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1-3 俗にいう朝チュン

「はは、ははははは! 面白い、面白いね君たち! 強いね? 強烈だね? 華麗だね? 粗暴だね!? 見ててこれほど面白い連中は久々だ!」


 己の作品を破壊されたのにも関わらず、アズラルは恍惚とした表情身を震わせながら笑い声を上げていた。その手は己の股間をなぞる様に滑っており、そんな様子にノワは不快気に眉を顰めつつ刀を向ける。


「貴方があの機導人形の主ですね。大人しくしてください」

「オイコラ待てや。あのイカレた変態ナルシスは俺の獲物だ」


 ラクードが銃をアズラルに向けながら文句を漏らす。


「そういう問題ではありません。というか貴方も当事者なので話を聞く必要があります」

「おいおい、どっちかと言うと俺は味方じゃねえのか?」

「勿論あなたが列車を守ろうとしていたのはこちらも遠目にですが確認していました。ただ状況が読めないので話を聞きたいんですが……」

「そのままなんか捕まりそうだから却下」


 即座に返したラクードの言葉にノワは目を細めた。


「なんですかそれは。もしや捕まる様な事をしようとしていたのですか? ……顔を逸らしましたね?」

「さてー? なんの事かなー?」

「二人共―、その辺の話は取り合えず後にしてまずはアイツを捕まえない?」

「僕としては見てて面白いから構わないけどねえ」


 前に出ず、乗客達を護る防衛線の役目を負ったジェネスが呆れた様に注意し、アズラルは相変わらず恍惚とした表情でふざけた事を抜かす。だがそこでアズラルはノワの方を見て、何かに気づいたかのように首を傾げた。


「おや? そういえばもしやそこに居る君はクラーヴィス家の人間かい?」

「……? そうですがそれが何か?」


 突然家名を出されたノワが訝しむが、対するアズラルは突然顔に手を当て大笑いし始めた。


「へえ? へえ! へえ!? そうかそうか、こんな所で出会うとは僕も中々ツイているよ! いや、元々上も下もツイてるけどね! しかし列車が止まった時はどうかと思ったけどこれは思わぬ幸運!」


 ふはははは、と笑い続けるアズラルの姿にノワは気味が悪そうに後ずさった。その気持ちはラクードにも分かる。あの金髪の優男はその動きも言動も何もかもがいちいち人に不快感を与えるのだ。だがそんなこちらの気持ちなど知らないアズラルはこみ上げる歓喜を必死に抑える様に肩を震わせつつ高らかに語る。


「いやはや、実はねぇ、この機導人形達は元はクラーヴィス家を相手にさせようと思って持ってきてたんだよ」

「……っ、どういう事ですか」

「ふふふ。この国のド田舎に住む戦巫女の一族。元々は小国の担い手にして守護者とも讃えられた様だね? 君らの一族の話は時たま文献で見かけていてね、こんなド田舎を守護した程度で妙に賞賛されてた一族だったからどんなものかと思ってね? 試験運用がてら見物しようと思ってたんだよ。いやしかし僕の予想では獣の皮被ってイカレたペイントを全身に施したハイカラヤンキーモドキだと思ったんだけど意外に文化的だね? ああ、これは都会土産のオルゴールだよ。こんな君たちから見れば珍しいんじゃないかな? ほら、恵んであげるよ」


 そう言うとアズラルは懐から簡素な小箱を取り出すとノワの前に放り投げた。地面に落ちたそれは衝撃で蓋が壊れ、途切れ途切れの簡素なメロディーを垂れ流す。


「おや? 拾わないのかな? ああ、使い方が分からないのか! これは失敗だったなぁ!」


まるで未開地の原住民相手かと思う位にどこまでも馬鹿にしたアズラルの態度の投げたオルゴール。それを一瞥し顔を上げたノワの顔は、


「うわぁ……」

「お、おぅ……」


 隣のジェネスと少し離れていたラクードがドン引きする程の無表情だった。


「少し……予定を変更します」


 冷たく低く、しかしよく通る声でノワは静かに告げる。その刀の切っ先をアズラルに向け、


「あなたには話を聞く前にまず土の味を味あわせてあげます。遠慮はいりません。私が直々にあなたの口に叩きこんであげますので。おかわりも自由です」


 そう言いつつ刀のつばを撫でると、ぶわっ、とノワの周囲を取り巻く大気が渦巻く。何らかの魔導器の核を機動したのだろう。彼女の蒼銀の髪が揺らめき、舞い散る雪と相まってどこか幻想的な雰囲気を醸し出す。


