1-6 クラーヴィス家
「本当に良かったんでしょうか……」
「いいんじゃないのか? 本人達がああ言ってたんだ」
背後を振り返り心配そうに言葉を漏らすノワにラクードは対して興味も無さ気に答える。そんな様子にノワは文句を言おうとして、しかしそれが筋違いだと分かっているので押し黙った。
二人は雪の降る街中を並び歩いていた。その距離は相変わらず離れたままだが何とか普通に会話する程度ならノワも耐えられる様だ。
「あいつらが遅れてきたのは確かだろ? だったら任せちまって俺達は早く行こうぜ」
先ほどの警察署での戦闘。犯人はやはり件の山賊紛いの連中の残党であり、ラクードの言葉通り一か八かで仲間の救出に来たらしかった。その心意気は買うが、そもそもそれが怖くて列車を襲ったのだから本末転倒とも言える。ラクードとしても少々ピンチな場面はあったが、隣の少女がこんな鎖に繋がれてなく本調子ならもっと楽に鎮圧で来たのだろうな、と考えている。
そしてその事件の後始末だが、そこは遅れてきたセシルが引き受けた。当事者でもあるラクード達からも話は聞く必要はあるだろうがまずは怪我人の治療と山賊たちの拘束などが先。ノワも手伝おうとしたのだが、遅れてきた代わりだという言う事でセシルがそれを引き受けたのだ。ノワはその提案を渋っていたが更に遅れてきたジェネスも同じことを言って来たので結局は任せることになった。そしてラクード達は現在二人でノワの家へと向かっている。
昨日と違いよく晴れている為か、街中は人通りが多い。そしてその殆どが鎖で繋がれた二人を見て奇異の視線を向けている。そんな状態に恥ずかしそうに眼を逸らすノワにラクードはため息を付いた。
「離れると余計に目立つぞ」
「わ、わかってます……」
ノワもいい加減耐えらなくなったのだろう。奇異の視線と今朝の羞恥。過去の出来事と現在進行形の事態を天秤にかけ、結局は過去を選んだ。少しだけラクードに近づきため息を付く。
「そんなに嫌がれると俺としてもちょっと複雑だぞ」
「嫌とかそういうのじゃないんです。もっと別の問題なので」
そういう物か、と納得する事にする。そして改めて周囲を見回し気づく。
「結構人が多いんだな。昨日の列車にも結構な人数乗ってたが何か祭りでもあるのか?」
「いえ、おそらく観光目的じゃないでしょうか? この街から少し行った所では温泉が湧いてるんですよ。それで列車でここまで来て、ここから馬車でその温泉街まで行くんです」
「温泉ねえ。聞いたことはあるが入った事はねえな」
「良ければ行ってみたら…………いえ、なんでもありません」
この街の売りの一つでもあるので進めようとしたらしいが、今の状態では不可能だと気づきノワは慌てて口を閉じた。
「自爆するなよ」
「うぅ……というか今夜私はどうすれば……」
頭を抱えているノワを尻目にラクードはふと思案する。
(観光客、ね。だとするとさっきの馬鹿共はそれ狙いって事か。だがそうなるとアズラルの野郎は何だ? クラーヴィス家がどうのと言っていたが、それだけの理由でこんな場所まで来たのか?)
