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バクルー王は、扉を開け…眉をあげた。
いつもなら、テーブルで待ちくたびれたように、足をぶらぶらさせて、自分を待っているエミリオがいないことに…
後ろに控える侍女に眼をやると、侍女も青い顔をして、部屋を見ていたようだったが、バクルー王の視線に気がつき、余程動揺していたのだろう、思わず主である王に、頭を小刻みに横に振ってしまい、より青い顔になって、慌てて口を開こうとする侍女に、バクルー王は(もういい)とばかりに、手をあげ、踵を返し、エミリオの部屋へ行こうとした時だった。
パタパタと足の裏を全部使って走る子供の足音に、安堵とそして…不安が混じった思いで、慌てて入ってきたエミリオを見た。
「遅れて、もうしわけありません!!」と叫ぶエミリオの顔は、走ったせいで真っ赤になっていた。
「どうしたんだ。エミリオ。」
エミリオは、唇を舐め、どういったら良いのか…迷っていたようだったが、バクルー王を見つめ
「ちちうえ、お耳をおかしください。」
と言って、バクルー王の耳元に…小さな声で、でも少し得意げに
「ひみつきちをつくっておりました。」と囁いた。
バクルー王は驚いたように、眼を丸くしたが、エミリオの得意げな顔があまりにも可愛くて、バクルー王に自然と笑みが浮かび
「ひとりで、作っていたのか?」と、走ってきて少し乱れたエミリオの髪を撫で付けながら言った。
「いえ、てつだってくれたものがおります。」
「ほぉ~。手伝った者がいたのか…その者は、将来エミリオの右腕になりそうな人物か?」
「できれば、そうあってほしいとおもいますが…城での仕事がダメになったそうで、今夜には、町へ行くと…」
そう言って、エミリオは寂しそうに微笑んだ。
「城での仕事?」
「はい。」
バクルー王は、エミリオが始めて望んだ人物を、側に置いてやりたかった。
7歳にしては、しっかりしているエミリオだが、人見知りがひどくて、側近を選ぶときは大変だった、そのエミリオが、(将来エミリオの右腕になりそうな人物か?)の問いに、(できれば、そうあってほしいとおもいます。)とはっきりと答えたことが、バクルー王の決断を早めた。
(城の人間は、下女から衛兵まで素性は調べている、怪しい人物はいない。
また出入りする人物をひとりにさせることはない。その人物が始めて城に来たのなら、なおさらだ。ひとりで自由に、城内を歩くことはない。ひとりで城内を歩いていたと言う事は…大丈夫ということだ。)とバクルー王は安心して、エミリオに
「そのものは城で働いていたのか?ならば…おまえ付きにして雇うことにしても良いぞ。」と口にしたのだ。
「ほんとですか!ちちうえ!」
満面の笑みのエミリオに、バクルー王もそれに答えるように笑みを浮かべ、エミリオのやわらかい髪へと手を伸ばした。
……バクルー王はまだ気がついてはいなかった。
バクルー王はいつもの彼らしく、傲慢な物言いでプリシラに接しているつもりだった…だが、どこかいつもの冷静沈着な彼ではなかったのだ。本来なら話が済めば、侍従を呼んで、プリシラを部屋の外へと案内するはずが、侍従を呼ぶどころか…自分のほうが先に部屋を出てしまい、プリシラをひとりにさせ、自由に城内を動けるようにしてしまったのだ。
気がついていなかった。
バクルー王らしからぬ事をしていたことに…まだ…気がついてはいなかった。
エミリオは顔を真っ赤にさせ…弾んだ声で
「では!!いそいでとめなくては…」と、バクルー王の手を引き走り出した。
「おいおい、エミリオ。」
笑って、手を引かれていたバクルー王だったが、庭を突っ切ろうとしたエミリオに、「待て!」と大きな声で叫び、エミリオの手を強く握った。
びっくりしたエミリオが、大きな眼を見開いてバクルー王を見た、バクルー王は、小さく息を吐き、心を落ち着けると…微笑み
「悪い…エミリオ。大きな声を出して、あまりにもおまえが早く走るから…ちょっと草臥れたんだ。」
と言って笑った。バクルー王の様子に、エミリオはにっこり笑い
「では、ゆっくりまいります。」と慎重に足を運び出した。
本当は…バクルー王の頭の中に、今日のことが過ぎった。
そう、ようやく思い出したのだ。
プリシラをひとりにして、自分が先に部屋を出たことを…
額に汗が滲んでくるのがわかった。思わず出てしまいそうな舌打ちを堪えながら、心の中は
(俺は…あの女に人もつけず、ほったらかしにしてしまった。まさか…あの女、エミリオに…)
と荒れ狂っていた。
(確かめねば…だが…違っていてくれ。)祈るような思いで、 低くなりそうな声を抑えて
「…エミリオ。その者の名を何と言うんだ。」と聞くと
「プリシラです。」と… エミリオは満面の笑みで答えた。
バクルー王の顔が、歪んだ。
庭には灯りが、まだ点いていなかったが、もし点いていたら、エミリオは父の恐い顔に、体を震わせていたかもしれない。それほど、バクルー王の怒りは凄ましかったが、自分の中にある冷たく恐い部分を…エミリオに知られたくはなかったバクルー王は、穏やかな声を意識して出すと、にっこり笑い
「ひょっとしたら、男性のような格好をしていて、黒い髪を、顎のところで切りそろえている?」
「はい!ちちうえはごぞんじなんですね。すごくすてきなかたですね。」
とエミリオは笑いバクルー王の手をまた引いた。
バクルー王の心は大きく乱れた…
(あの女…俺に近づけないから、エミリオに、息子に近づいたわけか…ふざけやがって…
サザーランド国の回し者か?今敵対する国はあの国だが…くそっ!情報が足りん!どうする?ルイスからの情報を待つか?それとも…いや、だめだ。エミリオがこれほど慕っているのだから、簡単に殺せない。いったいどうやってエミリオを…)
コン・コン・コン・コン・コンとエミリオが扉を五度叩くと、中から笑う声が聞こえ
「ここも秘密基地にするつもり?」と言いながら、扉を開けたプリシラは…
「……バクルー王……」と言って、固まった。
昨日更新しました5話で、国名を間違っておりました。すみません。