「……おたくの娘さん、案外過激だな」

「まああの子家の事は誇りに思ってるからねえ。というか私も怖いんだけど」


 ラクードの言葉にジェネスも冷や汗を流しつつ律儀に答える。


「知るか。だったらそのおっかない雰囲気の奴を止めろよ。子供が見たらトラウマもんだぞ、アレ」

「今止めようとしたらまず私にトラウマ植え付けられそうで嫌なんだけど」

「二人とも」


 こちらをちらりとも見ずノワが冷たく放った言葉に、ラクードとジェネスはびくり、と肩を震わせた。


「少し、黙っててください」


 コクコク、と頷くジェネス。だがラクードとしてはそうもいかない。何せあのアズラルは自分の標的なのだから。


「あのクサレ変態ナルシスは先に俺が相手してたんだ。お前こそちょっと大人しく黙ってろ」

「知った事ではありません。列車が止められ原因はすぐそこにある。ならば私はこの件に関して自警団として解決する義務があります」

「おいおいいきなり屁理屈こねんじゃねえ。第一列車が止まったのはあそこで死屍累々な山賊モドキのせいだぞ」

「……この男の味方をする気ですか? 貴方も実は仲間なんですか?」

「なんでそうなるんだよ、頭の固いねーちゃんだなオイ。お前手段と目的が狂ってんだろ」

「いいんです。結果が全てです」

「ノワー? さっき私慎みがどうとか説教されたんですけどー?」

「ふふふふ、頭の悪そうな言いあいだね。やはり知性が低いのかな? ほらバナナを恵んであげようか?」


 ふちり、と何かがキレる音がした。


「いい加減黙りなさいこの変態犯罪者っ!」

「いちいち勘に触るんだよ糞ナルシスがっ!」

 

 ラクードとノワ。二人が同時にアズラル目掛けて飛び出した。





 アズラルに向かい地を疾走するラクードとノワ。動き始めたのはほぼ同時だったが、先に攻撃を仕掛けたのは速度に勝るノワだった。

 近づいている間に準備を完全に終えていたのだろう。先ほどまでノワの周囲を渦巻いていた風は今は刀に集中している。そしてその刀をアズラルが乗る一際巨大な機導人形目掛けて一閃する。ごうっ、と風の刃が幾重も重なり機導人形とアズラルを襲う。だがアズラルは即座に機導人形から飛び去ると後方にあった木の先に着地した。通常ではありえない動作だが、魔導器を使えば不可能では無い。一方ノワの斬撃は機導人形の強固な装甲によって決定打と至らず、浅い傷をつけるに留まった。そして機導人形が目と鼻の先にいるノワ目掛けて振り下ろした拳は、ノワが横に飛んだ事で躱される。


「お先っ!」


 機導人形がノワに気を取られている隙にラクードはその横を走り抜け跳躍。高みの見物に移ろうとしてたアズラル目掛けて突っ込む。


「酷い男だねえ君は。《頑固で厳しいお嬢さん♪》」


 ふざけた様な言葉をキーにアズラルが光の楯を発動しラクードの拳を防ぐ。拳が激突すると楯はその力を守護から攻撃へ変化。衝撃を起こしラクードを機導人形の直ぐ傍へと叩き落とした。


「あっぶねえな、おいっ!」


 ギリギリで受け身を取るが、視線の端に標的をこちらに変えた機導人形が足を振り上げるのを捕らえ、即座に飛び退く。ぶおん、と空気を切り裂く音を耳元に感じ冷や汗を流しつつ跳ねるようにして距離を取った。


「あっの野郎……!」

「抜け駆けするからです」


 ラクードの隣では刀を構えたノワが呆れた様に言うが聞こえない振りをした。そんな二人を前に巨大な機導人形はその腕を大きく振動させた。


「何だ?」


 まるで何かを組み合わせる様な機械音と金属を擦れ合わせる際に生まれる耳障りな音を撒き散らしつつ機導人形の腕が形を変える。右腕は手首の周りに幾多もの銃口が姿を現す。左腕は縦に割れまるでハサミのような形に。但しそのハサミの刃部分は鋭い鋸状の刃が高速で回転していたが。