ラクードがこの付近まで来たのは実は昨日なのだ。自分が追っているアズラルの手がかりをつかみ、それが乗車したとされる列車の行先を知るが否や、早馬で先回りしたのだ。列車は各都市を回りながらのんびりとここに来るルートだったので、最も人が少ないこの街の近くを狙ったのである。
そこまで考えてふとラクードは疑問を持った。
「なあ、昨日アズラルの野郎がクラーヴィス家がどうのとか言ってたよな。それにお前も唯の田舎町の自警団にしては妙に実戦慣れしてるがおかしくねえか? そんなにここは治安悪いのか?」
ラクードの疑問にノワは自分の身に降りかかっている重要な懸案を一時保留し首を振る。
「確かに犯罪がゼロとは言いませんが、治安が極端に悪いと言う事は無いと思います。私が実戦慣れしてるのは家が関係していますし。昨日あの変態も言っていたでしょう? 戦巫女がどうのと」
「ああ、そういや言ってたな」
「つまりはそういう事です。ゼルファースに統合される前、ここが小さな国だった頃はそれなりの家柄だったようでして、国の導き手でも有り、護り手でもあったんですよ」
もう何十年以上も前の事ですけけどね、とノワは笑う。
「クラーヴィス家は魔導器の扱いに長けていたとも言われていまして、世代によっては傭兵の様な事もしていたようです。それも中々引く手数多だったようで、その話が残っていたのでしょう」
「巫女なのに傭兵っていいのかそれ」
「巫女という言い方は正確ではありませんね。私たちは神に仕えている訳ではありません。ただ戦いと魔導器の扱いに長けていて、そして政も出来たと言うだけです。巫女という呼び方は一族を見た誰かがそう表現したのが伝わったからじゃないでしょうか? 昔は魔導器使いの事を魔術師とも呼べば悪魔とも呼んで居たと言いますし、神秘性を感じる言葉があれば十分だったんでしょうね」
元も子もない話である。しかし今でも魔導器を作る事の出来る者を錬金術師と呼ぶ事もあれば、唯の鍛冶屋としか呼ばない事もある。結局、呼び方なんてなんでもいいのだろう。
「それで各地で一族が色々と戦果等を残してきた結果、教えを乞う者や、逆に倒して名を上げようと思う輩も出てきたわけです」
「ああ、つまりそういう連中の相手をしている内に鍛えられたと」
「ええ。もしかしたら昨日の列車にそういう手合いも乗っていたかもしれませんね」
そう締めくくるノワだが、ラクードとしてはもしそんな奴が居たら昨日のアズラルとの戦闘に参加してるだろうし、それは無いだろうと考えていた。
「見えてきました。あれが私の実家です」
そんな会話をしている内に目的地についたらしい。石造りの大きな塀に囲まれたそこはかなりの広さを持っている事が外からでも分かる。塀の外からは中の様子はうかがう事は出来ない。
「田舎だけに土地が有り余ってんのか」
「否定はしませんが身も蓋も無い言い方はしないで下さい」
ため息を付きつつ門をくぐるノワに一歩遅れてラクードも続く。門から先は綺麗に整えられた庭園が広がっており、その中心に屋敷へと続く道が敷かれている。その道を進んでいると妙な者に気づいた。
「なんだあれ?」
「ああ、あれは……」
ラクードの視線の先ではそこだけ石造りの舞台の様になっていた。そしてその舞台の脇では数人の男たちが雪の中に倒れ伏している。その中の一人がこちらに気づき手を上げた。
「おお、ノワさんじゃないですか」
「こんにちは。またクレス姉様ですか?」
「ええ。挑戦したけどあっさり返り討ちでしたよ」
男の言葉にその周りで倒れていた者達も同意する。彼らの近くでは刃引きされた模擬剣が転がっていた。
「さっき言ってた教えを乞う連中ってのがコレか」
その様子を眺めていたラクードの呟きに男たちが反応した。その視線はラクードの顔に、そして続いてその腕の鎖へと移っていく。
「この人は友人です。ちょっと魔導器の実験で不備があったんです」
