしまうのではないか、という恐怖に駆られていた。いや、それでも食べなければならない。

 この食事は、作り手の苦労の溶け込んだオムライスなのだから。


 事の起こりは、一時間程前だっただろう。

 炊飯器には温め直した残りご飯。冷蔵庫から出した鶏肉、玉ねぎ、ケチャップ、卵。これに唐突に手足が生えたのだ。

「なん、だろう。疲れてるのかな」

 目を擦る。

 目の前の状況は変わらない。

「疲れてるんだよね」

 今度は一度強めに目を瞑ってから開ける。

 状況は一切変わっていない。

「オムライスブラザーズ、出動中」

「いや、出動中とか、そういうのいいから」

 何故かドヤ顔&キメ顔をしたケチャップに、あたしは思わず冷静なツッコミを入れていた。内心は、全然冷静ではなかったが。

 この顔を見て、手足が生えたばかりか顔まで浮き出ている事に気が付き、ちょっとゾッとしているくらいだ。

「そう、人は食うか食われるかよ!」

「君、人じゃないでしょ」

 やたらと甲高い声で、玉ねぎがセクシーポーズをした。正確には、推定セクシーポーズだ。

 何しろ玉ねぎはおおよそ球体。くびれの一つもありゃしない。

「ふふ、ボクを常温に出した事、後悔させてあげる」

「あたしが後悔すると同時に、自分でも異臭漂わせて後悔するがいいわ」

 鶏肉が、スーパーで買われたままの状態――発泡スチロールの器にラップが張られた中で、偉そうに言った。

 どう考えたって、君は生き延びられない。死んでるし。

「やーん、タマゴちゃん、もしかしてコロンブスのタマゴ、されちゃう?」

「コロンブスどころか中身を全部出すんですけど」

 コロンブス、一応中身は出てなかったじゃん。いや、あの後デロデロ出たかもしれないけど。

「と、いうわけだ。出動!」

 ケチャップが号令をかけると、そいつは調理台の上から飛び降りた。続いて玉ねぎが転がり、鶏肉が発泡スチロールの中で手をばたつかせながら、ぼたっと落ちる。

 これは、まずい。

 あせったあたしは、とりあえず卵だけは引っ掴んで、お望み通りボウルの中でコロンブスの卵にしてやった。

「や、やーん! 酷いわ酷い! あたくしの珠のお肌がひび割れだらけ!」

 うん、まぁ、殻だからね。

「逃げるんだ、皆!」

「あたりまえじゃない!」

「待ってくれたまえ。僕はこう見えても動きが遅いものでね」

 ケチャップの号令に、玉ねぎがピョンと飛んで、キッチンを飛び出した。飛び出したのはケチャップもそうだったのだが、生憎と鶏肉はそうともいかなかったらしい。

 パック詰めされたまま、また蠢いている。

 あたしは先に鶏肉を拾い上げると、ラップをはがして引っ掴み、まな板に強引に押し付けた。

 動いて仕方がないのなら、切るしかない。どの道逃がせば食品の無駄だ。

「よし、やるぞ」

「くっ、ここまでか……」

 あたしは包丁を握り、切っ先を足に当てた。

 質感は謎だが、肌色過ぎて怖い。

 切らなければ、逃げられる。あたしはご飯を残さない。ご飯の為の食材も残したりはしない。

 けれども手が震える。

「……大丈夫。君なら出来るさ」

 観念した鶏肉が優しい言葉を掛けてくれた。折角の所悪いが、こんなに手が震えているのは君のせいだ。

 あたしは、せめてあまり苦しまないようにと……思いきり、包丁で切った。

 特に何の感触も無く、ポロリと足が取れる。

「くっ……」

 一々そういう風に言うの、止めてくれないかな。

 変な汗が頬を伝う。だが、あたしは止める訳にはいかない。

 思い切ってもう一本の足、両手、それから、本体に包丁を入れる。

「い、イヤー! 鶏肉! 鶏肉ー!」

 近くのボウルから、卵の泣き叫ぶ声が聞こえる。もうあたしを許して。あたしが一体何をしたっていうの。