「おいおいおい、何だあの馬鹿と浪漫が混じったギミックは」

「悪趣味」


 顔を引き攣らせた二人目掛けて機導人形が図体に見合わぬ機敏さで飛び上がった。そしてこちらに向けられた右腕の銃口が火を噴いた。


「跳べ!」


 咄嗟に叫びラクードは右に、ノワも左に跳ぶ。一瞬遅れて先ほどまで二人が居た場所を鋼鉄の弾丸が雨の様に注ぐぎ、大地を砕き砂煙を巻き起こす。


「洒落になんねえぞあれは」


 魔導器が日常生活の他に戦闘で使われる現在、銃の優位性は低いと言われている。それは先程ラクードも山賊モドキ相手に使用した自動防御型魔導器の存在が有る為だ。その分かりやすい名前の通り、発動さえしておけば銃弾の数発程度は防いでくれる。もっとも、自動防御とは唯の表現で、実際は常時薄い結界を張っているに過ぎないのだが。

 これが有る為に通常人間が携行できる銃器程度では致命傷を与えることが難しく、魔導器による原始的な攻撃――剣や槍、果ては魔力を帯びた拳等による攻撃の方が有効なのだ。因みにこの魔導器はそれなりに値が張る物なので誰でも持っている訳では無い。

 しかしあの巨大機導人形の銃撃はかなり口径が大きく、そして何よりも連射してくるのが厄介だった。流石にあの威力の連射を受ければ結界など直ぐに破られてミンチにされてしまう。


「来ますっ!」


 破壊の雨を降らしたその人形は大きな音を立てて着地すると距離が近かったノワ目掛けて鋸バサミの左腕を振るう。ノワ受け止める事はせず半歩後方に跳んで躱すと、今度は逆に前に飛び出す。機導人形の懐に入り込むと、その刀を振り上げた。魔力を帯びた風の刃が再び機導人形を襲うが、やはり大した傷にはならず機導人形は抱き込むようにしてノワを追い詰める。

 自分の攻撃の成果に落胆しつつ、ノワは機導人形の股下を転がる様にして通り抜けるが、機導人形は突如上半身だけを高速で回転させた。


「え?」


 予想外のその動きに眼を見開くノワの眼前に高速で振り回された金属の腕が迫る。直撃すればその端麗な顔は見るも無残な事になるだろう。だが、


「っぉぉらっああああ!」


 獣じみた咆哮と共に突っ込み、飛び上がったラクードが機導人形の頭を全力で蹴りつけた。べこん、と頭部装甲が凹み機導人形がバランスを崩す。そのお蔭でノワの眼前まで迫っていた腕も軌道が逸れ、紙一重で彼女の眼前を通り過ぎていく。


「無事か!? 死んでねえな!?」

「っ、助かりました!」


 ノワは素直に礼を言うとすぐさま距離を取る。ラクードも機導人形の肩を蹴って再び飛び上がるとノワのすぐ横に着地した。


「くっそ、どんだけ頑丈なんだあのデカブツ。全力で蹴ったん筈だぞ」

「私としてはいくら強化しているとはいえあの巨体をふら付かせたあなたに驚きなのですが……」


 そんな事を話しつつ二人共直ぐに動けるように構える。機導人形の方は一度はふら付いたものも、既に体勢を立て直しつつある。このままでは埒が明かないのは明白だ。


「嬢ちゃん、あのデカブツに通りそうな武器か攻撃手段はあるか?」

「嬢ちゃんではなくノワです、ノワ・クラーヴィス。それと今はそのような武装は持っていません。対人戦を想定していたので……」

「まああんなイカレたデカブツが出てくるとは思わねえか」

「そういうあなたはどうなんですか?」

「無い事は無い。非常に単純かつ、効果的な方法がな」


 少し驚いた様にノワが振り向く。視線を大型機導人形から逸らさず頷き、


「つーことで、あいつの気を逸らしてくれ。数秒程度で良い」

「…………わかりました。引き受けます」

「自分で言うのもおかしいが信用するのか? ついさっき会った奴だぜ、俺は」


 そんな言葉にノワは小さく笑い頷いた。


「あなたは先ほど助けてくれました。云わばこれはその借りです」

「成程」


 面白い。ラクードも自然と笑みを浮かべる。


「なら決定だ。行くぞ」

「ええ。……ところで今更ですがあなたの名前は? 私は名乗りましたよ」


 ノワの若干批難する様な、しかしこちらをからかう様な言葉にラクードは笑みを深くした。やはり面白い。堅物かと思っていたが、意外に余裕もある少女の様だと。だから本来は必要ないにも関わらず自らも名乗る。