彼らが何か言う前にノワがそう説明する。確かに間違っては居ないが、だからと言って鎖に繋がれている奇妙さは拭えないだろう。
「それではこれで」
追及される前にノワはラクードを引っ張る様にしてその場を後にした。背中に男たちの視線を感じながらラクードはノワに聞く。
「いいのか。怪しさ抜群だぜ?」
「仕方ありません。変に説明して巻き込むのも気が引けますし」
「冷たいな。心配位してくれるんじゃないか? お前の家は慕われているんだろ?」
「……ただ慕われるだけなら良かったんですけどね」
どっか複雑な表情で顔を暗くするノワにラクードはそれ以上の追及を辞めた。何か複雑な事情でもあるのだろう。それに他人の家の問題に首をつっこむつもりは無い。
「で、クレスって言うのがお前の姉貴か」
「はい。それともう一人居ますが、紹介は会ってからにしましょう」
ラクードウを引っ張りつつ屋敷の扉を開くノワ。だが扉が半分程開いた所でその体がドアの向こうへ引きずり込まれた。
「きゃ!?」
「うぉっ!?」
当然ラクードも引っ張られる様にして引きずり込まれることになり、思わず倒れそうになる体をドアで支える。
「まあまあノワちゃんお帰りなさい。おねーちゃんさみしかったわぁ」
「ね、姉様……。あの、人が見てるので……」
顔を上げればノワとうり二つの女性がその豊満な胸にノワを押し付けている所だった。ラクードはそんな光景にふむ、と頷き、
「構わないから続けてくれ。俺の事は気にするな」
「気にします! 姉様もいい加減にしてください!」
ノワが暴れる度に鎖が音を鳴らす。ノワを抱きしめていた女性はそのノワをみて目を見開いた。
「ノワちゃん、その鎖は?」
「そうです、これです! この事で相談が――」
「駄目よノワちゃん。いきなり鎖はレベルが高すぎてお姉ちゃんでもアドバイスは出来ないわ」
「だから何で皆そういう発想なんですか!?」
叫びつつ肩を落とすという器用な事をしてみせるノワに慈愛と生暖かい視線を向けていた女性はこちらに向き直る。
「それでこの人はどちら様? お父様達でしたら留守だから重要な話は私とクレスちゃんが聞くわ。だってノワちゃんの将来を決める大事な話ですものねえ」
「お願いだから、話を聞いて下さい……」
消え入るような声で呟くノワを見て、流石に少し気の毒な気分になったラクードだった。
「改めまして初めまして。私はノワちゃんのおねーちゃんです」
「ちゃんと名前を言ってください。こちらがブレーナ・クラーヴィス。そして私がクレス・クラーヴィス。聞いての通りノワの姉だ」
応接間に通されたラクードはノワと隣り合わせに座り、その姉達と顔を合わせていた。両者の間には上品に装飾された小さなテーブルがり、そこに4人分の紅茶が湯気を立てている。
並ぶ二人の姉は成程、ノワによく似ている。ブレーナはノワをもう少し柔らかくした雰囲気があり、とろん、とした眼と平和そうな笑みを浮かべている。服装は薄蒼のローブの様な物を着ており、そのローブにはクラーヴィス家の家紋だろうか? 複雑な紋様が見て取れる。逆にクレスと名乗った方はノワよりも目つきは鋭く、どこか厳しい印象を持った。服装もキッチリとボタンをしめたシャツにスラックス。そして何故か室内であるにも関わらず腰に剣を指している。しかしラクードにはそれよりも確認したいことがあった。
「一つ聞くが、こっちのブレーナさんとやらが長女で……クレスさんとやらが次女なんだよな?」
「ああ、それがどうした?」
クレスが不思議そうに尋ねるがラクードはそのクレスの顔でなく体格に目を向けた。ノワもそれほど身長が高くは無かったが、クレスはそれ以上だ。というか一番背が低い。少なくともノワより頭一つ分は低く、初見では妹にしか思えなかったのだ。そしてその身長に比例して発育も……。
「遺伝って……残酷だな」
「おい待てどういう意味だ。内容次第では黙っていないぞ」
「いや、なんでも無いから強く生きてくれ。安心しろ、そういう層も需要があるって話を首都で聞いたことがある」
