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1-10 雪の中のふたり

「っ、テメエ!」


 探していた相手が思いもよらない場所で自ら姿を現した。それには驚いたものも、この機を逃すつもりは無い。ラクードが身を乗り出す。


「クラーヴィス!」

「っ、わかりました」


 問題は解決していない。しかしここでアズラルを逃す手は無いのはノワにもわかっているのだろう。ノワは直ぐに刀に変わるとラクードがそれを握りアズラルに斬りかかった。


「野蛮だねえ」


 対し、アズラルは気にした様子も無く指を鳴らす。それを合図にアズラルの背後から機導人形が飛びだした。


「邪魔だ!」


 進路を妨害し襲い掛かってくる機導人形目掛け刃を振るう。だがそれを機導人形は腕で防ぎ、刃は通らず弾かれた。以前よりも強度が増しているのだ。


「このっ」

《下がって!》


 再度攻撃を仕掛けようとしたラクードだがノワの警告に従い背後へ飛ぶ。刹那、機導人形の腕から放たれた鞭の様な炎がラクード達が居た場所を燃やす。


「あれはあのストーカー野郎の!」

「正解。彼はまだ、ちゃんと使いこなせて無かった様だけどねえ」


 笑うアズラルを背後に機導人形が炎の鞭の振るいこちらへ迫る。轟々と燃える炎の鞭を刀で受けながらラクードは後退した。


《私が動きを止めます。切っ先をあの人形へ!》

「わかった!」


 先日の様な失敗を繰り返さない為にもノワが細かく指示を飛ばしラクードも頷き言う通りに切っ先を機導人形へと向けた。刃が青白く光り、途端に周囲の気温が一気に下がっていく。


《じっとしていなさい》


 その言葉と共に切っ先から放たれた魔力を帯びた冷気が炎の鞭ごと機導人形を巻き込んだ。炎が消え、関節が凍りついていき機導人形の動きが鈍る。


《ラクード!》

「わかってる!」


 動きは鈍くなったが柔らかくなった訳では無い。ならばどうするか。それ位は息が合わなくても分かる。ノワが人間へ戻り代わりにラクードが漆黒の大剣へと変わると、ノワはその柄を握りしめ大きく振りかぶった。


「ふっ!」

《砕けなっ!》


 ノワが勢いよく振り下ろすと同時にその刀身が黒く光る。通常の斬撃以上の力を加えられた魔導の剣は動きを鈍らせた機導人形を文字通り叩き潰した。路地裏に人形と地面を砕いた轟音が響き、振動でパラパラと近くの建物から雪が落ちた。そしてその衝撃の中心でノワはゆっくりと表を上げるとその大剣をアズラルに向けた。


「サガの魔導器も貴方の用意した物だったのですね。一体何が目的です?」

「ふふふ。怖いなぁゾクゾクずるなぁその眼。あの男が夢中になるのも分かる気もするよ」

「質問に答えなさい!」


 ぶわり、とノワの長髪が揺れ大剣から黒い光が放たれる。しかしその光はアズラルに当たる前に見えない壁によって霧散してしまった。


「おやおや。君はもう少し冷静な人だと思っていたけど違ったのかな? それとも何かイライラしてる? 駄目だよ、ストレスは肌の大敵だよ?」

《いい加減にしろよこの野郎。何が目的でノコノコ出てきやがった?》


 剣の状態ながらも異様な威圧感を含んだ声でラクードが吠えるとアズラルは楽しそうに笑った。


「威勢がいいねえ『泣き虫ウルフ』」

《っ!?》

「……え?」


 ぴくりとノワの手の中で剣が揺れた。その様子にアズラルは笑みを深くした。


「いやはや、ちょっと不思議に思って調べて見たんだよ。僕は記憶力は良い方なんだけど君については思い当たる人が居なかったものでね。だけどそうか、君があの時の子供かぁ!」