「ラクードだ。ラクード・ウルファース。さて、行くぞ!」


 合図と共に二人同時に走り出す。先を走るのはノワ。風を纏う刀を手に彼女は一層身を低く鎮めると、一段と強く踏込み速度を増して接敵する。そして大型機導人形の頭部目掛けて刃を一閃。先ほどまでと同じように幾多の風の刃が大型機導人形の頭部を切り刻まんと放たれるがそれらは装甲に薄い傷を作るに留まった。大型機導人形が再度右腕を構えその腕から弾丸の嵐を吐きだす。だがノワは止まらない。右に左に跳び跳ねるように方向転換しそれらの弾丸をギリギリで回避しつつ、刀を持つ手とは逆の左手を振るう。


「《天落・土竜式》」


 ノワの振るった手に沿う様にして、大型機導人形の足もとが急激に崩れ始め、足下を取られバランスを崩して前のめりになった。その間にも崩落は続き、やがては大型機導人形の下半身を土砂に埋めてしまった。上半身だけが地面から生えた大型機導人形がもがき、力任せに脱出しようとする。土はそれほど固まって居ないのであの人形の力なら直ぐに出てきてしまうだろう。

 だがそんな大型機導人形に影がかかる。それは天高く跳躍したラクードの影。空中のラクードはコートの左手の裾をめくると、その下にあった細い鎖を巻きつけた左腕に右手を添えた。


「《穿て・鋼竜》」


 巻き付けられた鎖がずしり、と重みを増す。同時に左腕を破壊の力を帯びた魔力が纏わりそれは不可視の槍となる。

 こちらに気づいた大型機導人形が右腕の銃口を向けてくるが、遅い。


「くたばれガラクタがぁっ!」


 向けられた右腕に撃ち抜かれるより早く、落下の勢いを付けたラクードの拳が機導人形の頭部と胴体を貫いた。


「――――――――」


 物言わぬ機導人形はびくん、とその体を震わせる。ラクードの魔力を乗せた拳は機導人形の頭部を完全に破壊し、首元から胴体の中にまで大穴を開けるに至っていた。そんな中から腕を引き抜くとラクードは機導人形の上から地上へ降りる。


「お疲れ様です」

「ああ、そっちもご苦労さん」


 ノワが敵の気を逸らしたお蔭で何の憂いも無く全力で大型機導人形を殴れたのだ。ラクードも近づいてきたノワに素直に礼を言う。


「美しい……」

「あぁ?」

「はい?」


 そんな二人の間に不快な声が響く。声の主は頬を赤らめ興奮した様子のアズラルだ。くねくねと身を捩らせ息を荒くしながら、まるで新しい玩具を見つけた子供の様な笑顔で両手を広げた。


「これはなんたる予想外! 美しくそして力強い魔力の脈動! 魔導器の性質を理解し使いここなす知性と、パワー! あぁ……君たちは美しい……」


 ぞわり、と身の毛のよだつ感覚にラクードとノワは一歩引いた。ノワは純粋にアズラルの気持ち悪さに。ラクードはそれに加えて頬を赤らめ恍惚とした表情の男という存在に対する同性としての気持ち悪さにだ。二人はなにやら演説を続けるアズラルを無視して視線を合わせ、そしてお互いに頷いた。あの男の処遇はまだ決着はついていないがまず黙らせよう、と。そしてお互いアズラルを確保しようとした矢先、ぱんっ、とアズラルが大きく手を叩いた。


「うん、そうだね! 君たちで試してみようか!」


 意味の分からない事を宣言するが否や、アズラルがどこからともなく一振りの剣を取り出した。奇妙な剣だ。かなり古びて鞘に収まっているが、まるで石の様に色あせている。良く見れば刀身に何やら紋様らしきものが刻まれているので魔導器の様ではあるが肝心の核らしき物は見当たらない。


「何を――」


 する気だ、という言葉は続かなかった。アズラルが指を鳴らすとその周囲に新たに数十本の剣が現れたのだ。それらは最初に出した剣とは異なり真新しさの感じる物であり、そして魔導器の核らしきものを確認できる。そしてアズラルがもう一度指を鳴らすと、それらの剣が一斉に地上へ解き放たれた。