「よし殺そう」
「姉様落ち着いて!?」
腰に差していた剣に手をかけるクレスをノワが慌てて止め、ラクードを睨む。
「貴方は私の家族に喧嘩を売りに来たわけでは無いでしょう?」
「そりゃそうだ。と言う事で親交を深める冗談も終わった所で本題と行こう」
「本気で言ってるなら大した奴だな……」
どこか呆れた様なクレスを余所にラクードは説明を始める。時折ノワと交代しつつ事情を説明し終えると、ブレーナとクレスは二人そろって首を傾げた。
「人を武器に変える魔導器? 聞いたことがないわ」
「私もだ。そもそも態々武器に変える必要は何だ……今その剣か刀とやらには変身できるか?」
「ああ」
頷きラクードが光に包まれる。そしてその姿を漆黒の大剣へと変化させるとその剣をノワが手に持った。
「改めて見ても凄いですね……理屈が分かりません」
《んなこと言ったら魔導器の力の理屈を説明できる人間なんてそうそう居ねえよ》
「それもそうですね」
ノワがテーブルに大剣を置くとブレーナとクレスが興味深げに触れる。
「む、重いな」
「そうねえ。それに核がないわぁ」
ぺたぺたと触れていると大剣が小さく震えた。
《あんま触んな。まだ感覚に慣れて無いんだから》
「と、言う事は感覚はあるのね。それに魔導器としての力も使えると」
「ノワも変れるのだろう? 見せてくれ」
クレスの願いにノワは頷きラクードに変わりその身を武器と化した。ラクードは人間に戻りソファーに改めて座る。
「同時に武器にはなれないのね」
「みてえだな。同時に人間には慣れるんだが」
「そもそもこの鎖の意味が不明だな。ただ拘束するための物では無い様に見えるが……」
その後も4人で色々と意見を出しつつ話し合うが、建設的な意見は出てこなかった。ノワも人間に戻りため息を付く。
「姉様達でも分からないとなると……」
「そうねえ。一応書庫の資料を漁ってみようとは思うわ。そういう伝承が残ってるかもしれないし」
「なら私は武器関係から当たってみよう。分担した方が効率が良い」
幸いブレーナとクレスは諦めた訳では無く、調査を続けてくれるようだった。その事に感謝しつつラクードは腕を組む。
「と、なるとだ。俺達も別の方向から手がかり探さねえとな」
「別の方向……と、なると一番可能性があるのは」
「ああ。あのアズラルの野郎だ」
元々はあの男が持っていた魔導器が原因だと思われるのだ。ならば元に戻す方法を知っているかも知れない。
「それが懸命ねえ。とは言ってもどこに居るのかはわからないんでしょう?」
「それに先ほどから疑問に思っていたのだが、結局ラクードとそのアズラルとやらの関係は何なんだ?」
ラクードは先程の説明でアズラルの事を『ずっと追っている敵』としか表現していない。そしてそれ以上の事を詳しく言うつもりは無かった。
「さっきも言った通り、あいつは敵以外の何物でもねえよ。それ以上を言うつもりは無いし、元に戻るのに必要ないだろ?」
「……そうか。確かにそうかもしれないな。だがアズラル本人ついてはどうだ? 敵の情報は知っておくに越したことはないと思うが?
「そっちなら別に構わないさ。とは言っても俺もそう多くの事を知っている訳じゃない。10年前の戦争時代から色々トチ狂った研究を続けてきた錬金術師。頭はトンでるが腕は確かだから性質が悪い。色々問題起こしてるだろうし、調べれば警察にでも資料あるかもな」
「碌でも無い人って事はわかったわ。なら私たちは資料を探すから、ノワちゃん達はその男の行方を追ってちょうだいね。どちらにしろ警察署にはもう一度行かなくちゃならないんだしね」
「わかりました」
「おう」
話が一段落付き紅茶を一口飲むと、「ところで」とブレーナが笑みを浮かべる。
「鎖は今すぐ外せそうにないと言う事は、ノワちゃんはしばらくラクード君と一緒に生活しなくちゃならないのよね」
その言葉にクレスが難しい顔になり、ノワは困った顔で俯く。
