はじまり
気付けば視界には青空が広がっており、撫でるように流れてくる温かい風が心地よくて放心状態でその感覚を味わっていた。
そのまま寝てしまいそうな雰囲気であったが眠気はない。
おのずと沸き起こってくる感情は「暇だ…」という一言。もしかすると口に出てしまったかもしれない。
そもそも自分はどこにいるんだろう?
おかしいな、さっきまで自分の部屋にいたはずだ。
社畜生活のせいで精神がおかしくなって家を飛び出してしまったのだろうか?
いやそもそも近辺にこんな開けた場所はないし、一晩寝てしまっているのもおかしいだろう。
いつも時計代わりにしているスマホを探そうと身を起こして周りを見回して、固まった。
なにここ知らん。
森…というか、森の中だとは思う。遠くは木々で茂っている。
森の中にある開けた場所…だろう、背後に湖がありキラキラと光り輝くエフェクトが掛かった巨大な樹木が立っていた。
…エフェクトだよな?
目を凝らす。遠目で断言できないが、照明だとか湖が陽の光を反射しているとかではなくて、発光している。
エフェクトという表現でいいと思う。
しかしリアルだ…うん…なんか、こう…ちょっと今状況飲み込めてなくて…。
ほら、今流行の…転生系のあれ。え…自分死んだのか…?いや自分の年代のころは死んで転生よりも異界に召喚されて大活躍!みたいなアッチ系が主流だったのでこれはきっとそれだよ…。
頭を抱えて震えていたが、ふと自分の服の袖に違和感を感じて自分の体を見下ろす。
黒と赤を基調にしたローブだ。所々十字の形に黄金色の刺繍が施されている。
ファ~ンタジ~~~
ってこれ知ってるわ。これ自分のゲームのキャラじゃねーか。
なんでハイプリーストなんだよ。サブじゃん。自分のメインはクルセイダーなんですけどぉ??????
いや、でもなんか心当たりがあるな…久しぶりの息抜きにログインだけしようと思ってちょうど街でログアウトしてたこの子でログインしたな…そのあとなんか、停電が起こった気がする。
停電のあと自分死んだんか…?
いや召喚されたことにしとこう…こういうときはあまり深く考えない方がいい。実は○○だった!っていうの多いし…。
とにかくここにずっといるわけもいかないだろう。
思案していると遠くで「は~~?」というどういう感情の声なのか判断付けにくい気の抜けた声が聞こえた。
その方へ顔を向ければ、鎧を着たエルフが自分自身の手をまじまじと見つめている。
紺碧の髪を風に流し、白いローブの上から青を基調とした鎧をまとっている。
揺らぐマントは少し透き通っている…自分は彼女を知っている。というか、アレだ…知人だ…。
「『シン』さんもこっちに来てたんだ」
声をかけてみるとエルフ女騎士は顔を見てこっちを見る。
ゲーム上だとグラフィックが荒いしみんな同じ顔だったけど綺麗な顔をいている。
エルフって感じの美女だ。
おっぱいもあるし腰もくびれているな。
ってかちょっと待て。なんかシンさんが出てきたせいで色々頭が混乱してきたぞ。
「…誰?」
「私、『烏』です」
エルフ騎士の表情が変わる。なんで眉間に皺寄せてんの。もしかして別人だったか…?
「…ロールプレイで」
「は?」
「ロールプレイでいこう」
「あ、うん。」
ここでもロールプレイでいくんだ…。でもいいかもしれない。エルフ女騎士の中の人、男だし。
なんか妙にリアルな姿になってるのにお互い口調があってないのはとても気になるところだ。
普通そうじゃないかもしれないけど。キャラクリエイトに対してのこだわりだ。
「シルヴィアもここに来ていたのか。俺だ、ダークだ」
「ダーク!?ドットからそんな姿になっちゃってまぁ!」
「お前もVRシルヴィアみたいになってんぞ!!」
「理想の姿だと思わない?」
立ち上がってくるくる回転する。
「これぞ私が求めていた理想のエルフそのもの…見給えダークくん、このエルフ耳を。
すばらしい…夢なら冷めないでほしいな。これ起きたら仕事いかないといけないから悲しいし」
「やめて。現実の話をしないで。ってかここに来る前のこと覚えてるか?俺の記憶は停電が起こってからここに来てたんだが」
「さぁー?なんか寝落ちしてたみたいでよく覚えてない」
うーん、寝落ち王に聞くんじゃなかった。
彼…彼女は十数年前からMMOで一緒に遊んでいる知人である。
戦闘中はそうでもないのだが、街にいるときはよく寝落ちをして無反応になっていた。
「…記憶にないマップだわ」
シルヴィア(彼のためにこう呼ぶことにする)はあたりを見回して呟く。
「ダークくんは?」
「記憶にないけど、昔触ったことあるMMOにこういうところあった気がする。サービス終了したけど」
「いっつもサービス終了してるよね…ダークくんの触ったMMO」
「チガウよ…なぜか触ったら終わりかけてただけだよ…」
心が痛いんだが。
「まさかサービス終了したゲームデータの逆襲とかじゃないだろうな…」
「あぁ、ユーザーを食っていく系の…え、私全然関係ないんだけど」
「ですよねー」
「そもそも」
シルヴィアは俺の姿をまじまじと見ながら、
「どうしてクルセイダーじゃないの?というか私のこのキャラと貴方のキャラ、ゲーム違うでしょ」
「そうなんだよねぇ…」
片や3D、片や2D。
それがこうしてリアルになって存在しているこの世界、なんなんだろう?
