キクじいちゃん
「ただいま〜」
「お帰り、あさみ。夕ご飯先に食べてたわよ〜。今あなたの分も用意するわ。」
そう言って母はそそくさと立ち上がる。
「あっ…。ごめん、食べて来たから今日はイイや」
見ると、今日は私の好きな生姜焼きだ。
母さん特製のタレはそんじょそこらのチェーン店よりずっと美味しい
うっ…。ちょっとなら食べても平気かな⁇
いやいや、さっきステーキ食べたばっかりだろ…。自分で自分を戒める。
「だったら早く言いなさいよ〜!なんの為にケータイ持たせてると思ってるの?」
雄太君とメールするため。とは言いませんが。
「やった姉ちゃん要らないんだったら、俺もらうよ」
私の皿から、弟の克己が豚の生姜焼をかっさらって行く。
「ああっ!」
思わず声を出してしまった!
「姉ちゃん食べて来たんだろう?それにコレ食ったら共食いになっちゃうぜ?ブーブー!」
克己がひっひっひと意地悪く笑ってみせる。
こいつ…!克己は昔から口が悪い。
「こら!克己!お姉ちゃんに向かって何て事言うの!」
母が、すかさずフォロー。
「いくら本当でも言っていい事と悪いことがあるでしょう!!」
…。
一番口が悪いのは母である。
私がため息をついて、二階の自分の部屋に戻ろうとした時、リビングのテーブルに栗羊羹が置いてあるのが目に入った。
「あれ?これって?」
「流石、子豚は鼻が効くな。早くトリュフ見つけてくれよ」
「その羊羹ね。キクじいちゃんが遊びに来てるのよ。なんでも探し物が有るって、今は奥のおじいちゃんの部屋に行ってるわ。それはそうと、克己!またお姉ちゃんに酷いこと言って!いくら…」
私は母の更なる追い打ちの言葉で心が折れる前に、奥の部屋へ向かった。
「キクじい!」
「おおっ。あさみか。ちょっと見ない間にすっかり大人になって。どこのべっぴんさんかと思ったぞ」
身内のひいき目とわかっててもやっぱり嬉しい。
だって乙女ですもの。
「探し物があったんだって?見つかったの?」
「おおっ!そうじゃ、そうじゃ、これこれ。」
見るとキクじい夫妻とうちのじいちゃん夫妻が桜の木の下で並んで微笑んでいる。随分若い頃みたい。後ろには橋らしきものと、お城?が写っている。
キクじいはうちのじいちゃんの弟だ。9人兄弟の8番目と9番目、喜八郎と喜九郎は年子と言うこともあり、兄弟の中でもとりわけ仲が良かったらしい。なので、家にもよく遊びに来ていて、私も自然とキクじいに懐いていった。おじいちゃんが去年死んでからも、時々お菓子をもって訪ねて来てくれる。
「綺麗な桜ね」
私がそう言うと
「じゃろ?この前、一枝の見舞いに行ったら、昔喜八兄さん達と行った弘前での花見旅行の話になってのお。そこで写真を撮った事を思い出してな。家に帰って探しても見つからなくて。もしかしたら…と思ってな」
キクじいが懐かしそうに、その写真を見つめる。
「一枝ばあちゃんもこの写真みたらきっと元気になるよ」
一枝ばあちゃんは去年の冬に風邪をひいてから、入退院を繰り返している。
「だといいんじゃが…。」
キクじいは力なく微笑んだ。
「…?なんだこれ?」
私は写真ケースの隣にあった巻物の様な物に目をやる。
「はて?お経かの?」
キクじいも首を傾げる。
これはもしかしたら…お宝の匂いが!?
雪舟あたりが描いた掛け軸か、はたまた徳川幕府埋蔵金ありか?!
克己め…ざまあみろっ。姉ちゃんは黒トリュフなんかよりもっと凄い物を嗅ぎ当ててやるんだから‼︎フガフガ。
「なんだろうね?あっ何か文字が書いてある」ミミズの様な文字に私は目を細めた。
「どれどれ…」
キクじいも別の意味で目を細めた。近いものは見づらいらしい。
「源…氏…物語…?」
「え?!あの…??」
この前古典で習ったばかりだった事もあり、私は少し興奮気味で言った。
この巻物の中には、見目麗しい光源氏が、数々の才色兼備な女性たちとの華やかな逢瀬の物語が描かれているかもしれない。
そう思うと、ドキドキしてきた。
「もしかしたら、貴重な資料かもしれないよ?」
そう言いながら私が巻物を開こうとした時だった…。
突然あたりが眩しく光った。
思わず二人は目をつぶった。
そしてゆっくりと目を開けるとそこには…。