「それは少々問題だな。ノワの身が心配だ」
「酷い言われ様だなオイ」
「あら? 同意の上ならオッケーよ?」
「ブレーナ姉様!」
真っ赤になったノワの抗議にブレーナはクスクス、と笑う。
「まあ確かに色々大変よねぇ。お風呂とかどうするの?」
「そ、それはしばらくは体を拭くだけにしようかと」
「まあそれしか無いだろうな。だがそれでも肌を晒す事には変わりない。ラクードとやら、もしおかしな真似をしたら」
「分かってるから怖い目で剣に手をかけるなロリ姉様」
「貴様本当に分かっているんだろうな!? というかロリ言うな!」
ギャーギャーと言い合う二人を尻目にブレーナはうーんと首を傾げる。
「けどやっぱりちょっと心配ねぇ。あ、そうだわ」
何かを思いついたのかブレーナが席を外す。そして数分ほどして指輪手に戻ってきた。
「はい、ノワちゃん」
「これは?」
差し出されたのは小さな結晶が埋め込まれたシルバーリングだ。不思議そうにそれを摘まむノワにブレーナがニコニコと説明する。
「こないだお父様が買ってきた護身用の魔導器よ。いざというときはそれを使うといいわ」
「な、なるほど! それなら安心ですね」
「信用ねえな。まあ初対面でそれを要求する気もねえが」
クレスが頷きラクードが愚痴る。だが確かに指輪ならどこでも付けて行けるのでノワも安心だろう。
「ありがとうございますっ。所で一体どんな効果があるんでしょうか?」
早速それを人差し指に嵌めつつ聞くノワに、ブレーナがえっと、と指を手に当て思い出す。
「確か大きな光を放ちながら特定の場所へ電流を流す、だったと思うわ」
「特定の場所?」
「そうよ。そこを攻撃された男性は何故かみんな内股になって、生まれたての小鹿の様に痙攣しながら泣きながらごめんなさいって言うんですって」
「は、はあ……」
よくわからない様に首を傾げるノワの隣で、ラクードがぶるり、と身を震わせていた。
結局今すぐに分かる事は無いと言う事で、ラクードとノワは警察署の様子を見に行くことにした。だがそれなりに長く話し込んでいた為に既に日は頂点に達しており、街中を行く人も朝よりも多い。その為に二人は人目を避ける様に裏道を通りつつ進んでいた。
「良い姉貴たちじゃねえか。色々調べてくれるなんてよ」
「そう思うならクレス姉様をからかうのは辞めて下さい」
だいぶ慣れてきたため二人の距離は朝よりも近くかなり自然な距離の為、鎖もそれほど目立たない。近くに寄ればバレルだろうが、遠目に見る分には問題ないだろう。
「そうだな。あの殺気さえなければもう少し友好的になれたかも」
「……気づいていたんですね」
当たり前だと頷くラクードにノワは少々意外な気もしていた。
クレスは屋敷に居る間、ずっとラクードを警戒しており何かがあれば直ぐにでも斬れる準備をしていた。室内で帯剣していたのもその為だろう。それは大切な妹が突然男と鎖に繋がれて現れたのだから当然の反応とも言える。どうやらラクードもそれが分かっていたらしい。
「ただああもずっと睨まれてりゃちょっと位反撃したくなるだろ?」
悪びれもせずそう言うラクードにノワは小さくため息を付きつつも頷いた。むしろ実力行使で反撃しなかった事を喜ぶべきだろう。
「しかしアズラルの野郎、どこに行きやがった。あの後はもう姿は見え無かったんだろ?」
「ええ、そう聞いてます。しかしそう遠くに行くには馬車が列車が必要です」
「忘れたのか。あいつにはあの人形共があるんだ。その気になればあいつらに乗ってどこへでも行くだろうよ」
「それもそうですね。そうなるとやはり聞き込みしか……」
考え込んでいたノワだが、急に腕を引っ張られる感覚に驚き足を止めた。横を見るとラクードが鋭い眼で前方を見つめている。
「なあ、お前さっきこの街の治安はそれほど悪くないって言ったよな?」
「え、ええ」
「じゃああれは何だ?」
その視線を追うと路地の先に大柄な男が立っているのが見えた。そしてその男にノワは見覚えがあった。
