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隻腕の王と男装の麗人  作者: 夏野 みかん
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最後の螺子ねじを閉めたら、口元に笑みが浮かび、思わず「出来た…。」と口にしたプリシラだったが、次の瞬間、「あっ!」と言う声を上げ、顔を顰めると、自分の頭をコツンと叩き、


「いけない、これからが一番大変なんだ。本当に義手が完成と言うには、その人の体に合わせ、細かい調整をしてからだ。気を緩ませちゃいけない。」


そう言って、また自分の頭をコツンと叩き、義手を胸に抱く思わず笑みが零れ、「でも…」と声が出た…


「そう…でも」胸に抱いた義手に指を滑らせながら、


「わずか20日間で仕上げることができた。自分でもよくやれたと思う…大丈夫。私の技のすべてを…そして思いを…込めて作ったんだもの…大丈夫」と口にしていた。



今はサザーランドの一部となったトルティ国だが、その昔工作機械では大陸一だと言われていた、それが今のサザーランド国の礎となっていると言っても過言ではない、その技術を使っての義肢装具だ。間違いなく大陸一だと自負できる。だが、かなり難しかった…義肢装具店にあるような工作機械はここにはない。


ある程度、予想をつけ、部品を作ってバクルー国に来たので、すべて一からではなかったが、手作りで作った部品も多々あった。もっと…時間があれば、もっと道具があればと何度も思ったが…あきらめたくなくて、義肢装具士としての技のすべてを出し、頑張ったつもりだ。


でも人が作ったもの…。どんなに丁寧に作っても…本当の腕には敵わない。

だから…部品ひとつひとつに祈りをこめて組み立てていった。


どうか…不具合が起こりませんように…

あの人の体の一部になって、力を引き出せますように…



そして…



「この腕が…あの人を守ってくれますように…」



*****



プリシアの声に、作業場に入るタイミングを逃したバクルー王は、作業場の扉に向かって

「…可愛い事を…」と言ってクスリと笑うと、扉をノックした。



昼頃に来てくれと言われ、いよいよだと思うと、心がやった。

バクルー国始め、大概たいがいの国では、義手、義足と呼ばれる義肢は、ほとんどが飾りのようなものだった。その義足では、歩けなかったし、その義手では物を掴むことは出来なかった。


だが、サザーランド国では、それは体の一部となって欠損部分を補い、欠損前と同じように生活できると言う。もし、変わらないように使えれば、負けやしない。


この国の為に…国民の為に…エミリオの為に…そして、俺を守ってくれと祈るプリシアの為にも…俺は……勝ちたい。いや勝たねばならん!


ノックをした右手はまだ握り締めたままだった。その拳に目をやった時…


部屋の中から、「は-い」と聞こえ、扉が開いた。




プリシアの顔を見て、バクルー王は開口一番。

「おまえの自信作を、見せてもらおう。」と言って、強い眼差しをプリシラに向けた。


バクルー王のその言葉と眼差しに、プリシラはしっかりと頷き

「是非ともご覧ください。」と答え、その力強い返事に、バクルー王はニヤリと笑い、プリシラはクスッと笑った。


「良い返答だ。いよいよだなぁ。どうしたらいいんだ。」


「まず、上の服を脱いでください。義手を一度装着して、細かい調整を…」と言って…言葉が詰まった。


上の服を脱いだバクルー王の体は、2m近くある身の丈に、ふさわしい体だった。プリシラは、義肢装具士になってから、特に筋肉に付き方を勉強して、たくさんの人の筋肉の付き方を見たが…これほど綺麗な体は見たことなかった。


(鍛えた体だ…大胸筋や腹筋など体の正面にある筋肉、そして広背筋や脊柱起立筋などの筋肉との組み合わせが…本当に綺麗だ。20日前にサイズを測るために、一度見たはずなのに、あの時はバクルー王とエリザベス様との会話が頭に残っていて、頭の中が真っ白だったから、そんなことを思う余裕もなかったのか…)と、ぼんやりと考えていた。


バクルー王は、ぼんやりと自分を見つめるプリシラに…

「おい!人の裸を見て、なにぼんやりしてるんだ。」


「えっ?!あっ、ごめんなさい。いや、筋力のバランスがすごく綺麗だから…きっと剣の腕も良いのだろうなぁと見入ってしまって…この筋力のバランスなら…」


と言ってプリシラが手を伸ばし、バクルー王の広背筋を触った、ゆっくりとその形をなぞる…その手に色はないのだが、バクルー王の体がビクッと動いた。


(なんだ…この感覚は…)とバクルー王は、プリシラを見た。


「ごめんなさい。私の手が冷たかったんでしょう。」


とプリシアは申し訳なさそうに言うと、バクルー王の左手に義手を装着した。


だが…プリシラの手が、自分に触れる度に…体が、心が震えるような感覚に襲われ、いつものバクルー王らしからぬ余裕のない顔になっていた。


その顔を見たプリシラは「痛い?」と聞いてきた。


(痛い…わけじゃない。)


だがバクルー王の言葉は、音にならず、プリシラの指に…黒い髪に…眼が行き、なにかに誘われるように右手を伸ばしたが、その瞬間、伸ばした手をどこにやったら良いのか迷い…止まった。 止めた手を見つめ、その眼をプリシラへと移すと、心配そうに見つめるプリシラの眼があり……バクルー王の眼と重なった。



止まっていたバクルー王の右手が動き、プリシアの頬に触れた時だった…



「陛下、ルイスでございます。」扉の外から声が聞こえてきた。


「…どうした。」


「サザーランドが動き出しました。兵は2万、約3週間で、サザーランドの港ハリルに着くかと、それから船で約3日。二ヶ月後には、バクルー国に入るかと思われます。」


その時、バクルー王に頭に


(21年前、アルフォンス王は約1万の兵を囮のように使い、暗躍したという経過があるのよ…)

と言ったエリザベスの言葉が浮かんだ。


「ルイス、アルフォンス王の所在は確認できているか?」


「いえ、申し訳ありません。ここ数日、後宮に入り浸れており…今宵もそうではないかと…」


「すぐに確認をしろ。」


「はい。」


バクルー王は、大きく息を吐くと、椅子にかけていた上着を手に取り

「悪い…今日はここまでだ。だが一日でも早く義手が使えるようになりたい、訓練のスケジュールを組んでくれ。」


プリシラは慌てて頷き、義手を外すと…バクルー王を見た。


そしてバクルー王は上着を羽織り……プリシアを見た。


2人の間に、また何かが流れたが、バクルー王はそれを断ち切るように、視線を外し、


「一旦、執務室に戻る、訓練のスケジュールを組んだら、部屋に来てくれ。」



バタンと扉が閉まり…

プリシラはようやく息が出来るようになった気がして、はぁ…はぁ…と酸素を求め上下する胸を、両手で押さえたが…押さえただけでは止まらない胸に…問うように…


「…なんだったの…あれは…」と言って、ゆっくりと自分の手を見つめ…バクルー王が、琥珀色の瞳を揺らし触れようとした、自分の頬にそっと触れていた。



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