「っ!?」

「何を!?」

「ノワっ!?」


 剣は二人にを囲む様に突き刺さっていく。危機感を感じ直ぐにその場から離れようとするラクードとノワだがそれより早く剣の核が輝き魔導器としての力を発動した。


「結界……いえ、これは!?」

「くそっ!」


 核から放たれる光が増していき、そして一気に膨れ上がる様にして爆発した。

 強烈な光と衝撃に意識を刈り取られる寸前にラクードが見た物はアズラルがあの古びた剣をこちらに投げ込む姿だった。





 パチパチと何かが焼ける音と焦げ臭い匂い。そして頬に降りる雪の冷たさ。

 

「―――っ! ―――りして、――え! ―――ノワっ!」


 そして微かに聞こえる友人の声にすくわれる様にしてノワはゆっくりと目を開いた。


「ああノワ! 良かった~」


 視界いっぱいに広がる友人の焦った様な顔。その顔を見て徐々に記憶を呼び起こしていく。


「ジェネス? ……ここは?」

「現場だよ。ちょっと移動してるけどね」


 ジェネスの手を借りながらゆっくりと体を起す。辺りを見回せば確かに先ほどの現場だ。但しジェネスの言う通り移動させられた様で、今は列車の直ぐ近くで寝かされていたらしい。

 現場の様子は変わっており、雪が解け砕けた地面とあちらこちらに散らばる炎。その周囲を制服を着た者達が慌ただしく走り回っている。あれはラズバードの警官達だ。


「私はどれくらい気絶していました?」

「大体30分位よ。その間に彼らも来たの。乗客達はさっきの爆発でちょっと怪我した人も居るけどどれも軽症。ただ列車は所々壊れてて危ないから、馬車で一度街まで送るってさ」


 こちらが聞きたいことが分かっている様でスラスラと答えてくれる友人に礼を言う。普段からこうなら非常に助かるのだが、と思いつつ。だが今の情報には足りない点がある。


「あの……あの変質者は?」


 思い出すのは人を不愉快にさせるにはこれ以上に無い才能を持っていそうな優男の事だ。この騒動の発端は別として明らかに犯罪に手を染めているあれを野放しにするのは危険に思えた。だがジェネスは肩を落として首を振る。


「逃げたよ。あの爆発の後には影も形もありゃしない。ご丁寧にあのヘンテコ人形も一緒にね。一体どんな手品を使ったのやら」

「そう、ですか。手配の方は?」

「連絡済。警察の資料に同じ奴が居ないか調べてくれるってさ」

「わかりました。それで、もう一人の……ラクードと名乗った方は?」


 問うとジェネスは困ったような表情になった。そして訳がわからないといった様子で首を振る。


「それがあいつも居ないんだよ」

「居ない?」

「そう。あの爆発の後居たのはノワだけ。確かに数秒間は目を離したけどその間に影も形もね。最初は蒸発したのかと思ったけど、ノワが無事なのにあいつだけってのもおかしいし」


 ジェネスの言わんとしてることがわかりノワも首を捻る。


「あの変質者と逃げた……というのはなさそうですね。確証はないですけどあの様子では」

「殺意バリバリだったしねえ。後はあの変態が連れてったとかかな。理由は不明だけど」


 突然消えた男。その奇妙さに違和感を感じつつ立ち上がろうとした時、左手に妙な感触を感じた。


「え?」


 チャリ、と音を立てるそれを見てノワの思考が一瞬止まる。そんなこちらの様子にジェネスも不思議そうな顔でそれを見つめた。


「それも謎なのよね。爆発が収まった時からそんな状態なんだけど……結局それなんなの?」


 二人が見つめる先。ノワの右腕には新たな腕輪が嵌められており、そしてその腕輪に繋がる様にして伸びた鎖。そしてその先にはノワの身も隠せそうな程の大きさを持った漆黒の大剣が存在していた。






 その後は問題らしい問題は起きず事はスムーズに運んだ。いや、逃げた男や消えた男。そしてノワの右手に繋がれた謎の大剣などは問題ではあるのだがそれ以外の事、現場検証、被害の確認、乗客の街への移送等は問題なく進み、詳しい話は後日と言う事になった。それは爆発の中心部に居た為に身も服もボロボロだったノワの事を気遣っての事で、顔見知りの警官は明日、改めて話を聞かせて欲しいとだけいうと自分の仕事に戻って行った。その際ノワに繋がれていた漆黒の大剣を物珍しそうに何度も見ていたが。

