2-1 視線
2-1からの話を大幅改変……というか別物にしました
どうしても納得がいかなかったので。
「却下です」
クリティブへ向かう馬車の中、ノワの拒絶にラクードは顔を顰めた。
「何が気にくわねえんだ?」
「全てです。あなた本気で言ってるんですか?」
「当たり前だろ。第一名前を付けろと言ったのはお前の姉達だぞ」
「だからと言ってこれは幾らなんでも無いでしょう……」
顔を突き合わせる二人の間には紙片が一つ。そこには何やら様々な言葉列挙されていた。
もとより贅沢をする気がなかった為にこの馬車はとても小さい。それは鎖で繋がれた二人が壁に背を付けても顔を突き合わせれるほどには。
ノワは呆れた様にため息を付くと紙片を掴むとラクードに突きつけた。
「なんですかこの『常夏撲滅』だの『雪女襲来』というのは」
「だから技名だろ。お互いの息を合わせる為にも何かしらの合図が必要だって話だったじゃねえか」
「そうでは無くて私は貴方のネーミングセンスを問うているんです」
「駄目か? 俺が雪女襲来って叫んで刀を振ると凍りつく。完璧じゃねえか」
「……頭が痛くなってきました」
つまりはそういう事である。お互いに武器として使う際に息が合わず隙が出来る。それを身を持って体験したことがある故に合図を決めようという話になり、その合図はイコール技名だという事で二人で話し合っていたのだ。
「なんだよ文句ばかり。じゃあお前も考えてみろ。俺の発動タイミングの合図」
不満げに口を尖らせるラクードの様子はまるで子供だ。見た目が身長2メートルに近い大男であるのに関わらずそういった仕草をするギャップにノワはどこかおかしくも感じるが決して本人は言わない。
「わかりました。ではまず貴方の魔導器としての能力ですがこれは重力操作とみて良いでしょう。重力に対する考えは色々ありますが昔の言い伝えでは天を統べた王が敵や非適格者を己の高みへと届かせない為に地に縛った力がそれと言うのもあります。勿論これは唯の言い伝えですがこの言い伝えから取るのはどうでしょう? そうですね……たとえば天帝の力すら奪い、掌握するという意味で天帝掌握というのは……なんですかその眼は」
そこでノワはラクードが生暖かい眼で見ているのに気づき眉を顰めた。
「いや、なんつーかお前ってペットの名前とか滅茶苦茶凝るタイプだろ」
「それの何がいけないんですか」
「因みに今までペットを飼った事は?」
「何年も前ですが鳥を飼った事があります。名前は彩奏麗花と言ってとても可愛らしい子でした」
ふふん、と何故か自慢気にその大きな胸を張るノワを前に顔を引き攣らせる。どう考えても考えすぎて痛い方向にいっている。そしてこのまま行くと自分はそんな痛々しい言葉を合図にしなければなら無いのか。
「お前人の事全然言えねえじゃねえか!」
「何を、貴方よりはマシな筈です!」
「よりってことはやっぱり自覚あるんじゃねえか!」
「それは論点のすり替えです。今大事なのはどちらが命名に長けているかという事でしょう!」
ギャーギャーと言いあう二人。そんな二人を背後に御者は煩そうに眉を顰めている。何の話をしているのかいまいち分からないが、確実な事が一つ。
「どちらも酷いもんだねえ」
そんなボヤキに二人は気づかぬまま、馬車はクリティブの街へと近づいていった。
数日ぶりに来たクリティブは以前と変わらず人通りが多く騒がしかった。そんな中をノワは大剣を背負い歩いているので自然と周りの視線を集めてしまう。だがそれは大剣のせいだけでは無かった。
陽に煌めく蒼銀の長髪。きめ細やかな肌と前を見つめる意志の強い眼といった整った相貌。そんな少女が白いコートの背に巨大な大剣を背負っているのだから人目を集めるのも当然と言えた。
「やはり目立ちますね」
《けど俺が歩いてあのいけ好かない警官共に見つかったら面倒だろ》
「私も顔が割れている以上あまり意味が無い気がするのですが」
