理想の人
「今帰ったでおじゃる」
「おかえり~。ありゃ?姉ちゃん一緒じゃねえの?」
相変わらず "あにま〜る"のスウェットを着た克己が出迎える。
「バイトとやらに行ったでおじゃる」
「うへ~、またバイトかよ?週6で出てんじゃねえの?」
克己が心底信じられないと言う顔で言う。
「おかえり光君、栗羊羹あるわよ~」
台所から出てきた優子が笑顔で言う。
「ほう、月見菓子でおじゃるな。お腹は減っておらぬが、せっかくなのでいただくとしよう」
そう言いつつ、光は小走りで嬉しそうにリビングのソファーの下にチョコンと座った。
隣にはキクじいが同じく、ソファーの下にチョコンと座っていた。
「昔の人はソファーの使い方を知らねえのかね?」
克己は台所の椅子に腰かけながら不思議そうに言う。
「こら、克己!お年寄りにそういうこと言わないの!いくらお年寄りが…」
優子がさらに失礼な事を言いそうになったが、ギリギリで克己が口を挟む。
「姉ちゃん、今日もバイトだって。知ってた?ま~た男に貢いでんじゃね?凝りね~よな~」
貢ぐの言葉に思わず、ドキッとした光だが、それ以上に引っかかる言葉があった。
「…またとは?」
光が話に割って入る。
「ああっ…なんちゅうか姉ちゃん、無類のイケメン好きで貢ぎ癖あんだよ。」
「イケメン??」
「イケメンってのは、顔がイケてるってもわかんねーか。その、現代で言う美男子の事をイケメンって言うんだけど…」
「じゃあ、マロはイケメンと言うことでおじゃるな」
とりあえず無視して克己は話を続ける。
「なんか、昔からそうなんだよ。中学ん時は塾のイケメン先生に熱あげて、わざわざクラス変更したり、バレンタインだのクリスマスだの色々あげてたけど、まあ、生徒の一人としてあえなく玉砕。高1の時もサッカー部のこれまたイケメン先輩に差し入れやらタオルやら色々あげて、結局かわいい後輩としか思えない~って言われてたし」
「あんまり余計な事ばっかり言ってると、お姉ちゃんに怒られるわよ」
優子が克己を注意する。
「もはやイケメン好きっつかイケメンに貢ぐのが好きなのかっつー感じだな」
克己が冗談っぽく言った。
「そうでは…ないと思うが…」
光は雄太に事実を問い詰めた時の悲しさの混じった苦しそうなあさみの表情を思い出して言った。
「あの子、お父さんの事が大好きだったのよね。それで…多分、その事が影響してるんじゃないかと思うのよねえ。」
優子がため息をつきながら台所の椅子に腰を掛けた。
「お父上?そういえばまだお会いしておらなんだ。次はいつ頃来られる予定か?」
光は平安時代の男が女のもとへ通う、通い婚だと思っているのか、そんな質問を優子に投げかけた。
「あの人は…」
「蒸発したんじゃ。」
優子の言葉を遮るようにキクじいが強い口調で言い切った。
「そんなっ…!一言も聞いてなっ…」
焦る光に優子は戸棚の引き出しから一枚の写真を取り出して、光に見せた。
「これは…」
そこには、幼い女の子と生まれたばかりの赤ん坊を抱いて立っている男性の姿があった。
「この女の子があさみで、こっちの赤ん坊が克己よ。」
「うわっ!いつの写真だよ」
克己は嫌そうに写真を覗き込む。
なるほど。
丸顔の女の子はややたれ目で、目の上ギリギリでのパッツン前髪がなんとも愛らしい。どことなく、あさみの面影がある。
克己は…ただのサルにしか見えない。
「お前なんか今失礼な事考えただろ?」
克己のカンの良さに少々ビビりながら、話を続ける。
「では、こちらが…」
「二人の父親で私の、夫って言って良いのかな?達郎さんよ」
赤ん坊を抱えたその男性は、背丈は180㎝程ありそうな長身で、手足はすらっと伸びている。