 まるで子供の様に手を叩いて笑うアズラルとアズラルの放った言葉に戸惑うノワ。そして何も言わないラクード。その妙な空間を遮ったのはやはりアズラルだった。


「随分と変わったものだねえ。そりゃ僕も気づかない訳だ。ふう、やっと胸のつっかえが取れたよ」

《ああそうかよ。だったらもういいな。この魔導器の鎖を解除しやがれ。そうしたら徹底的に殺してやる……!》


 ノワの握る大剣から陽炎のように光が湧き出ていく。


「いやぁ、それは御免だね。もっと色々試したいじゃないか! 実はその魔導器についてはまだ詳しい所は分かって居なくてね。折角実験台が居るんだから色々データを取らせてもらうよ」

「実験台……?」

「その通り! お互いを魔導器に変えその力も中々の物の様だねえ。けど物足りないなぁ。雑魚ばっかり当てても仕方ないからあの男を送り出したのに、当の本人が焦って失敗するなんてアホらしいと思わないかい?」


 にやにやと笑いながらアズラルは手を大きく広げた。


「だからもう一度だ。彼にもう一度チャンスを上げた。ま、元々その為の力は組み込んであげたんだからもうちょっと役に立って貰わないと困るだろう? 今頃彼も満足してるんじゃないかな。自分の新たな力に」

「っ!? どういう事です!?」

「そのままの意味さ。ああ、安心すると良いよ。あの街の蹂躙が終わったらこっちに来ると思うから君はのんびりと待っていれば――」


 言葉の途中でノワがアズラルに斬りかかるがアズラルは背後に数メートル跳びそれを躱した。先ほどまでアズラルが立っていた場所には振り下ろされた大剣が突き刺さっている。


「おぅ、怖い怖い」


 おどけて見せるアズラルをノワは感情無い冷たい眼で睨む。


「街には姉様達やセシルさん、ジェネスも居ます。いくらあの男が暴れようと直ぐに鎮圧されるに決まっています」

「そうだねえ。クラーヴィス家は意外にやるようだし、警察は別として自警団を名乗る連中は手強そうだったよ。だけどさ、いくら彼女達でも住民を守りながらどれだけ戦えるかな?」

《どういうことだ?》

「簡単さぁ! さっき君たちが倒した機導人形。そいつをもう少し強化した奴を50体程送り込んだからね」

「なっ……!?」


 その言葉にノワが絶句し、ラクードもぴくりと震えた。先ほどよりも強化された物が50体? いくらなんでも馬鹿げている。それにそんな数をここ数日で揃えたと言うのか? そんな馬鹿げた事をしでかすアズラルの底が見え無い。そんな二人を馬鹿にする様にラクードは続ける。


「さあ、ここでクイズだ。僕はここから少し西に行った街で数日間過ごす予定だ。そしてあの男もそのうちこの街にやってくるだろう。と言う事は君たちはこの街に留まるか僕を追ってきている内にあの男の相手もする事ができる。だがその場合はあの街は、まあ壊滅だろうねえ。では助けに戻るか? しかしそうすると君たちが追う僕は遠くへ行ってしまう。何時までも待ってやる義理もないからねぇ。さて、そこで君達はどうする?」


 最悪だ。

 この男はこう言っているのだ。『どちらかを諦めろ』と。ラクードが長年追ってきた因縁の相手か。ノワが今まで過ごしてきた街と人々か。そのどちらかを。

 ラクードは言った。ここまでアズラルに近づけたのは初めてだと。それはつまりここで逃せばまた尻尾を掴むまでに相当の苦労が待っている事になる。そしてそれは二人の鎖を解除する手立ても遠のいてしまう。


