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04

「っていうのが昨日あってね」

「あらあら、それは見逃してしまって残念です…」


昨日のリオが成路にネクタイを結んだことや風紀委員、小形との遭遇のことを話すとみちるはそう言った。

残念だとは言いながらもこの生徒会室は萌の宝庫なため、それほど残念そうには見えなかった。

今もすっと視線を上げれば、田倉の膝を枕にリオが寝息を立てている。

何事にも無関心に思える田倉の前でカメラを構えても何も言わないかもしれないが、リオの事には敏感な田倉に怒られそうだったから、そっと心のシャッターを切るだけにした。


「それにしても三角関係かと思いきや四角関係だったのが何とも」

「小形さんは数に含まれるのですか?」

「望みは無くても数に入れたほうがオモシロい」

「障害があったほうが恋は燃え上がるってことでしょうか…」

「なんだ恋バナか?」


リオが片付けた書類に、会長のサインが必要なものだけに目を通していた成路が顔を上げた。

ひたすら名前を書くだけの作業にうんざりしたのか、疲れた表情をして立ち上がりお茶を入れながら「珍しいな」と零した。

実際には不純な恋バナなのだけれど、気付かないふりをして話を振る。


「香椎先輩は何かネタありますか?」

「ないな」

「えー、モテそうなのに」


成路は湯呑みに口をつけながら、わざわざリオが寝そべっている窮屈な方のソファにリオの足をどけて座る。

じっと見つめてくる田倉の視線を物ともしなかった。


「まずモテないし、それに」

「成路にはみちるちゃんがいるんだから恋人なんて作ったら浮気だよ」


成路の言葉を遮って、リオが言った。

むくっと起き上がったリオは寝ていたはずなのに寝ぼけ眼ではなく、普段通りの柔和な笑顔でいた。

突然起き上がって会話に入ってきたリオにも驚いたが、その言葉に更に驚かされた。

ぎぎぎ、と油が足りない機械のようにぎこちなくみちるに顔を向ける。


「みちるさん…?何のお話でしょうか」

「みちるは俺の許婚」

「え、そんな設定マンガ以外であり得るんですか!?」

「昔から結婚するものだと決められてるだけで、それ以外は普通だぞ」

「それって実は普通じゃありませんから!」

「成路に普通の話するだけ無駄だよ」

「最終的に結婚する相手決まってるだけで恋愛は好きにすりゃいいだろーが」

「親の目気にしてそういうのが出来ないんだよ、普通」


くすっと笑いながらリオが言う。

決まりが悪そうな成路は顔を背けた。


「……。みちるは好きにしていいんだぞ」

「好きな方はリオくんですから」

「ありがと」


みちるが許婚を目の前にハッキリと言って、リオと笑いあう。

知らなかった事実に少しだけふて腐れながら、お茶に手を伸ばして成路に尋ねた。


「香椎先輩は好きな人とかいないんですか?」

「んー…リオ」


お茶を噴きだしそうになる。

一気に沸点まで到達した興奮のやり場がなく、ガタガタと手を震わせてみちるの手を掴んだ。

みちるは微笑みながら握り返してくれる。

成路はまた唸って


「みちるとリオがいるこの状況が一番だから誰かと付き合うとか…なあ?」

「同意求められても困ります!この状況が美味しいのは分かりますが!」

「とにかく今のままでいいんだよ」

「あ。明日は今のままの服装はやめてね」

「明日?」


何の事だと首を傾げる成路にリオは自分の胸元を指で叩いて短く、「ネクタイ」と言った。


「明日は委員会会議だから」

「ああ…別に忘れたって誰も気にしねーって」


へらっと笑う成路にリオは爽やかな笑顔で切り返す。


「そのせいで小形に文句言われたら風紀委員無くすから」

「…わかった。わかった」


頭を痛めながら、リオを宥めるように言った。

敵対している風紀委員なのにそれは脅しになるのかと考えながら二人のやり取りを眺めた。

まだ手を握ったままのみちるに尋ねる。


「リオ先輩って実は腹黒?」

「自分の邪魔になるならそのようです」

「案外、自己中……それより許婚を他人とカプするのってどうなの」

「障害があったほうが燃えますでしょう?」

「みちるちゃんは障害になり得ません」

「残念です」


みちるは、やはりそれほど残念そうには見えない笑顔を浮かべた。




成路がモテないというのはあからさまに嘘である。