「サガさん? どうしてこんな所に」
「知り合いか?」
「はい。時折家に来てクレス姉様に挑んでいる方ですが……」
筋肉の塊、という言葉がよく似合う男だ。歳は四十は超えているだろう。短く刈り上げられた短髪と所々に傷の見える顔。軽鎧の様なものを身に着けたその体は筋骨隆々としており威圧感がある。ラクードも筋肉質な方であるが、サガと呼ばれた男はどちらかと言うと巨漢という言葉がよく似合う。
サガはノワに視線を移すと小さく一礼した。
「久しぶりだな、ノワ・クラーヴィス」
「え、ええ。サガさんこそどうしてここに?」
「少々、妙な噂を聞いたものでな」
そう言ってサガはその視線を再度ラクードに移す。そしてその腕の鎖にも。
「クラーヴィス家の末っ子が男に鎖で繋がされて歩いていると聞いてな。こちらも世話になっている身故、放っては置けなかったのだよ」
おそらく屋敷にいた男たちから聞いたのだろう。その物言いにラクードの眉がぴくり、と上がる。
「おい、その物言いじゃまるで俺が変態趣味見てえじゃねえか。誰だよそんな事言ってる奴は」
「人相も悪いと思ったが口も悪いな。まるでゴロツキだ。ノワ・クラーヴィス、お前はこんな男と一緒に居るべきでは無い」
「そうは言われましても……」
ノワからすれば離れたくても離れられず、その方法を探している最中なのに、そう偉そうに言われる筋合いは無い。それにサガの話し方はまるで勝手に自分の価値を決めつけている様で好きでは無い。
「これは事故によるものです。ご心配されずとも現在解決策を探していますので気になさらないで下さい。行きますよ、ラクード」
ぴしゃり、と言い捨てるとラクードを引っ張りサガの横を抜けよとする。だがそれを防ぐようにサガが抜いた剣が道を塞いだ。
「……なんのつもりでしょうか?」
「もっと早くて簡単な方法があるだろう?」
サガが小さく笑う。何故だかその笑いに不快感を覚えた。サガに対して文句を言おうとして、しかしそれを制する様にラクードが前に出る。
「つまりあれか? 俺がこいつと居るのが気に入ら無い、そうだろ?」
「身の程を知れと言う事だ。彼女や、彼女の家には相応しい相手が居る」
「はっ、結局それが本音か。つまりテメエはロリコンって事だな」
ぞわり、とサガから殺気が溢れる。そして道を塞いでいた剣を振り上げ、ラクード目掛けて振り下ろした。
「おっと!」
「きゃ」
ラクードはノワの襟首を掴むと背後に跳んでそれを躱す。猫の様な扱いを受けたノワは首を押さえていた。
「い、いきなり何をするんですか!」
「それはあっちに言えよ。随分と愛される様だぜ?」
サガは振り下ろした剣を再び構えるとラクード目掛けて突進してきた。
「ちっ、クラーヴィス! 変われ!」
「ああもう! 分かりました!」
一瞬悩んだノワだがサガの行為は余りに危険だ。了承すると直ぐにその身を刀に変化させ、その柄をラクードが握る。
「何っ……!?」
突然目の前で起きた現象にサガが驚きその動きが鈍る。その隙にラクードは一足飛びに距離を詰めた。そして低い姿勢から刃を振り上げる様に一閃する。
「ぐぅっ!?」
「浅い、どうも慣れえなっ!」
《殺しては駄目ですよ!》
「善処するよ!」
刃はサガの軽鎧を切り裂いたが肌には届いていない。サガはよろけつつも後ずさり、それをラクードが追撃する。
「何なのだそれは!」
「俺達が知りてえよ!」
サガが剣を振るう。それを刀で受けそのまま滑る様に受け流し、再度懐に入り込もうとするが、サガが足を振り上げ蹴りでそれを防ぐ。蹴りを喰らったラクードは数歩後ずさるが致命傷には至らない。だが慣れない武器での戦いに手こずっている様だった。
「面倒だな。おいクラーヴィス。巨大化しろ」
《無茶言わないで下さい!》
そんな言い合いをしているラクードとその刀を見てサガは信じられない様に呻く。
「まさかそれはノワ・クラーヴィスなのか」