《だったら……》

「ここで貴方を捕まえればいいのでしょう!?」


 二人が叫び再度アズラルに突撃する。但し今度はノワも別の魔導器を取り出した。


「《天落・土竜式》!」


 鎖で繋がれた右腕とは逆に嵌めた腕輪が光り、アズラルの足もとの地面を崩落させた。足を取られたアズラル目掛け大剣を振り下ろす。


「おっと」


 アズラルが再び指を鳴らすと虚空から楯の様な物を取り出しそれを受け止めた。かなりの威力を持った筈の一撃が簡単に防がれノワが目を見開く。


《クラーヴィス、代われ!》


 ラクードの叫び声。同時にラクードが人間形態に戻る。ノワも咄嗟に自らを刀へと変化させた。

 ラクードはアズラルの構える楯を踏みつけると跳躍。空中で体を捻らせ一回転して背後へ付けると刀を振るった。


「はっ、器用だね!」

「いちいち癇に障るんだよ!」


 一閃した刃はいつの間にかアズラルの手に現れた剣で防がれた。だが膂力ではこちらが勝りアズラルの体が小さく浮く。


「おや?」

「クラーヴィスっ!」


 意外そうに声を上げるアズラルを無視してラクードが叫び、それに応える様に刀身が青白く光る。アズラルの剣と触れ合った部分が凍りつきそれは凄まじい速度でアズラル腕まで伸びていった。


「ははは! 凄いなコレは! そこらの魔導器とは大違いだ!」


 氷漬けにされていきながらも楽しそうに笑うアズラルの首を掴み上げ地面へ叩き付ける。だがアズラルは痛がりも苦しそうにもせず相変わらずの笑みを浮かべていた。


「これで終わりだ。とっととこの鎖を解除しな」

「ふふ、ふふふふ。この魔導器は面白なぁやっぱり。けどもうちょっと色々見てみたいし遠慮するよ」

「ふざけんな。今すぐテメエのこの首撥ねてやっても――」


 そこでラクードは気づく。目の前のアズラルは苦しみも痛がりもしていない。それどころか地面に叩き付けたのに血すら流していない。そして極めつけは握りしめた首の感触。これが余りにも硬い。


「っ!?」

「それじゃ君たちの回答を楽しみにしてるよ――」


 最後にそんな言葉を残し、アズラルの体は閃光に包まれる。

 そして路地裏が光と轟音に包まれた。





 流石にあれだけ大騒ぎをすれば路地裏だろうと人は集まる。そして集まった人々は所々砕け、そして炎と瓦礫が散乱するその場所を見て目を見開いていた。

 そんな人ごみの中を二つの影がすり抜けていく。ラクードとノワだ。爆発の寸前、咄嗟に距離を取って致命傷は避けたのだが、ラクードの服は所々擦り切れ焦げ付いている。どうやら先ほどのアズラルは機導人形に自分の意思を乗せていたらしい。つまりは偽物。つくづく人を苛立たせる男だ。


「おい待て。どうするつもりだ」

「ラズバードへ戻ります。申し訳ありませんが協力して下さい」


 先を行くのはノワ。彼女は切羽詰った様子でラクードを引っ張る様に進んでいく。


「戻るってどうするつもりだ。ここからあの街への列車はだいぶ先だ。馬を使ったって数日かかるんだぞ」

「では諦めろというんですか!?」


 きっ、と振り返ったノワの眼は不安で揺れていた。


「そんな事出来るわけありません! 貴方があの男を追い続けていたのは知っています。知って居ますがここは譲れないんです……!」


 絞り出す様に訴えかける様に話すノワの様子にラクードは何も言えなかった。ノワは再び前を向くと歩き出す。


「列車も、馬も無くったて私にはこの足が有ります。ラクード、貴方は剣になって下さい。身体強化を使用して街まで走ればなんとか――」

「アホか! そんなことして体に負担がかからない訳ねえだろ! 身体強化って言ったっって万能じゃねえんだぞ」

「それでも行かなくてはならないんです!」


 ノワはこちらの言う事を聞こうとしない。ラズバードの街の事が心配で冷静に判断出来ていないのだ。このままでは本当にラズバードまで走り、そして途中で力尽きるに決まっている。このままでは埒が明かない。だから、


「ああ、くそっ。恨むなよ」

「何を――っ!?」


 ラクードはノワの首に手刀を降ろす。ノワが驚いた顔で振り向くが何かを言うより早く意識を失いその場に崩れ落ちた。その体を支えてやりながらラクードは小さくため息を付いた。


「ったく、ガラじゃねえのにな」


 意識を失った状態のノワを担ぎ、しかしそこで少し考えて一度下ろすとコートを脱いでノワにそれを着せた。これで寒さは問題ないだろう。魔導器もあるが先ほども言った通り万能では無いのだから。


「せめて飯食ってからだったらよかったんだがな」


 小さくそう呟くと、ラクードは街の外へと走り出した。





 揺れている。それに気づいたのは少し前の事だった。深い所に落ちていた意識が徐々に浮き上がり、それに応じてその揺れを大きく感じる様になってくる。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」


 近くで誰かの呼吸が聞こえる。それはかなり荒く、何か激しい運動をしているのがわかった。だが一体これは何だろうか?