シルヴィアも考えている風であったが、不意に俺に手を翳して力ある言葉を紡ぐ。
「…【魔法障壁】」
目の前に光の壁が生まれて溶けていった。
不発ではなく、まだ持続しているのが感じられる。
魔法使えるんだ、すげー
真似をしようと思い立ってシルヴィアに手を翳す。
「…【聖なる盾】」
こちらも同じく光の壁が生まれて溶けていく。
こちらの防御魔法は物理攻撃を防ぐものなので腰にひっかけていたメイスで軽く小突くとキィンと硬質な音を上げて光の壁がメイスを弾いた。
「【火炎弾】」
「うおああああ!?」
不意打ちシルヴィアの火炎攻撃にめっちゃビビる俺。
熱いし!!!障壁が邪魔してくれてるけど熱いなこれ!?
「おま、やめろよ!」
「なんかゲームのエフェクトと違う…」
「まぁ多少はね?」
その辺はこの世界の運営に文句を言ってもらわねば。運営がいるのか知らんけど。
「魔法が使えることは解ったわ。とにかく情報収集のためにここから移動するわけだけども…。
モンスターね…どれぐらいのレベルかしら」
「序盤だから低レベルなんじゃね?」
「…道を外れたらユニークモンスターとか高レベルモンスターがいたりするでしょう」
「そっちのゲームはそうだね…そういや道に迷って死んだの思い出した」
今思えば修羅の国かよ…。
こちらは街から離れれば離れるほどレベルが高くなる仕様だったので、なんとかなるかなーと軽く思っていたが。
まだ出会っていないモンスターにそれは危険だろう。浮かれ過ぎだったな。
あと…不安といえば、我々は一つの不安があるのだ。
こういう場合たいてい無双ができて「え?俺強すぎ?」みたいな流れになるだろう。
あれ思うんだけど皆もとのレベル高すぎなのでは…。シンさんはガチ勢だけど俺は緩いプレイヤーである。
レベルMAXだったりスキル習得しまくっているわけではない。
というかゲームのシステム上、ジョブは1つしか選べないしスキルも中から絞って選んでいくタイプだ。
手数は少ない…支援型プリーストの自分はシルヴィアの支援をするだけのモブと化す。
シルヴィアのゲームはレベル制ではなく、行動からステータスポイントを上げていくタイプだ。
条件を満たすことでジョブやスキルを得ていくのである。シルヴィアは確か『賢者』と『騎士』の複合ジョブになっていたはずだ。
おそらくシルヴィアのほうが戦力になるし強いだろう…
だがしかし、しかし…それはお互いを比べてであり…シルヴィアのジョブはいわば浪漫ジョブである。
我々は…浪漫ステを求めてプレイするタイプで…マゾ職とか言われてもうるせぇぶっ転がすぞとしか言えない。
どこまで通用するのかなぁ…。
「どうしたの遠い目になって」
「いや、なんで俺…クルセイダーじゃないのかなって…」
「…ダークくん」
シルヴィアは改まって俺を見下ろす。
「クルセイダーになっても、貴方に殲滅力はないよね」
攻撃力にステ振らずに体力に振りましたからねー。
「でも硬いよ。黄金の鉄の塊だよ。言ってて悲しくなってきた。行くぞ!森のサバイバルの始まりだ!!!」
「待ってダークくん!視えない壁のあるオープンワールドじゃないんだから!」
そうだった、軽率軽率。
シルヴィアを待とうと足を止めて振り返りながら、足元がぐらりと揺れる。
ザァ…っと周りが闇に溶けていく。
「え?」
シルヴィアも驚いた表情でそのまま闇に包まれる大地へ雪崩れ込む。
そこで意識は暗転した。
失われていく意識の中、もしかしてグラフィックの穴に落ちたんじゃないだろうな?なんて不安を抱きながら。
エルフによしよしされたい。