「だったらどうだってんだ」
「やはり、そうなのか……」
眼を見開き驚いているサガ。だがその瞳の奥で欲望がギラついているのを、刀の身で有りながらノワは見てとった。途端に不快感が増す。
それはラクードも同じだったようだ。ノワとの言い合いを辞めると、刀を構え直す。
「このおっさん気持ち悪いわ。ちょっと手を貸せ」
《……分かりました》
ノワも同意する。そして再びラクードはサガに向かい刃を振るう。サガはその刀を剣で受け止めつつ、その眼はラクードでなく刀にのみ向けられていた。
「ふふ。ふはは! そうか、これがノワ・クラーヴィスか……! 良い、実に良い!」
「だから気持ち悪いんだよっ!」
だんっ、とラクードが強く踏み込み刃を押し切った。同時にサガの足もとが凍りつきバランスを崩す。続けて足を取られたサガに蹴りを叩きこむ。
「がっ!?」
「寝てろ変態ロリジジイ」
呻き蹲るサガの顔面目掛けて再度蹴りを叩きこむと、サガはその場に倒れ伏した。サガはぴくぴくと震えつつも起きあがる事は無い様だった。
「ったく、この街の平和の基準ってのが知りたくなるね」
「それに関しては何も言い返せません」
人間に戻ったノワも倒れるサガを見下ろし疲れた様に同意した。
「で、こいつどうすんだ?」
「人を呼んで来ましょう。今連れて行くのは気が引けますが、警察に引き渡すのが筋です」
「ま、そうだな。直ぐには動けないだろうしとっとと片付けて行こうぜ」
「はい。……ところでラクード。先ほどから言おうと思っていたのですがロリコンと言うのは」
「? あのオヤジの事だろ? 何言ってんだ」
「あのそれだとまるで私がロリの様に聞こえるのでやめて頂きたいのですが……」
「けどあのオヤジ推定年齢から鑑みるにお前も十分にロリ対象じゃね?」
「それでも嫌なんです!」
他愛も無い話をしながら二人は路地を抜けていく。その背中に突き刺さる好機と欲望に満ちた瞳には気づかないまま。
サガにはまだ意識はあった。しかし体は動かず、時節体を痙攣させながらノワ達の消えて行った方向を見つめていた。
「ノワ、クラーヴィス……」
この街に住む美しい少女。姉二人も素晴らしいが、末っ子の彼女が最も美しい。長女の様に達観しておらず、次女の様な抜き身の鋭さも無い。必要ないのに関わらず、街の為にと自警団に入り冷静に刃を振るう姿。礼儀正しく上品な振る舞い。先の見え無さと不安、それに抗う意思の伺える眼。あれらを野放しにしていい筈が無い。|持つべきものが持つべきだ《あの少女が欲しい》。
更には先程の光景。何故彼女が武器に変わったのかは分からない。だがその刀は美しい輝きを放っており、その姿に更に心が奪われた。
欲しい。ノワ・クラーヴィスも、あの刀も。
欲しい。あれは自分が持つにふさわしい筈だ。少なくともあんなチンピラよりは。
「く、ふふ、ふふふ。そうだ……その筈だ」
「そうだねえ。君の言う事も分からないでもないよ?」
「っ!?」
突然背後から声。震える体を振り向かせるとそこには金の長髪をなびかせる優男が笑っていた。
「僕としても例の魔導器の経過観察のつもりだったけど、折角なら色々な相手で試さないとって思うんだ。だからちょっと協力してくれるかな?」
突然現れたその優男はニヤニヤと笑みを浮かべており怪しいことこの上ない。しかし何故かそこ男の言葉に引かれてしまう。
「…………っ、そ、れで」
「ん、何かな?」
「それ、で、あの女がっ、手に、入るならっ」
サガの呻くような言葉に優男は口元を吊り上げる。
「いいねえ、その感情。見てて素敵で心が躍り笑い転げたくなるよ。うん、良い物を見せて貰ったお礼だ。君の望む結果を創り出して上げよう」
ぱちん、と指を鳴らすと優男の背後に人形が現れた。人形は倒れる男に近づくとその体を担ぎ上げる。
「さて、それじゃあまずは御化粧と行こう。いい男には化粧も大事だよ?」
そう笑うと優男と人形達はノワ達とは別の方向へ消えていった。