私の光る君
「まったく…。おかしいと思ってたのよ。」
あさみが話し始める。
「まず最初にあれ?と思ったのはあたしが光に二千円札をあげたことがあったじゃない?その時、光はすぐに"紫式部”に反応したわよね?そして源氏物語が描かれてるって言ったら、一緒に載ってる男が自分じゃないか?って聞いたのよ。けど、よく考えたら光は紫式部の物語の中の人物なんだから、そもそも”源氏物語”も、作者の式部もわかるはずないのよね…。明らかに光源氏が紫式部の書いた物語の登場人物だってわかった上での発言よね??」
あさみの鋭い指摘に、光もキクじいも何も答えられない。
「それから、色々振り返ってみると、いくら柔軟性があっても現代にすんなり馴染みすぎだし!…土下座の意味も最初から知ってたんじゃないの?まあ、そうすると克己も知ってたってことになるんだけど…」
チラリと克己に目をやる。
「え?俺?あ~、なんか隠してるなあって感じはしたけど。別に光いい奴だし。おもしれーから話し合わせてみようかな~って思っただけ!」
あさみは呆れたが、まあ、克己はそういう人間だとすぐに切り替えた。
「いや、よく考えればそもそもありえない話なんだけどね!最初は侵入者って普通に思ったんだけど、窓も空いてなかったから侵入者って説もないと思ったし、だとしたら…?みたいな。あまりにもみんながすんなり信じ込んじゃうから、あたしもすっかり騙されちゃったわよ。でもみんながグルなら、あたしが帰って来る前に押入れかどっかに隠れるなんて簡単な事よね?違う?」
あさみは話しているうちに段々と怒りが込み上げてきた。一体なんでこんなわけわかんない嘘をみんなで付いていたんだろうか。
「みんなであたしを騙してたの??」
あさみがキクじいちゃん達3人を睨む。
キクじいちゃんは借りてきた猫の様に小さくなりだした。
「いや!あさみ殿!キクさんたちはあさみ殿の事を思ってのことで…決して騙そうなんて…」
「うるさい!光は黙ってて!あと、もう平安言葉はいいから!!」
光が仲裁に入ろうとしたが、余計に火に油だったらしく、あさみは益々怒りだした。
「だいたい―」
「もう、よいのじゃ、光君。こんな年寄りのわがままに付き合ってくれてありがとう。」
「キクさん…」
キクじいちゃんは観念した様子で、あさみと向き合った。
「最初に、言い出したのは一枝なんじゃ」
「一枝ばあちゃんが!?どうして…」
意外な名前が飛び出したので、あさみはびっくりした。
「以前、仮退院して、商店街を歩いてたら、あさみ達にあった事があったじゃろう?」
「あっ。そう言えばそんな事も」
確か、雄太君とファミレスに寄った日だ。
「一目で、あさみが、あの男の子にホの字なのがわかったわい。」
ホの字って、キクじい…と思ったが、そんな事にはいちいち構っていられなかった。
キクじいは続ける。
「その時も一枝はあまり、その男の子に良い印象はもって無かったらしいのじゃが、その後、偶然にもまた、その男の子を見かけての。。」
「…違う女の子と居たのね」
前の、女の人か、はたまた別の子か。
今はもう、”だろうなっ”くらいの感覚しか無い。
「…とても、唯の知り合いって感じじゃなくての。ワシも一枝もあさみが騙されておるんじゃないかと心配になって…。」