《ま、少しくらいはあるだろ。どうやら出回っているのは俺の顔だけらしいからな》
小声でラクードと話しつつノワがちらり、と立ち並ぶ建物の外壁を見るとそこには幾つかの張り紙がある。その中の一つにラクードの顔写真付きで『要注意』と書かれた物があちこちに張られていた。
「しかしここまでやりますか」
《よっぽど気に入らねえんだろ。まあここまで行くと嫌がらせの域だな》
投げやりなラクードの言葉は対して気にしていない様に思える。何故そんな平然としているのか気になるが、しかしラクードの詳しい事情までは知らないノワとしては頷くしかない。
《とっとと必要な物だけ買い足して街を出ようぜ。ここには対して用はねえ》
「……そうですね」
ノワとしてもそこは同意だ。なので足を速め市場へと向かおうとした所で目の前の数人の男が遮った。
「……どうやら遅かったようです。それに貴方が剣に変わった意味も無い様で」
《みてえだな。悪い》
ノワの前に立ちふさがったのは警官だった。それも以前この街の署長にあった時に居た者達。彼らは警棒を片手にニヤニヤと笑いつつノワを取り囲む。
「これはこれは、クラーヴィスとかいう小娘じゃないか。何故ここに居る?」
「出て行けと言われた筈だ」
「出て行きましたよ、一度。もう一度来ただけです」
自分でも唯の屁理屈だとは分かっている。案の上警官達は声を立てて笑った。
「ガキじゃないんだ。そんな言い訳がまかり通る訳ないだろう」
「それを言うならたかが警官に街の出入りを左右する権利は無い筈ですが」
「俺達はこの街の平和を守る使命があるからなあ? 危険人物は入れないのが得策だろう? だが、そうだな。確かに危険なのは連れの男だけだったか」
警官の一人がノワの背負う剣に視線を移すとその剣が光りそして人の形となってノワの隣に現れた。何事かと遠目に見ていた通行人たちが目を見開く。そんな好奇心に満ちた視線に鬱陶しそうに顔を顰めつつラクードが警官を睨みつけた。
「ネチネチとうぜえよ。用事が済んだらとっとと消えるから邪魔すんな」
鋭さを通り越して獲物を狙む肉食獣の様なラクードの眼光に警官達が数歩後ずさるが、その中の一人が汗を流しつつ笑った。
「何を偉そうに。どの面下げて往来を歩いている」
「チャーミングなこの笑顔振りまいてだよ。紳士的だろ?」
「ちゃ、チャーミング……?」
ノワが首を傾げ、その隣でけらけらと笑うラクードに警官達の額に青筋が立つ。ノワはそんなラクードの服の袖を引っ張っる。
「挑発してどうするんですか」
「決まってんだろ。あいつが襲い掛かる。俺が正当防衛。こうなればあいつの意識もスッキリ飛ぶし俺もスッキリする。一石二鳥じゃね?」
「相手の意識をスッキリ飛ばした後はお仲間の警官達がネットリ追いまわしてきますよ」
「警官ストーカーの集団か。世も末だな」
「そうですね。貴方の発想は末どころか終末通り越してますが」
「何をコソコソ話している!」
会話が聞こえていたのか警官達がいよいよ憤り警棒片手に近づいてくるが、ラクードが一歩前に出て睨みつけるとたたらを踏んだ。その顔には笑いが浮かんでいるが眼光だけは鋭く警官達を見据えている。
お互いに睨み合う。そのまま数秒間沈黙が続いたが、より眼光を鋭くし睨みつけるラクードに気圧されたのか警官が引き攣った顔で吐き捨てる。
「とにかく直ぐに消えろ。次に見つけたら牢屋の中にぶち込んでやる!」
「何の罪でだよアホらしい」
ラクードの言葉に警官達の顔が怒りで赤く染まるが、流石に目立ち過ぎたのを自覚したのだろう。周囲から浴びせられる視線に不快気に顔を歪ませると去っていく。周りの警官たちも口々に悪態をつくと去っていった。後にはノワとラクード。そして野次馬だけが残される。その野次馬もラクードの顔を見て先程の張り紙を思い出したのか嫌悪感を浮かべていた。
「おい、あいつってあの写真の……」
「本当に居たのね。けど一体何したのよ?」
