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「…プ…リシ…ラ…」と女の口は、震えながらそう紡ぐと、バクルー王の胸を押し、 慌ててその腕から離れ、小刻みに震えながら、両手を大きく左右に広げ、左腕は腹部に水平に当てられ、震える右足を引き、バクルー王に貴族の男性の挨拶をすると、大きく息を吸って「…プリシラと申します。」と名を名乗った。
バクルー王は、プリシラの一連の動きを面白そうに見ていたが、やがて口元が緩み大きな声をあげ笑い出した。
「プリシラとやら、そのお辞儀の仕方は貴族の…それも紳士の挨拶だ。おまえは何者だ…?」
「私は、サザーランド国の没落した伯爵家の者でございます。ですが今は…ただの義肢装具士。幼い頃より、職人になる為に男になって腕を磨いておりました。ゆえに、このような姿をしております。決して心にやましきことがあるからではございません。」
バクルー王の眼は、鋭い眼差しでプリシラを見つめ、彼女のすべて見てやろうとしていた。
「なぜ、祖国を捨て、このバクルー国に来た。…親はどうした?」
「両親は、先の大戦で亡くなりました。当時…3歳だった「ちょっと、待て」…」
途中で、バクルー王はプリシラの言葉を遮り
「先の大戦…とは、21年前のか…?サザーランド国とトルティ国との、あの大戦のことを言っているのか?」
「は、はい」
「おい…おまえ…いくつだ?」
「24歳になります。」
なぜ…歳を?不思議そうに首を傾け、黒い前髪が揺れた。
その姿は…幼い子供のようにも見え、バクルー王は、(男の格好に…24の女…だとは…予想がつかない奴だ。)と心のうちで呟き、思わず天を仰ぎ、大きな溜め息をついた。
そんなバクルー王をプリシラは、見つめていたが…慌てて眼を伏せ、また淡々と語りだした。
「亡命を考えたのは、サザーランドのカスター伯爵様からの、婚姻をお断りしたからでございます。先々代の王妃様を出された伯爵家の婚姻を、没落した貴族の私が断ったのです。もう、私にはあの国のどこにもいる場所はありませんでした。」
「カスター伯爵?…ご子息はいなかったと記憶しているが…」
「ご本人の伯爵様でございます。」
「…カスター伯爵は…確か80に手が届く歳だと思ったが……」
「はい。そうでございます。今年で…80に…。ましてや伯爵様は…」と言葉を濁し、どう言ったらいいのか思案していたようだったが、なかなか言葉を見つけられず、困ってしまったのだろう。バクルー王に、向けていた視線を下げようとした時、バクルー王は…肘掛に乗せていた右手を軽くあげ、それ以上はもういいとプリシラの言葉を遮った。
(あぁ…噂は本当か、カスター伯爵は女性には興味がないという噂は… だが、男装のそれも幼い少年のような姿に、いろいろ興味が湧いたってことか…人の性癖をどうこういう気はないが、80の老人が…と思うと
おいおい、爺さん。元気良すぎるだろう。と言いたくなるぜ。だが…この女を冥土の土産に持たせるのには、もったいない。爺さんには、諦めてもらうか。ならば…)
「あい、わかった。亡命を認めよう。」
「ま、まことでございますか!」
「だが!…俺の義手の話は、無しだ。」
「えっ…私の腕を…信用されないということでしょうか?」
「信用するもしないも、俺はおまえの腕は知らない。いやどんなに良い職人であっても、俺は義手はいらない。不自由している者に作ってやれ。」
絶句するプリシアに…
「王である俺の体を使って宣伝しないと…人様が注文したいと思うような義肢が作れないのか?腕に自信があるなら、己で道を開け。」
「で、でも…」と、か細い声で、思わず涙ぐんだプリシラを一瞥すると…
「おいおい‥‥こんな時に…女を使うのか‥‥」と言って、プリシラの涙を呆れたように見つめた。
最初は、意味がわからず呆然としていたプリシラだったが、ハッとして目を見開くとだんだんと怒りで顔は真っ赤になり…
「女を!女を武器に仕事を取ることなど致しません!」と叫んだ。
バクルー王はニヤリと笑い
「ではその腕を見せてから、俺のところに来い。」
そう言って、玉座から立ち上がると…プリシラに近寄り…
「だが女として、俺に会いたいのなら…話は別だ。いつでも、ベットに入れてやる。」
そう言うと…プリシラの腰を引き寄せ…プリシラの耳を食んだ。
「ぎゃぁ!!・・・※★★☆※」と叫ぶ、プリシラに大笑いをすると、プリシラの頬を引っ張って
「せっかく、可愛い顔と…いい胸をしてるんだから、もっと艶っぽい声はでないのか…」
と笑いながら…ポンと頭を叩くと…部屋を出ていった。
その後ろ姿を眼で追いながら、プリシラはズルズルとその場に座り込み、自分の身体を両腕で抱きしめ、何かを呟き唇を噛んでいた……。
*****
プリシラは、バクルー王に言わなかったことがある。
それは…21年前。トルティ国で、自分はバクルー王に会ったことを…
そして、21年前のあの日、プリシラの母が…嫁いだ身でありながら、バクルー王への思いを捨てきれず、湖に身を投げたことを…プリシラは言わなかった。
座り込んだ足に力を入れ、立ち上がると…バクルー王が出て行った扉に…
「…ようやく、会えた。バクルー王に…。お母様を誘惑し、利用価値がなくなれば簡単に捨てた男に、ようやく会えた。」
その顔は、憎しみに歪んだ女の顔だった。