一体どうして殺人事件
「犯人は貴方ですね、奥さん」
その一言が合図となって、日差しが照りつける砂浜に集まった人々の目が、一斉に一人の女性に向けられた。
「…………!」
ひょろ長の男が、鹿撃ち帽を被り直しながらじっと彼女を見据えた。額に浮かべる汗は果たして暑さによるものなのか、それとも……彼女は唇をぎゅっと閉じたまま押し黙り、宙に目を泳がせた。油断すると意識が奪われかねないほどの熱量が、容赦なく青い空から降り注ぐ。遠くの方で椰子の木がざわついて揺れた。時折南からやってくる風が波を攫い、束の間の冷気を人々に届けてくれた。
「そんなバカな!?」
「まさか……じゃあ今まで犯行予告を送りつけていた、『右手以外全部疼く死神』の正体は……彼女!?」
「なんて力戦奮闘な女なんだ!」
人々から次々に驚きの声が上がる。女性はやがて体を小刻みに震わせながら、白い砂浜に崩れ落ちるように膝をついた。
「どうして……わかったの……?」
茹だるような暑さの中、両手で肩を抱き震える彼女の虚ろな目には、もう反論する意思は残っていないようだった。彼女を追い詰めたひょろ長の男は、事件が終わったことを悟り、ゆっくりと踵を返した。
「待って!」
「?」
すると、輪の中にいた一人の女性が、海岸沿いのホテルに帰ろうとする男を呼び止めた。
「待ってください、真田探偵! 彼女の話を聞いて上げてください! きっとこんな事件を起こしたのにも、何か深い理由があるはずなんです!」
「いや、私はそういうのは……」
そそくさと立ち去ろうとする探偵の右手を、水着姿の女性が引っ張った。集まった人々が、ついさっき真田に謎を暴かれ蹲る女性を取り囲んだ。スイカ割りみたいだ、と真田は思った。
「確かに……一体どうして、こんな不可解な事件を起こしたんだ?」
「話を聞いてみようじゃないか、なあ探偵」
「いや、私はそういうのは……」
「彼女は普段、こんなことするような人じゃないんです! ましてや殺人だなんて……」
「何かの間違いか……恐らく相当根深いものが隠されているのかもしれない。なあ探偵」
「私はそういうのは……」
逃げ出そうとする真田を、観客達が押さえ込んだ。
「人間の闇……或いは業……誰もが目を背けずにはいられないような、吐き気を催すドロドロとした何か……」
「はたまた、涙なしにはいられない、心揺さぶる感動の秘話……」
「なあ探偵」
「私はそういうのは……」
「理由があれば人を傷つけてもいい、なんてことは勿論無いが……その理由にこそ、この事件を紐解く鍵が……!」
「嗚呼、一体何故!? 明かされる真実、そこにあるのは、きっと我々の想像を超えた……なあ探偵?」
「私はそういうのは……」
真田は人々の腕を振りほどき、スイカ割りごっこから無理やり抜け出すと、急いでホテルへと逃げるように戻っていった。
◼️
「先生! 真田一行目先生!」
真田がホテルのロビーに着くと、待っていた学生服姿の少女がソファから弾けるように立ち上がって彼の元に駆け寄ってきた。
「助手君」
「遅かったですね! てっきり一行目で事件を解決してしまったかと思ってたのに。複雑な事件だったんですか?」
「嗚呼。あまり期待し過ぎるのはよくないな……あれじゃあ、可哀想だ」
「何の話ですか?」
キョトンと首をかしげる少女に、真田は疲れた顔でため息を漏らした。ロビーにはいつの間にか夕日が差し込み、窓際に備え付けられたガラス製のテーブルに反射してキラキラと光った。真田は腕時計をチラと覗き込んだ。
「もうこんな時間か……わざわざ待っててくれなくても。部屋で過ごすか、遊びにでも行ってくれば良かったんじゃないか? 一体何故……」
「別に理由なんてないんですよ、先生」
「そうか……嗚呼、腹が減った。飯にするか」
「それで先生、私さっきお土産コーナー覗いてたんですけど。実は、財布を家に忘れてきちゃったみたいで……」
「そんなバカな!? もう旅も終わりかけだぞ。この三日間、君は一体どうやって……」
ニッコリと笑みを浮かべる少女と共に、やがて探偵はお土産コーナーに吸い込まれて行った。