「知るか。とにかく近づくなよ。どうせ碌な奴じゃない」
口々に好き勝手言う野次馬たちにノワが苛立ち気に詰め寄ろうとするがその肩をラクードが抑えた。
「やめとけ。意味が無い」
「しかしっ」
「とにかくとっととこの胸糞悪い街から出ようぜ。長居する必要はねえ」
言うが否やラクードは歩き出してしまう。鎖で繋がれている為に必然的にノワもそれに続く形となった。そしてその二人の鎖を見て野次馬達は更に勝手な妄想を膨らまし陰口を叩く。
「おい、あの子の腕」
「うそ、なにあの鎖? もしかして捕まってるの?」
「けど警官達は何も言って無かったぜ? あれじゃないか、南の野蛮人達の国じゃ奴隷制度がまだ残ってるって聞いた事あるぜ」
「今更過ぎるだろ。まあどちらにしろ碌でも無い奴には違いない」
その言葉にノワは憤りを感じ反論したくなる。しかしそういう自分こそラクードの事をよく知らない為にそれが説得力が無い事を理解してしまう。それ故に何も言い返せない。
「っ……」
それでもこの空気は嫌だ。せめて鎖位は目立たない様にしようと思い、ノワがラクードの直ぐ隣に追いつくと彼の顔を見上げる。その顔は特に周りの中傷を気にした様子は無いが、本心は分からない。
「ラクード、また剣に変わりますか?」
「今それやったらまた目立つぞ。それより早く行こうぜ」
「……わかりました」
本人がそういうのなら仕方ない。せめてもの抵抗としてノワは出来るだけラクードに地下より鎖を目立たない様に心がけた。そんな二人を住人達は好奇心と嫌悪感が混じった眼で見つめていた。
道を歩いていく黒髪黒目の男と銀髪の少女。その背中を眺めながら女はにやり、と口元を吊り上げた。
「お宝発見……ってやつだね」
たまたま見かけた少女と警官達の口論。それ自体は対して興味が無かったが、注目したのは少女が背中に大層に背負った大剣だ。自分の身長よりも若干大きい故か少し斜めに傾けつつそれを背負う姿は非常に目立つ。そしてあそこまで大層大事に背負っているのだからそれなりの魔導器では無いかとあたりを付けた。
今の時代、性能の高い魔導器は高く売れる。故に興味を持ち口論を眺めていたがそこで予想だにしない事が起きた。その大剣が人に変わったのだ。あんなもの見た事が無い。そう、『人に変身できる剣の魔導器』等。売ればきっと高値が付く。いや、自分が使うのもありかもしれない。だがまずは準備だ。
女は笑みを深くすると仲間を集めるために歩き出した。
そしてもう一人、その騒ぎを見ていた者達が居た。
一人は逆立った茶の短髪と鋭い目つき。仕立ての良い服に身を包んだ少年だ。そしてもう一人は執事服を着た初老の男。
短髪の男は去っていく黒髪の男と銀髪の少女の背中を見つめながら隣に居たもう一人へ声をかける。
「ムヒス、あれだ。先日ラズバードの街で暴れた奴を倒したとかいう二人組」
「黒髪の大男と銀髪の少女。確かにその通りですね。それに噂通り、剣に変身していました」
「ああそうだ。やはりあれは本当だったのだな……!」
いくらラズバードが田舎町で有ろうと、あれだけの事件が起きればその話は流れるものだ。そしてその話の中では正式な記録としては残らなかった奇妙な二人組の噂も混じっていた。曰く、男が剣に変わった。曰く、少女が刀に変わった。そしてその二人が事件を解決した、と。
大抵の者はそれを対して気に留めない。内容が自分達の常識から離れれば離れているほど、その話に信憑性を感じない物だ。だが逆に、そういうこともあり得ると知っている者達だったら?
「良いなあれ。男の方は余計だが女の方は特に良い。しかもアレが強力な魔導器に変身するだと? 素晴らしいじゃないか」
「確かに興味が引かれます」
そうだろう、と短髪の男は頷く。そしてムヒスに視線を向けるとさも当然の様に言い放った。
「アレが欲しい」
「御意に」
ムヒスと呼ばれた男は恭しく一礼する。そんな様子に短髪の男は満足そうに頷いた。