「ふふ、切られたって、僕の心は、永遠さ……」

 顔も切ったのにどこから声を出してるんだろう。疑問はあったが、気にせず卵とは別のボウルへと入れておく。

 さて、次は逃げた玉ねぎとケチャップだ。

 キッチンを出ると、二人(?)はあたしのベッドで「どうして貴方は赤いの?」「トマトにリコピンが含まれるからだぜ!」なんぞとイチャイチャ会話している。

 あ、段々腹が立ってきた。

 あたしは苛立ちに任せて加速すると、ベッドの上の玉ねぎを鷲掴みにする。

「イヤァァァァァァァァァ!」

 玉ねぎは甲高い声で泣き叫ぶ。止めて、あたしの良心を痛めつけないで。

「な、なな……!」

 戦慄くな、ケチャップ。ここまで来たら絶対にオムライスを作って見せる。

 あたしは普段よりも十倍くらい早い動きでケチャップも掴むと、強制的にキッチンへと向かう。

 タマネギは鶏肉の現状をみて、再び悲鳴を上げた。卵はしくしく泣きっぱなしだ。

「や、止めろ! この悪女め!」

「誰が悪女に仕立ててるんだって話でしょ!」

 普通の食材に手足が生える事はまずない。

 あたしは玉ねぎに包丁を突き刺してから、ケチャップを空になって干しておいた牛乳パックの中にぎゅうぎゅうに押し込んだ。

「イヤァァァァァァァァァァァァァ!」

 玉ねぎ、刺されて大絶叫。なまじ甲高い声だけあって、後味は最悪だ。

 それでも強引に皮をむき、強引にみじん切りにする。

 そうして、フライパンに油を引いて炒めると、徐々に玉ねぎの声は小さくなっていき……やがて、途絶えた。胸が痛い。

 玉ねぎ、鶏肉を炒め、先にケチャップで味付け。

 炊飯器を開けると、残りご飯が「やあ」とあいさつをした。こいつは数が多かったせいなのか何なのか、声だけだ。

 今のあたしには、声だけなど恐るるに足らず。しゃもじですくってフライパンにポイだ、ポイ。本当は救えればいいのだろうが、ある意味あまりご飯の救済。あたし、悪くない。

 じゅーじゅーと炒めて声を消し、仕上げに散々泣いていた卵を溶いて、ご飯をくるむ。

 最後にオムライスに文字を書く時、もう一度ケチャップを取りだす。

「その食へのこだわり、恐れ入ったぞ!」

 なんなんだ君は。

 ため息交じりにオムライスに「いただきます」と書き上げると、すぅっと手足が消えた。あたしが今まで散々包丁で切った手足も、ケチャップについていた手足も、両方だ。

「なんか、食べる気起こらない」

 もう、疲れ果ててしまった。

 オムライスを作るのにこんなに時間をかけた事も無かった。そして、作った物の食欲がわかないのも、初めてだ。

 今回ばかりは、食事を残してしまうかもしれない。そんな恐怖があたしを襲う。

 それでも食べなければいけない。それこそが、あたしに出来る唯一の事なのだから。

 テーブルにつき、「いただきます」と手を合わせ、スプーンを入れる。

 もう一切騒ぎ立てる事の無くなったオムライス。それをあたしは、口に入れた。

 美味しかった。

 食べきれるかどうかが不安だったのが嘘のように、腹の底から食欲がわいてくる。

 あたしは、何度も何度も口にオムライスを運んだ。

 サヨナラ、手作りのご飯。

 あたしはそれでも、頬張った。

 もう最後の一口だ、という所まで食べた。じんわりと涙がこみ上げる。これはきっと、きっと、容赦なく刻んでしまった玉ねぎのせいなのだろう。

「ごちそうさまでした」

 空っぽの皿。あたしは、今日もご飯を残すことなく食べきった。

 これから先、どんな困難が現われようとも、あたしはきっと、食べ続けるのだろう。

 サヨナラと手作りは、切っても切り離せない関係なのだから。

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