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夢を見た。あの日の夢だ…。
俺はコップに注ぐのさえ、もどかしく、水差しに直接口をつけ、一気にその水を飲んだ。
俺が王位を継いだ頃、バクルー国は高い山に囲まれ、国土は決して豊かではなかった。
だが今、このバクルー国はようやく国として、他国から認められ、いや、恐れられる存在までに伸上がって来たのは、それは武力はもちろん、人の心も利用し…手段は選ばなかったからだ。
その始まりは3年前、魔法の国と言われるマールバラ国の女王エリザベスと、秘密裏に結んだ計画が切っ掛けだった。魔法の国と呼ばれるマールバラ国だが、魔法は一子相伝、マールバラ国を治める者だけが持つものだった。だからどこの国もマールバラ国の君主を伴侶にしようと画策し、そういう俺も、一時は魔法欲しさに、エリザベス女王を手に入れようとしたが、俺と同類のあの女王とは気が合うが、下手をすればベットの中で殺しあうほどの仲になりそうで、早々に手を引いた。だが、エリザベスの国を治めるその手腕と、魔法はかなり魅力的で、俺はエリザベスに話を持ちかけた。
「おまえが惚れた男と結婚できるように、うるさい蝿を始末してやろうか?」と
どこの国も魔法を、あの美しい女王を狙い、様々なことを仕掛けてきていた中、エリザベスが愛する男と結婚をするにはかなり難しかった、だが相当惚れていたんだろう。エリザベスは、相手を徹底的に潰し、愛を貫こうとしたが、数年に及ぶ執拗な他国の干渉に、少しずつ…エリザベスの魔法が綻びを見え始めていた。要するに魔法を使うには、己の体も心も疲労する…無限ではないと言うことだ。
エリザベスとて、わかっていたはずだ。本来なら武力と魔法の両輪で事を謀るのが一番だと、その両輪が回ってこそ、他国からの横槍を防ぐことができると言うことを。だが元々、魔法に頼ってばかりのマールバラの国民だ、軍隊と言っても名ばかりの烏合の衆の集まり…当てにはならない。惚れた男が自国の文官だった事も、エリザベスにとっては…運が無かった。それは純粋な愛だったろうが、男には、他国からの横暴なやり方を跳ね除けるほどの力も術もなかった。その男の優しさに惹かれたようだったが、如何にせん、エリザベスが国を、民を、そして愛する男を守るにはもう限界だった。
「マールバラ国を守る剣になってやる、だから、俺の国をおまえの魔法で、豊かな土地を作ってくれないか。」
俺の言葉にエリザベスは、悩むことなく頷いた。
もっとも『裏切ればバクルー国を火の海にするわ。』と微笑みながらだったが…
俺は約束通りに、マールバラ国の剣となって他国の謀略を潰し、どうやら、多くの国はエリザベスを諦めたように思えた頃だった。それは2年前だ、今まで動かなかった大国サザーランドに、不穏な動きがあると知らせがあり、それはマールバラ国に、サザーランド国から送り込まれた女がいると言う事だった。
俺はその女に近づき、色とそして金で、女を陥落させ、サザーランド国の情報を引き出した。
そんなやり方をエリザベスは嫌悪感を隠すこともせず、顔を歪めていたが、脅したわけでもない、要するに、give and takeだ。俺はサザーランドの確実な情報が欲しい。そして女は、抱いてくれる男と金が欲しかった…だた利害が一致したわけだ。
そう…利害が一致したと思っていた。だが、あの日、女は…俺を庇って死んだ。
今まで、呼んだこともない俺の名を呼びながら…
あの日、サザーランド国はカノン砲を用いて、マールバラ国の宮殿を砲撃した。
そのすざましい力に、バクルー国の軍は近づくことが出来ず、王宮の大部分は崩壊したが、王宮内にいたわずかな兵と、爆風で飛ばされ、意識を失っていたエリザベス…そして女は…奇跡的に無事だった。だが俺は…俺の左手は…宮殿内に祭られていた女神像の下敷きとなり動けず、進入して来たサザーランド国の兵士に、俺の悪運もこれまでかと…嘲笑った瞬間だった。
ペールブルーのドレスを着た女が、俺の前に両手を広げ、俺へと放たれて矢を体に受けとめた。
俺は倒れる女の姿と、バクルーの精鋭部隊が宮殿内に入って来たのを見て…叫んだ。
だが何を叫んだかは覚えていない。
だが時折、この夢を見る。
それは…失くした左腕が見せるのだろうか…
それとも…幼い頃に失くしたと思っていた心が見せるのだろうか…