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三国志異聞~謀殺~

作者: 筑前助広

挿絵(By みてみん)

製作者:8og

© 2014 - GATAG|フリー画像・写真素材集 2.0 - Design by WPThemeDesigner.com.

http://free.gatag.net/

 赤壁で曹操を打ち破ったのはどれ程前だっただろうか。

 昨日の様にも思えるし、何年も前のようにも思える。それほど、あの夜から怒涛の日々が続いている。

 劉備は自ら軍を率いて、湖南の羊鄭ようていに駐屯していた。

 直属部隊には、陳籍の子である陳到が全体を把握し、その下で艾青がいせい從雷じゅうらい駁顔ばくがん李奮りふんなど劉備が直々に選んだ将校が兵を率いている。

 羊鄭には、劉備に反抗する豪族が未だ多い。また、豪族から唆された少数民族も反旗を翻し、役所を襲っているという。その動きは活発で、陳到隊は毎日の様に出動していた。

 夜。

 劉備は幕舎の中で一人、地図を眺めていた。

 地図には荊州、湖南、そして益州東部の地形が克明に描かれ、土着の豪族、少数民族の名前も記されている。

 劉備は一刻余り、この地図と向き合っていた。時に指でなぞる。そうしていると、ふと妙案が思い浮かんで来る事があるのだ。

「殿」

 陳籍の声だ、と劉備は思った。

 ここ数か月、陳籍は姿を現さなかった。陳到が言うには、どうやら揚州に無影の拠点を作っているらしい。陳籍がどう動いているのか、自分でも把握しきれていない所がある。時に直接命令を下す事はあるが、命令が下されない限り陳籍は自分の裁量で動いているのだ。

「陳籍か」

 そう言うと、陳籍が音も立てずに現れた。

「お久し振りですな」

 陳籍の身体が、随分小さくなったと感じた。髪も髭も既に白い。正確な年齢は知らないが、もうかなりの老齢であるのは間違いないだろう。

「何やら揚州に拠点を作っていると聞いたが?」

「ええ。対呉の為に」

「陳籍。孫呉とは同盟を組んでおる。敵ではないぞ?」

「現時点は」

 劉備も、そう思っていた。

 同盟を結び孫権の妹を妻には迎えたが、いずれは荊州を賭けて争う事になるだろう。だが、それは魏を打倒してからの話だと、劉備は考えている。

「して、今日は何の用だ?」

「殿がお悩みと聞きましてな。この老いぼれが話し相手にでもなろうかと」

「お前がか」

 劉備は、地図に目を落とした。

「食事も満足に摂れていないとか」

「よく知っているな」

「無影は何処にでも紛れております故」

 と、陳籍は低く堪えるように笑った。

「冗談にされると腹が立つな」

「それもよろしいでしょうな。仁義の将軍も所詮は人。たまには腹を立てなされ」

 劉備は、陳籍から視線を逸らして鼻を鳴らした。

 仁義の将軍。世間ではそう呼ばれていた。その事に、強い違和感を覚える。自分は、言われているほど清廉潔白な士ではない。しかし、この評判は有利になった。兎角、人が集まるのだ。兵も武官も文官も、仁義の将軍という評判を頼って幕下に加わる。なので、今は腹で堪え、清廉潔白な男を演じている。

「それでは殿の悩みを私が御当て致しましょうか?」

 陳籍はそう言うと、劉備の目をじっと見た。

(この目だ)

