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隻腕の王と男装の麗人  作者: 夏野 みかん
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6

広間を出た後、プリシラは、重い足を引きずって、王宮の一室に置かせてもらっていた、荷物を取りに向かっていたのだが、途中で雨に気がつき、気分はまたさらに落ち込んでしまった。

なぜなら、その一室に行くには、一旦庭に出なくてはならなかったからだ。


「私にできるのだろうか、バクルー王の殺害など…いや、それ以前に、バクルー王に近づく方法がなくなったんだ。あぁ…どうしたら…」

溜め息混じりに口に出た言葉には、先程の主のいない玉座に言い放った勢いはもうなく、窓ガラスに打ち付ける雨を相手に、ぼやくので精一杯だった。


ぼんやりと雨を見ながら…プリシラは大きな溜め息をつくと、壁にもたれ窓ガラスに映る自分に、

「どうしたら…いいの…?」

今度は問いかけるように口にしたが、ハッとしたように、窓ガラスの自分を瞬きもせず見つめると、まるで怯えるかのように黒い髪に手をやり、黒い瞳を揺らしながら、その手を窓ガラスへと伸ばすと…


「お母様…」


そう口にしたのは自分なのに…その言葉を聞きたくなかったようにプリシラは顔を歪め、母親と同じ黒い髪と黒い瞳の女の姿を、忌み嫌うように眼を瞑った。だが、苦しい思いは少しも楽にはならず、寧ろ…記憶の中で見たあの姿…一枚の絵のような男女のいだきあう姿が浮かび…プリシアは慌ててその姿を消すように、頭を振り唇を噛んだ。


頭の中を、取り留めの無いことばかりが、浮かんでは消えていった。


「もう勘弁してよ…」

小さな声で言ったつもりだったが、その声は静かな廊下に響き、プリシラは頭を抱えると、(もう嫌!)と今度は心の中で叫び、両手で顔を覆うと、顎の線まで切った黒い髪が、パラパラと顔を覆った両手に、ベールのように落ちてきた。だが…一枚の絵のような男女のいだきあう姿が、また脳裏に浮かび、プリシラは顔を覆ったまま篭もった声で…「もう……」と口にした時だった。



ガシャン!!


何かが倒れる音と、小さな叫び声が、後ろの部屋から聞こえ、プリシラの脳裏から…一枚の絵のように抱きあう……母とバクルー王の姿が……消えた。プリシラはハッとしたように顔を上げると…


「…今のは…子供の叫び声?」

と口にした途端、体は音がした部屋に、ノックもなしに飛び込み、声は大きく叫んでいた。


「どうしました!」


だがその部屋には、子供どころか、人影もなく…ただ、なにやら、ごちゃごちゃと箱が…、木が…、金槌が…一面に散らばっていて…


思っていた状況と違い過ぎ、気が抜けたような声がプリシラの口から漏れた。

「…なに?この部屋?」


気が抜けたプリシラの声だったが、その声に安心したかように、ゆっくりした深い呼吸が聞こえ、 大きな箱の中から、少年が顔を出し

「よかった…ルイスじゃなかった。」と言ってうつむき加減で、箱の淵に両手を置いて


「あの…」と小さな声でなにか言おうとしたが、言葉が見つからなかったのか口を噤み、泣きそうな顔でプリシラを見ると、また口を開こうとしたが、言葉よりも涙が零れそうだった。


プリシラは少年の頭を軽く撫で、腰を下ろし、目線を少年に合わせると

「なにしてるの?こんなところで…と言うか、この部屋はなに?」


プリシラのその問いに、少年はパァっと満面の笑みを浮かべ、小さな声だったが、だがちょっと得意げに…「ひみつきち」と胸を張った。だが、次の瞬間「あっ!」と声をあげると慌てて


「だ、だ、から、ひみつにして!」


プリシラは、可笑しくてたまらなかった。

あっさり秘密基地だと言ったこともだが、なによりもそれを慌てて、秘密にしてと頼むところが…もう可笑しくて、そしてなんだか愛おしくて、プリシアはこの少年の可愛らしさに、思わず微笑むと


「いいわよ。でも、基地?というより…箱が山積みになっているだけのように見えるんだけど…」


「…うん…、うまくいかないんだ。」


少年は、下を向き元気なくそう答えた。

プリシラは、床に置かれた金槌かなづちを手に取ると…う~んと唸って、金槌を少年に渡すと微笑みながら


「この金槌は、あなたには重すぎだわね。待ってて…私の金槌なら少しはマシかも知れないわ。」


少年は、プリシラの申し出に眼を輝かせ

「ほ、ほんとに?!ありがとう…おにいちゃん。」


少年のその一言で、プリシラの微笑みは…力を無くしたようになり…

「えっ~とね。こんな姿だけど、一応女なのよ。」


少年は…あっと小さな声をあげると、

「ご、ごめんなさい。」と泣く寸前のように、顔を歪めた。


プリシラは、少年の前にひざまづき

「怒ってるんじゃないのよ。わざと男に見えるようにしているんだもの。ただ…うん、そう…ただ、君にはお姉さんと呼んでもらいたいなぁと思っちゃって…」


と言って、自分の両頬を両手でパチンと叩くと

「ごめん!変な事を言って…私はプリシラ。君は…?」


「エミリオ。えっと、もうすぐ7歳になるんだ。」と言って先程の泣きそうな顔から、ようやく笑顔を見せた。


プリシラは、エミリオの笑顔を見て、安心したように微笑むと

「庭の向こうの部屋に、金槌を置いてるの。取ってくるわ。」


そう言って扉を開けたが、まだ後ろにいるエミリオのほうに体を向けると、真剣な顔で…でも瞳はいたずらっぽく笑って

「エミリオ、合図は扉をコン・コン・コン・コン・コンと五回叩くからね。その時は私だから…」


「なんだか…それって」

とエミリオは小さな声で言ったが、すぐに大きな声で


「なんだか…それって!!ひみつぽっくて、かっこいい。」と真っ赤な顔で、興奮気味に叫んだ。


プリシラは、笑いを堪え

「そんな大きな声で叫んだら、秘密基地がばれちゃうよ。」


エミリオは慌てて両手で、口を押さえた。

その様子がまた可笑しくて、プリシラのほうが大きな声で笑ってしまい、プリシラも慌てて両手で、口を押さえると、エミリオと眼を合わせ…頷きあったが、眼は…お互いまだ笑っていた。



プリシラは、大きく息を吐いて、まだ笑ってしまいそうな口元を引き締めると、エミリオに軽く手を上げ、扉を開け…周りをきょろきょろと見渡し…外へと足を踏み出したときだった。


プリシラの背中に、エミリオの小さな声が…「おねえさん、きをつけて」と聞こえ…

(おねえさんだって)とプリシラは、引き締めたばかりの口元を緩めると、エミリオへと振り返ると、微笑んだ。それは、優しさに溢れた笑みだった。




エミリオは、ドキドキしていた。

秘密基地のことを笑わずに、聞いてくれたうえに、手伝ってくれるという、そんな大人がいたことに…それも女官長のように、ちょっと恐い女性ではなく、母のように、大人しい女性でもない。


不思議な女性に、エミリオは同志を見つけたようで、嬉しくてたまらなかった。

両手で持った金槌を見ながら、


「おねえさん、はやくこないかなぁ」と言って、 大きな箱の前に座ると、これから始まることを想像して、また笑みを浮かべていた。



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