「ん……」


 ゆっくりと目を開けた時、ノワの眼に飛びこんで来たのは勢いよく背後に流れていく風景と顔の直ぐ近くで息を荒らげるラクードの姿だった。


「これ……は……!?」


 状況が分からず身動ぎするが上手く体が動かない。そこでノワは自分が抱え上げられている事に気づいた。


「な、なっ、何をしているんですか!?」

「やっと、起きたか、だったら、これ、頼む」


 ノワの叫びにラクードが片手に持っていた物を寄越す。受けとってみるとそれは地図とコンパスだった。


「地図を、見ながら、走る、のは、やっぱ、面倒で、地味に、キツイッ」

「わかりました……では無くて一体どこに向かって――」


 そこでノワは気づいた。手渡された地図には所々印があり、その印が確かならば徐々に見知った土地へと近づいている事に。そう、ラズバードへだ。

 思わずすぐ横のラクードの顔を見るが、彼は汗だくの顔で前だけを見つめ走り続けている。その速さは常人のそれでは無く、凄まじい速度で駆け、邪魔な障害物などは飛び越えてひたすらに前に走っている。身体強化を行っているのだろう。だけど、


「どうして……?」


 何故彼がこんな真似をするのかが分からない。


「お前が、言ったんだろうが、馬より、脚の方が、早いってっ」

「そ、そうではありません。何故それを貴方がやっているんですか!? それは私がやる事です。それに貴方はずっとアズラルを」

「うるせえ、あまり、話かけるな、結構、しんどいんだ、よっ!」


 だんっ、とラクードが地を蹴り高く飛び上がる。どうやら邪魔な木々を飛び越えて少しでも時間を短縮しようとしているらしい。思わずもう一度地図に視線を落すとクリティブからかなりの距離を移動しているのが分かった。そして空は薄暗いが、徐々に明るくなってきて――徐々に?


「ま、待って下さいラクード! 貴方いったどれだけ走っているんですか!?」

「知らん、一度、日が落ちたのは、覚えてるんだがなっ」


 その回答に絶句してしまう。クリティブについたのは昼過ぎ。そこから市場を周りそして警察署へ着いたのは夕方位だった筈だ。そしてアズラルの偽物に出会ったのもそれ位。そこから日が落ち、そして昇り始めるまで果たして何時間あった?


「安心、しろ、時折、休憩、してるからよっ」

「出来る訳ないでしょう!? とにかく降ろしてください。あなた凄い汗なんですよ!?」

「問題、ない、まだいける、俺の体力、舐めんなよっ」

「ですけどそれでは貴方が、というかそうです。私が走りますので!」

「アホ、お前が走った所で、力尽きるか、体壊すだけ、だろうがっ」

「あ、アホとはなんですか。私は貴方を心ぱ――」

「街を、護るん、だろっ?」

「っ」


 その言葉にノワが硬直する。


「肝心の、お前がそこで、力つきてたら、笑えねえ、だろうがっ」

「どう、して」


 どうして彼がそんな事を心配するのか分からない。それも彼にとっての因縁の相手を逃してまで。だが視線で問いかけてもラクードは答えない。

 そのまま暫く無言の空間が続いたが、やがてラクードが小さく口を開いた。


「これでも、知ってる、つもりだっ」

「何を……ですか?」


 ラクードはこちらを見ない。ただひたすらに足を動かし走り、跳び、雪の中を全力で進んでいる。


「失いたくないものは、誰にだってあるっ」

「っ」


 ノワが息を飲む。そしてラクードに関する噂を思い出すがやはり今の彼と噂の彼がマッチしない。言い様も知れないズレを感じてしまう。


「どうして……」


 疑問は尽きない。それが本当の彼なのかがまったくわからない。

 だがそれでも、今ここに居る彼は真実だ。その奥にどんな心を秘めているのかは不明だが、自分の目的を後回しにしてまでこちらを優先してくれている目の前の彼は。だからこそ今は先程の様に噂の事は問い詰めない。代わりに出たのは別の言葉。