 と、劉備は思った。

 細いが、重みのある光を放っている。この目を見ると、劉備は自分の全てを見透かれている気分に襲われた。

 対呂布、曹操からの造反、長坂。陳籍は事ある毎に、この目で見つめ決断を迫ってきた。

「何だか判るか?」

「ええ、ありありと」

「言って見ろ」

「孫権軍、いや周瑜軍と言うべきか」

「ほう」

「周瑜の益州遠征、諸葛亮のように言えば天下二分と言う事ですかな」

「まさしく」

 図星だった。周瑜の益州遠征の噂は先月、諸葛亮から聞かされた。

 諸葛亮は、

「遠征があるかもしれない」

 と、言葉を濁したが、ここに来て周瑜軍の動きは慌ただしく、遠征の噂は現実味を帯びている。

「天下二分が成功すれば、殿の天下はありません」

「多分な」

「多分ではありません、確実にです。我が軍は孫権に飲み込まれ、殿は孫権の重臣となるでしょうな」

「口が悪いぞ」

「口も悪くなりましょう。あの時、荊州を奪い取っておれば、こんな苦労もしないものを。何故あの時に劉表一門を族滅しなかったのか。悔やんでも悔やみきれませぬな」

「過ぎた事を言うな。お前も老いたか」

「殿とて」

 劉備は、思わず笑みがこぼれた。

「陳籍、どうしたらいい?」

「我が軍には二通りの道があります。一つ目は益州遠征に加わるか。二つ目は真横を通り過ぎる周瑜軍の腹腸に喰らいつくか」

「どちらも嫌だな」

「ええ。一つ目は、周瑜は断らないでしょうが、我が軍は完全に周瑜軍の一部隊として扱われるでしょうし、孫権に飲み込まれる第一歩です。二つ目は言うに及ばず。今現在で、孫呉を敵に回すのは得策ではありません」

「お前の意見は?」

 劉備の問いに、陳籍は一度目を逸らし、そして劉備を見据えた。

「周瑜の暗殺」

 ある意味で予想外であり、予想内の答えだった。

 暗殺が有効だ。しかし、周瑜は中々の知恵者である。暗殺も一筋縄ではないだろう。

「暗殺とはな」

「ええ、それしか道はございませぬ」

「だが、周瑜は手強いぞ?」

「呉の内部から動かします。周瑜はあれでいて存外敵が多く、周りを動かしやすい」

「それが出来るのか?」

「ええ、重臣である張昭が周瑜の独走を懸念しています」

「どう言う事だ?」

「端的に言いましょう。張昭は周瑜が独立する事を懸念しています」

「確かに周瑜には、覇王の気質が無いわけではない。実績では孫権以上のものがある」

「そこです。張昭が懸念しているのは……」

 陳籍はそう言うと立ち上がった。

「陳籍、どの位で暗殺出来る?」

「まず一年。この一年は無影にとって最大の闘争になるでしょう」

「そうか」

 暗に陳籍は、

「死ぬかもしれない」

 と、言っている様に劉備には思えた。

「殿」

「なんだ?」

「殿に言われた様に、諸葛亮と語り合って参りました」

 劉備は陳籍に、諸葛亮と語り合う様にと前々から言っていた。諸葛亮は劉備軍を担う人材になる。故に陳籍の様な人間と語り合う事も必要なのだ。

「どうだ? 諸葛亮は」

「才気走ってますな。確かに見識はあります。が、如何せん人を見る目がありません。家柄や学識に目を奪われがちで、有象無象の輩を毛嫌いする。殿、諸葛亮の人物眼を決して信用せぬように」

「厳しいな」

「それだけあの男を買っていると思って結構でございます。さて倅にでも会って、揚州に行きますかな」

「陳到は良い将軍になるぞ」

「何を今更。私の倅でございますぞ」

「ふん、消えろ老いぼれ」

 劉備が肩を竦ませると、既に陳籍の姿は消えていた。

 劉備は、再び地図を指でなぞった。

 周瑜を殺す。

 周瑜が死ぬと、後を継ぐのは魯粛だろう。魯粛は周瑜程の野心も無いし、劉備軍には友好的だ。

「周瑜さえ死ねば」

 自分の黒い部分が燃えている。

 劉備は、確かにそう感じていた。


<了>

前作の続きとなるSSですが、かなりの年代が開いています。今後、この間を埋めるような作品を順次発表していく予定です。

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