「そんな話を、病室でよくしてて。あっ、僕は舞台稽古で足踏み外してちょっと入院してたんですけど、待合室でキクさんと親しくさせていただきまして…」
光が口を挟む。
あさみはどんな話を病室でしているんだと恥ずかしくなったが、それよりきになるワードを発見した。
「…ん??舞台稽古??」
「あっ、僕役者の卵なんです。一応…」
照れながら、光が答える。
「あー、それで??」
克己が呑気に言う。
「そう!それで!」
「なるほどね~」克己と光が笑いあう。
「なるほど…って何が?!役者だから、私を騙したの?!」
あさみの怒りは全く治らない。
だって全然納得いかない。
「初めは、どうしたらあの男の子が、あさみの事を真剣に考えているかどうかわかるか?と話してたんじゃが、光君が探りを入れてみようか?って話になって…」
「いや、そしたら僕が今度やる劇が光源氏が現代に来ちゃうっていう、パロディーなんだって話になりまして。」
「…それで?」
「それだったら、普通に接近するのは怪しいから、光源氏になってあさみさんの周辺を探り入れようかーなんて話になって。僕も役の練習できるし一石二鳥だね〜ってきな??」
「いやあ、本当に!」
キクじいと光があははっと笑い合う。
・・・。
「笑いごとしゃない!!」
「それだったらじゃないわよ!なんなのよ!そのついで感は?ついでにコンビニ寄ってく?とはわけが違うんだから!!どう考えても普通に接近するより怪しいから!!…それでこんな凝った事したわけ?ノリが簡単過ぎるし…。光も!バレるとか思わなかったわけ??意味わかんない!」
あさみはまくし立てるように言う。
「いや、なんと言うか、バレたらバレたで…。キクさんと優子さんには了承得てたし。正直、少しスランプで…自分がどこまで役になりきれるか、演じきれるか試してみたくもあって…。でも、あさみさんの気持ちを考えて無かった。傷つけるつもりは無かったんです…」
「本当にごめんなさい!!」
光が手をついて謝る。
土下座…。
「光君!あっ!いや、あさみ、今回のは全部ワシのせいで、光君は協力してくれただけで!悪いのは…」
キクじいが慌てて光を擁護する。
「はあ〜」
あさみは再度深いため息をつく。
「…もう、良いよ。光も。顔あげて?」
「あさみ…」
「あさみさん…」
「まったく…土下座はこの国で一番の誠意の表し方ですものね。許さない訳にはいかないでしょう??」
そう言うと、あさみはやっと笑顔になった。
「あさみ、一枝とワシはお前と克己の事は本当にホントの孫みたいに思っているんじゃよ。なんと言うか、あの子は何処となく…」
キクじいちゃんは言葉を詰まらせた。
そして、申し訳無さそうに言った。
「あさみには男で苦労して欲しくないし、幸せになって欲しいんじゃ…」
そう言うとキクじいちゃんは黙ってしまった。
優子は黙って栗羊羹のお皿を片付け始めた。
「うん…わかってるよ。雄太君、ちょっとだけ、お父さんに似てたもんね」
あさみは、せいいっぱい笑って言った。
「まあさ、姉ちゃんも、あの男とは縁が切れたみたいだし、結果、良かったからいんじゃね?」
克己…お前が言うなよ。
「あっ!そうだ!で?光、本名教えてよ。」
克己が、続ける。
「…光」
「あくまで光源氏で通すつもり??」
あさみは少しイラっとして言った。
「柳井、光。僕の本名です。」
…?!