シャープなあごのラインに目鼻立ちの通った、それでいて瞳はどこか優しそうな、バランスの取れた顔立ちである。
平安スタイルでは、少々物足りない肉付きをしているが、現代においては、丁度良い感じであると言える。
いわゆる現代のイケメンであろう。
よくよく見ると、克己によく似ている。
克己も黙っていれば恐らくイケメンなのであろう。
黙っていればだが…。
「おまえ、また失礼なこと考えただろう」
光は慌てて克己から目を逸らす。
それを見て優子は笑っていた。
丸顔のふんわりとした笑顔。
あさみはどちらかというと優子に似ている。
この写真から約3年後、あさみが5歳の時に父の達郎は家を出て行ってしまったと言う。
「あさみの中では、この頃のカッコいいお父さんがすべてなのよね。たぶん、多少記憶で美化されているとは思うんだけど、お父さんのようにカッコいい人が良いって思うようになっちゃったみたいで…」
光はもう一度、写真の男性を見直す。男性のアーモンド型の優しそうな瞳がどことなく、さっき会った雄太という青年の瞳に似ていて、少し胸が締め付けられた。
「あんなボンクラ、優子さんに迷惑かけるだけかけて、なんもかっこよくないわい‼」
キクじいは、少し興奮気味に言うとため息を付いた。
「キクおじいちゃん…」
優子は淋しげに笑う。
「しかし、何故、あさみ殿は好いた人に貢いでしまうのでおじゃるか?」
「…昔ね、達郎さんと私がケンカしてたら、いつもあさみが飴をくれたの。私の大切な飴を二人にあげるから仲直りしてって。優しい子だったわ。」
「でもね、あの人が出て行く…二日前だったかしら。その日もいつものようにあの人と口論になって…そしたら、あさみが泣きながら来て言うの。"今日は飴が無いから二人にあげられない、ごめんなさいっ"て。…そんなあさみを抱きしめてあの人はこう言ったわ。"あさみ、父さんが欲しいのは飴じゃないんだ"って。」
「あの人がどう言う意味で言ったのかはわからない。多分、だから飴が無くっても泣かないでいいんだよって、あさみのせいじゃないからって、言いたかったのかもしれない。でも、あさみはそうは思わなかった。きっと、お父さんの本当に欲しいものをあさみがあげられなかったから、出て行ったと思ってるんじゃないかしら。」
「…あさみ殿……。」
光は、ショーウィンドーに自分があげた物が並んでいたのを見たあさみが、どんな気持だったのかと考えた。
あさみは思ったのだろうか。
また、"本当に欲しいものをあげられ無かったのか"と。
「っつうか、姉ちゃん馬鹿だろ?そんな訳ねーじゃん」
克己が毒づく。
「小さい頃はそう思ってたとしても、だんだんと周囲の人の話とかも耳に入って来れば、自然にわかんだろ?そんな理由じゃない事くらい。俺だってそうだったし。姉ちゃんは、気づいてるのに気づかないふりしてんだよ。理想の父親像を崩したくないから。そんで、男に貢ぐってタダのバカじゃん。」
克己は言い放つ。
「克己!お姉ちゃんは確かに単純で、直ぐ何でも鵜呑みにしちゃうどうしようもない夢見がちなところあるけど…でもねっ」
またもフォローと思えぬ優子のフォローが続きそうだった時、
「バカなんだよ…!」
克己がいっそう低い声で、はっきりと言い切った。
「…姉ちゃんはさ、与える事でしか愛情表現が出来ないんだよ」
そう言うと、静かにテーブルの上に切り分けられた、栗羊羹に目を落とした。その羊羹は切りどころが悪かったらしく、小さい栗がマダラに、少し入っているだけだった。
「…俺の栗羊羹はさ、いつだってでっけえ満月が浮かんでたんだよ。…昔から…いつだってさ…」