「ありがとう、ございます」

「……」


 ラクードは答えない。だがそれでも良かった。

 ふと、自分が着ている物がラクードのコートと気づく。周囲を温める魔導器は発動している様だがあれとて完全に遮断する訳では無い。その為に着せてくれたのだろう。それがどこかくすぐったくて、ノワは小さく顔をうずめた。


「それと、先ほどは申し訳ありませんでした。貴方の話も聞かずに勝手に戻る事を決めつけてしまい」

「別に、過ぎた事、だろっ」

「それでも、です。コートもありがとうございます。ですが少ししたら休憩して下さい。この辺りからなら私も見覚えがあります。この先に猟師が休憩に使う洞窟がある筈ですからそこで少しでも休んでください」

「だが、急ぐんだろっ」

「だからこそです。あなたに倒れられたら私は大の男一人背負っていくことになるんですよ。それでは逆効果です」


 これは本音では無い。もしそうなれば意地でも担いで全力で走る覚悟はある。そんなこちらの想いが伝わったのかは分からない。もしかしたら本当に辛かっただけなのかも知れない。それでもラクードは少し考え、そして頷くのだった。


 それから件の洞窟で少し休憩した後、ラクードは再び走り始めた。ノワが交代すると強固に主張したのだがそんなノワを問答無用で抱えてだ。初めは強引なその行動に慌てたノワだったが、ラクードが譲らない事を理解するとため息を付き、「せめてこれなら楽になるでしょう」と自らを刀へと変化しラクードに腰に収まった。無論、道を示しながらではあるが。

 そしてそれから少し、日が開けてきた空、進行方向に黒煙が見えた。それをみた瞬間ノワが叫ぶ。


《あそこです!》

「速度を上げるっ!」


 ノワの言葉に押される様に、ラクードは一際強く地面を踏み込んだ。





 ラズバードの街。その大通りでクレス・クラーヴィスは剣を構え目の前の敵を睨んでいた。現在の彼女は青と白を基調とした法衣の様な服を着ている。但しその法衣は身軽に動くことを重視したのか丈が短く、小柄ながらも艶やかな彼女の両手足の動きを阻害する事は無い。更にはその法衣の上から軽鎧を身に着けている為に、彼女の姿はどちらかと言うと騎士に近かった。

 そして彼女の前には数十に及ぶ人影がある。だがそれは人間では無い。人の形をした魔導の結晶。機導人形達だ。

 あの人形達が現れたのは昨日の夕方頃。突如警察署から炎が上がったかと思うとどこからともなく現れたのだ。人形達は街を蹂躙し、死傷者も多数出ている。そんな中クレスとブレーナ。そして自警団の者達が住民を救出しつつ討伐を行っていた。


「クレスちゃん、大丈夫?」

「ええ、問題ありません。ブレーナ姉様こそどうですか?」

「私は大丈夫よ。肉体派じゃないから負担はクレスちゃん達の方が大きいわ」

「そうだな。うちのジェネスもへばってきている」


 ブレーナとセシルがクレスの横に並ぶ。一歩遅れてジェネスもだ。ブレーナはクレスによく似た法衣を着ているがこちらは両手両足を隠し、所々に刺繍が加えられたいかにも、と言った姿だ。一方セシルとジェネスは動きやすさ重視の普段着に過ぎない。そもそもこの街の自警団に制服など無いのだ。


「セシル姉、そろそろ限界なんだけど……」

「分かってる。私とていい加減眠い。……住民の避難は?」

「全員終わったよー。今はクラーヴィス邸に集まってる」

「大きいだけが取り柄のお家だったけど役に立ったわねえ」

「ブレーナ姉様。それを父さんには言わないで下さいね。怒りますので……来ます!」


 彼女らの正面。人形達が一斉にこちらに動き出した。対しクレスとジェネスが前に出てそれを迎撃する。その背後からブレーナとセシルが援護と言う形だ。いまこの街ではクラーヴィス邸に続く道の各所で攻防が行われている。