キクじいがニコッと笑い
「光君じゃ」
「はあ〜??」
なんという偶然か、光はそもそも光だったのだ。
だから、本名知っているキクじいも名前を言い間違えることが無かったということらしい。
あさみのこの時の脱力感は半端のないものだった。
「光君、なんだったらもっと家に居てくれて良いのよ?」
優子が、優しい口調で光に言う。
「あっいえ!これ以上ご迷惑をかける訳には…。それに、そろそろ舞台稽古も本詰めなんで、泊まりがけになったりもするんで…。」
「そう?また、いつでも遊びに来てね」
「ありがとうございます!あっ!舞台!皆さんで見に来てくださいね!チケット後でお渡ししますんで。あの…あさみさんも…」
光が、ちらりとあさみを見る。
「…」
あさみは仏頂面をしていて何も答えない。
「あっ…無理にとは言いませんので…」
あさみの視線に負けた光は小さく言った。
あさみは、仕方ないなぁと言うように、大袈裟なため息をついて言った。
「一番、いい席取っておいてよ。一カ月近くお芝居の稽古に付き合ってあげたんだから、当然よね?」
「もちろん!!」
あさみはあまりにも光が、嬉しそうに答えたので、思わず、笑ってしまった。
「しかし、光もまだまだだったわね~。あたしに見破られちゃうなんて!それに最後の方ははもう、現代語になってたし…どうやら少し詰めが甘かったね〜!」
あさみが「月が綺麗ですね」と言った時の光を思い出して、可笑しそうに言った。
「いや…あれは、あえてというか…」
「え?何て?」
「あっ!いや、そうなんです!なんか現代語と平安言葉がごっちゃになっちゃって!」
あの言葉は光源氏じゃなくて、柳井光として、君に伝えたかったんだ…。
なんて、役を解いた光が言えるはずもなく、笑って誤魔化した。
あたしに言った言葉も見せた態度も全てお芝居の一つだったんだ…。
あさみは、頭では理解できたし、キクじいちゃん達の事も許している。
それでもやっぱり気持はうまく整理がつきそうもない。
あの言葉は柳井光じゃなくて、光源氏のセリフ…。
あたしがこの一か月見ていた人は誰?光源氏?柳井光?
あたしが好きになったのは…?
「姉ちゃん、まぁた難しいこと考えてるだろ?眉間にしわ寄せちゃって。せめて愛想よくしなきゃ見られたもんじゃねえぜ?」
「克己!!なっ!失礼にもほどがある!!」
余程、難しい顔をしていたのか、克己がそんな軽口をたたく。
あさみは、急いで眉間を伸ばす
「別に、これから始めればいいんじゃねえの?これから、柳井光を知っていけばいいんじゃねえの??それに、お芝居っつったって、台本はねえんだしさ。柳井光が演じる光源氏には、柳井光の人間性や価値観が少なからず反映されてたんじゃないかって。俺はそう思うけど。まあさ、…どのみち好きになったらそんなの関係ねぇし。」
相手を知ってから、好きになるんじゃなくて、
好きになったから相手を知っていく…知ろうとする。
恋なんてそんなもんだ。
「克己のくせに生意気…。」
「はあ~?」
克己はさも心外っと言った表情をあさみに見せたが、目は穏やかだった。
何か吹っ切れた様なあさみは、キクじいや優子達と談笑している光を呼んだ。
「光!」
「はい!」
急に呼ばれた光は思わず姿勢を正す。
「あたしと付き合ってよ!!」
・・・?!
突然の事に光は一瞬言葉を失った。
キクじいや優子は意外にも落ち着いていあさみの言葉を聞いている。
「ほぉ」
「まぁ」
「いやっ。え~!?あさみさん!何を急にっ。」
光だけが動揺し、狼狽えている。
「よくよく考えたら、雄太君とうまくいかなかったのは光のせいじゃない??光は責任をとって私と付き合うべきよ。そう思わない!?」
いや…雄太君とはどのみちうまくいかなかったのでは…と光は内心思いながらもあまりの急展開に頭がついていかない。
困惑する光にあさみはさらに続ける。
「一度、情けをかけたおなごには最後までかけ続けるのが男なんでしょう??」
「・・・うっ」
あさみはイタズラっぽい笑顔を見せた。
光の…好きな表情だ。
「こんな…デブでいいんですか?」
光が遠慮がちにあさみに尋ねると、あさみは笑って言った。
「いいのよ。そのままで。だってそれの方が私だけの光でいてくれるでしょ?」
光は真っ赤になりながら「はい!」と返事した。
「…何気に超失礼だな。」
克己がボソリと呟いたが、もはや二人には何も聞こえていなかった。




