その後の小話をひとつ
「いやあ〜、光君、ご苦労だったね。こんな事頼んで」
キクじいと優子、光が栗羊羹を食べながら話していた。
「いえいえ!楽しかった…って言ったらあさみさんに失礼ですが、なんと言うか結局、暴露てしまいましたし…」
光は恥ずかしそうに、しかし嬉しそうにそう言った。
「でも、僕びっくりしちゃいましたよ。あの絵巻物から源氏が消えていたのは。あんな細工までしてたなんて!でもあれで二人とも信じたみたいですよね!器用ですね〜優子さん!」
「…えっ?私じゃないわよ?ってきり光君だと…」
「いえ、僕はなにも…じゃあ…」
二人は同時にキクじいを見る。
キクじいはもちろん首をブンブン横に振る。
三人は顔を見合わせる。
「…ははっ、まさかそんなこと…」
光は、あの時あさみが「窓も閉まっていたし」と言ったことを思い出した。
しかし、部屋に戻って絵巻物をみんなで確認した時、絵巻物は確かに揺れたのだ。
…窓から吹き込む風で…。
僕は窓何て開けていない。
他のみんなも。
じゃあ誰が、いつ…。
「…いや、たまたまですよ…?」
たまたま絵が消えていたなんて果たしてあるのだろうか。
「そうじゃ、そんな馬鹿げた話あるわけなかろう!」
「そうよね〜!あはっ はははっ」
「…はははっ」
3人の乾いた笑い声が部屋に響き渡った。
「とうとうあさみも見た目より、中身って事に気づいたのね〜。うん!いい心掛けだ。」
「やっぱりマルコよね」由美とセリは冷やかし半分に言う。
「はっ?何言ってるの?」
「?」
「イケメンにしか興味無いよ。」
二人は顔を見合わせる。
「?え?だって…光君と付き合うんじゃ…」
「これ、見て」
困惑している二人に、あさみは一枚の写真を二人の前に出した。
舞台稽古の休憩中と思われる写真には数人の男女が写っていた。
その中に長髪のひときわ目立つ青年が居た。
痩せ型の青年は、背はさほど高くは無いが、涼しげな瞳をした端整な顔立ちをしていた。
「…この真ん中のイケメン、どっかでみたような…あっ!まさか!?」
「ふふふっ。光の痩せてた頃の写真よ!ダイエットさせてこの頃に戻してやるんだから!」
あさみは写真片手に悪い顔をして笑っていた。
二人は人間はそう簡単に変わらないものよねと思うのだった。
「まっあさみらしくてイイんじゃない??」
「え?何か言った??」
「別に〜」
二人の声がハモる。
大樹はこの前行ったファミレスの出来事を思い出していた。腹がたつ。なんなんだ。オーダーミスされたのはこっちだぜ?なのに、俺の方が悪いみたいな空気になってよ!
苛立ちながらパソコンのキーボードを叩く。
大樹は自分の仕事にプライドを持っている。インターネットを使って、新しいサービスを提供する。アイデア勝負の実力主義。ルーチンワークみたいな誰にでもできる仕事じゃない。
「…職業に貴賎はない…か。」
大樹は無意識に呟いていた。
それを聞いていた同僚の志津奈が、少し驚いて言った。
「な〜に?難しい言葉使っちゃって…珍しく文学的じゃない?」
「…文学的??」
予期せぬ言葉に大樹は思わず聞き返す。
「そう。それって光源氏の言葉よ?」
大樹は志津奈が最近、源氏物語のパソコンゲームにはまっていた事を思い出した。
「源氏が田舎に流されちゃう事があるんだけど、そこで初めて農業や漁業など、人々の暮らしに触れて、そう言うのよ。”この世には自然に仕える仕事と、人に仕える仕事がある。その違いだけで、職業に貴賎はない”ってね。」
「違いはあれど、貴賎はない…。」
志津奈はさらに続ける。恐らく小一時間は止まらないのではないか。
「今より、ずっと身分制度があった時代によ?しかも皇子が言うなんて!ううん、たとえ身分の差はあっても、職業だけは差が無く、どれも人々の暮らしにとって大切って事なのかも!…仕事ってそういうものなのよね。」
志津奈は、加えて光源氏がいかに素晴らしいかを延々と語り始めたが、大樹はもう聞いていなかった。
「…そうだな。」
大樹はペンケースから一つの消しゴムを取り出す。
父親の仕事をバカにして父親の様にはなりたく無いと、必死に勉強して今の仕事に就いた。
父親もこのちっぽけな消しゴムを作る事に誇りを持っていたのだろうか…?
「あっ!また間違えた!!大樹〜、消しゴム貸してくれる??」
「お前ってアナログだよな。俺たち仮にもIT系に勤めてんだぜ??」
「そういう大樹だって、アイデアメモる時は絶対手書きじゃん!!」
ムッとして志津奈が言い返す。
「まあね。」
そう言って、大樹は持ってた消しゴムを志津奈に貸した。
「あっもしもし?大樹?そう、今から会える??うん、…嬉しい!じゃあまた後でね!」
「…チッ」
ケータイを切ると直ぐに舌打ちをして咲は連絡先をスクロールした。
最近、ロクなカモが居ない。
雄太は顔も良く、甲斐甲斐しく貢いでくれたいたが、この前変な男に説教されてから人が変わった様に真面目な青年になってしまった。まあ、高校生に貢がせるのはやっぱり無理があったなと。大樹はそこそこ貢いでくれるが如何せん不細工だ。やっぱり一緒に歩くのはイケメンの方がいい。
「…あーあ、どっかにセレブのイケメンは居ないかしら?」
咲はコリもせず、新しいカモを探していた。
「にゃーにゃー」
「?」
見るとキレイな瞳の黒猫が居た。
「カワイイ!おいで〜?」
一瞬こちらに来ようとしたが、途中で、クルッと向きを変え、路地裏に入ってしまった。
気になって後を追って路地に入る咲。
「にゃんちゃ〜ん?」
「にゃ〜」
「居た!おいで〜」
咲はしゃがんで、猫を呼んだ。
しかし黒猫は咲の方には行かず、別の人物の足に懐いた。
「このコはそなたの猫か?」
「…?」
咲が見上げるとそこには…。
最後まで読んで下さってありがとうございます。
光源氏と咲の話はまた別の機会に…。