「《散り散り舞い殺せ・風塵》!」

「とにかく潰れなさいよってね!」


 クレスが剣を振るうとその刃は幾重にも分かれて放たれ、それが直撃した機導人形がコマ切れにされていく。その横ではジェネスが両手の警棒を振るい機導人形達の核がある頭部を力いっぱい叩き砕いていく。


「《焼き、焦がし、灰すらも呪い尽くせ・祖は獄炎の権化なり》」

「私はこちらの方が得意でね」


 その背後ではブレーナとセノンが援護を行う。ブレーナは己の武器である杖から紫炎を生み出すと人形達を焼き払い、セシルは両手に持った銃で人形達を撃っていく。威力は無いが牽制にはなる。怯んだ隙にクレスとジェネスが止めを刺していく形だ。


「セシル姉! これ絶対運動量見合って無くない!? 一番楽してるよね!?」

「私は火力不足のか弱い乙女なんだ。出来るのは敵の眉間に銃弾ぶち込むくらいでお前みたいに残念な打撃系女子と一緒にしてもらって困る」

「お願いだからやる気をそぐようなこと言うの辞めてぇ! あとそれ人間相手なら十分怖いから! 銃殺系女子とかぜったいモテな――」

「おおっと、手が滑った」

「かすった!? かすったよセシル姉!? それは洒落にならないんじゃないかなぁ!?」

「いいから早く働け。これ以上敵を進撃させるわけにはいかん」


 未だぎゃーぎゃー言いつつも仕事はしっかりこなしているジェネスを見つつ、ブレーナはあらあらと笑った。


「仲が良いのね。羨ましいわぁ」

「言ってる場合か。しかしどうする。おふざけ無しでそろそろ限界だろう。クレスとジェネスとて無限に体力がある訳では無い。それは私達もだ」

「そうね。ここと、別の場所で戦ってる人達を含めても半分くらいは敵を倒したとは思うけど限界だわ……。それにあれもあるし」


 ブレーナが目配せした方向にセシルも視線を移し、そして唇を噛んだ。

 機導人形達の奥。はるか後方に男が立っている。いや、男だった物がだ。その体は膨れ上がり、両腕は異常なまでに肥大している。顔の半分は機導人形と同じ様な材質に浸食されもはや人の形を留めていない。それはかつてはサガと呼ばれた男の末路だった。そのサガだった何かはゆっくりと歩を進め、その度に機導人形達も前に進んでいる。


「あれが主犯……いや、親玉といった所ね」

「あいつを倒せば全て解決、という訳にもいかないだろうな」

「そうね、彼があの群れのリーダーである事は間違いないでしょうけど、早々上手く行くとも思えないわ」


 そもそも敵の正確な目的すら不明なのだ。突然出てきて蹂躙を始めた。ただそれだけの情報しかない。


「くっ!?」

「ジェネス!」


 長い間戦ったせいか、ジェネスの体が疲労で揺れ、そこに機導人形が追い打ちをかけた。ジェネスは何とか警棒で防いだものも、体を支える事が出来ず膝を崩してしまう。それに気づいたクレスが急いで駆け寄ろうとするがそれを別の機導人形達が邪魔をした。

 ジェネスの眼前に機導人形が迫る。その腕は硬質の刃となっておりそれを振り下ろされれば命は無いだろう。それを理解しジェネスは小さく笑った。


「ここまでかぁ。頑張ったんだけどなぁ」


 ブレーナとセシルが止めようとするが間に合わない。ジェネスは眼前に迫る刃を呆然と見つめ、そしてそれを見た。

 突如視界に入り込んだ影がその機導人形を斬り飛ばしていく様を。


「へ?」


 状況が分からないまま呆けるジェネスの前にその影の正体――ラクードが降り立つ。


「よう、変態女」

《らしくない顔ですね》


 クレスもブレーナもセシルも。予想外の人物達の登場に驚く中、ジェネスは声を震わせる。


「あ、あんたら……」


 ごくり、と唾を飲みこみそして叫ぶ。


「あんたら汗臭っ!?」

「他に何か言う事はねえのか!?」

《というか私もですか!?》


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