 ノワも確かに今日はかなり疲労しており、怪我もある。そして何よりこの季節にボロボロの服で外に居るのは自殺行為でもあるので素直にそれに従う事にした。乗客の移送を終えた馬車に乗り街まで戻るとこちらを心配していたビオルはノワが引きずる様に持つ大剣に眼を驚きつつも、二人の無事を喜んでくれた。

 自警団の詰所に戻ると今度はデミルが同じような反応で口をあんぐりと開け絶句していた。そして何を勘違いしたのか即座に土下座し必死にノワに謝るという謎の行動に出る。どうやら行く前に散々からかった復讐に来たと勘違いしたらしい。そこはもう面倒だったのでノワはデミルを放って置くことにしたのだが。

 その後、怪我の治療もして問題になったがこの鎖と剣だ。試しに腕輪を外そうとしてもノワの腕にピッタリのそれは外すことが出来ず、壊そうとしても何をやってもビクともしないのだ。これは鎖や剣の部分も同様で流石にノワは困り果てた。だが結局どうする事も出来ず、日も暮れたので詳しい調査は明日に回すことにしたのだった。その為ノワはこの大剣に鎖で繋がれたまま一夜を過ごす羽目になる。

 一番大変だったのは着替えだ。汚れを落とす為に風呂に入る時は服ももうボロボロだったので潔く切り捨てそのまま入る事にしたのだが、着るとなるとそうはいかない。どうあっても繋がれた右腕を通すことが出来ず、ノワを非常に悩ませた。ジェネスと相談した結果、結局は右腕を通さずに上着を着るしかないという結論に至り、ノワも仕方なくその形で寝る事にした。腕を上げたら服がめくれてしまうので注意は必要であり非常に窮屈であるがこればかりは仕方がない。大剣をベッドの横に立てかけると、疲れもありノワはあっという間に眠りについたのだった。


 そして翌朝。


「んっ……」


 窓から差し込む日の光。冬季の朝の凍るような冷たさ。それに身を震わせつつノワは寝返りをうつ。その際に体の右側が服の隙間から冷気が流れ込み寒さを感じてしまう。


「ぅん……」


 無意識に腕を伸ばす。ベッドの近くには暖を取る為の生活魔導器が設置されている。これは簡易型なので軽く叩けば起動する物だ。それを起動させるために腕を伸ばすがどうもうまくいか無い。何故か動かしにくい右腕に軽い苛立ちを感じつつ目を瞑り微睡の中でノワの細い指先が魔導器を探す。チャリ、と何かの音がするがそれを気にする程の思考能力はまだ働いていない。そんな中、


「おう、これか」


 男の声が響き途端に周囲が暖かくなっていく。その事に満足しノワは布団の中に右手を引っ込みつつ礼を言う。


「ありがとう……ございます……」

「おう。ってか寝起き悪いんだなお前」

「………………………………………………ぇ?」


 チャリ、と再び音がする。そして停止していた思考能力がようやく動き始めたのかその音を分析し始める。ああ、そうだ。昨日は変な剣に繋がれてどうしようもなかったのでそのまま寝たのだ。それはいい。いや、良くないが理解している事だ。

 では今聞こえた男の声はなんだろう?


「!? !? !? !? っ!?」


 思考回路が平常運転に戻るよりも早く、ノワは反射的に飛び起きた。その際に両腕を使ったせいで服が大きくめくれてしまったがそれすら気づかない程に慌てて。そして目の前の光景に彼女は硬直する。


「よう、おはようさん」


 黒髪黒目、更には黒のコートを羽織った見覚えのある男が胡坐をかいてこちらを見ている。


「…………」

「ん? 起きたんじゃないのか? おーい」


 何も言葉を発しないノワの前で手をひらひらとさせる男。その男には見覚えがある。昨日会った、ラクードと名乗った男だ。そう、その男が今、目の前に居る。

 自然とノワの視線が落ちる。急な動きのせいで着衣は乱れ下着を晒している。冬季でも厚着を好まない為に下半身に至っては元より下着のみで寝ていたが、飛び起きた際に毛布もめくれあがっており、外気にさらされている己の素足と下着。それらを確認し、もう一度顔を上げるとラクードと眼が合う。彼はふむ、と頷きそして朗らかに口を開く。


「お前って――――――――――発育良いのな」


 朝の街に女性の悲鳴が響き渡った。


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