そうでなければ成路の中のモテるという基準が高すぎる。

授業中、外から聞こえる黄色い声に目を向けるとグラウンドで二年生が体育をしていた。

目を凝らすと成路がバスケをしていたのだ。

時折「香椎くん頑張ってー!」など成路への声援が聞こえるのだが必要ないだろうと思うくらいに華麗にシュートを決めていた。

放課後は委員会会議のため、会議室へ行くとまた女子生徒がざわついた。

これでモテないというのは世界中の男性を敵に回すようなものだ。

リオに事前に言われていたようにプリントを各委員会代表に配り、成路の後ろに並んで立った。

全員にプリントが行き届いたのを確認した成路は会長らしく


「じゃ、委員会会議を始めたいと思う」


と宣言した。

各委員会の活動報告と今後の活動予定を耳に入れる。

その様子はいかにも仕事ができる会長っぽい。

各代表からの報告が済んでから成路は予算の話を済ませプリントを手に取った。


「図書委員、見周りに行った時に気になったんだが、こちらに報告されていない書籍がいくつかあった」

「あ、それは…」

「予算から超過している訳ではないしあまり口出ししたくはないんだが、利用者から要望があったにせよあまりマンガを入れるのは好ましくないな」


それを聞いて康太はプリントで口元を隠しながらみちるに小声で尋ねた。


「そんなにマンガ入ってるの?」

「そうですね。有名な少女漫画やライトノベルが最近目立ってます」

「へえ…」

「図書室を利用するきっかけとして少し入れるのは構わないが、さすがに新刊の半分を超えるとな…勉強に興味を持った利用者の欲求を満たせるものをもう少し入れてもらいたい」

「はい」

「それから」


成路の口調が少し鋭さを増して、図書委員の男子生徒は肩を強張らせた。


「棚に並べず司書室で読んでいる本は個人で購入したものだよな?」

「もちろんですっ」


即答する図書委員はどうにも怪しかったのだが、成路は目元を和らげた。


「なら、いいんだ」


成路が次の委員会に話を移すと、図書委員の彼はほっと息をついた。


「美化委員は意欲的なのはいいけど疲れて飽きないようにな。アジサイ、楽しみにしてるから」

「はっはい!」


女子が一名落ちました。

それ以降も各委員会に一言告げて、委員会会議は終了した。

案外、真面目に仕事をするのだと感心させられた。

リオは一言も発言することなく、いつもより緊張しているように見えた。

本当に人前に出るのがニガテらしい。

二人の意外な一面に妄想は止まることを知らない。

ガタガタと椅子が鳴り騒がしくなる室内で参加者を見送りながら生徒会の面々はテーブルを片付け始める。

安堵にも見えるため息をついたリオがようやく片付けをしようとしたとき、小形がリオに歩み寄った。


「やあ、柳君。ひとつ聞きたいことがあるんだけどいいかな?」


リオが相手でも居丈高なのは変わらないらしい。彼なりの照れ隠しなのかもしれないが。

わずかにリオの表情に疲れが滲んだ気がする。


「さっき成路が質問あるかって聞いたときに聞きなよ…」

「この書類を作ってるのは君だろう?」

「そうだけど…。まあいいや、何?」

「風紀委員の予算が減っているのは何故かな?」


そのことかと言いたげにリオは息をついた。

今度のは安堵ではないだろう。見るからに。


「校内の見回りと生徒の服装チェック以外に風紀委員の仕事を見たことがない」

「それが仕事だ」

「服装チェックをしても生徒の生活態度が変わったようには思えない。変化がないならあっても意味ないでしょう」

「意味がないとは酷いな。何事も継続だよ」

「一年やって生徒たちは良くも悪くもなってないじゃない」


制服をきちんと着ていようがいまいが、生徒は思い思いのままに過ごしている。

教師も服装を咎めないこともあって抑制されない分、ありのままの自分でいるだけなのだ。

それを小形も理解しているのか、痛いところをつかれて話を微妙にずらす。ほぼ八つ当たりだ。


「香椎を見れば分かるだろう?制服の乱れは生活の乱れと。アイツは性格も悪いが」


生活が乱れているのは、成路よりもリオじゃないかと康太はこっそり思う。

リオが何度も授業をサボって生徒会室で寝ているのを彼は知らないのだろうか。


「仕事はきちんとしてるけど何か問題が?」

「生徒会室の惨状は分かっているはずだ。誰も来ないことを良い事にティーポットやティーカップ、およそ生徒会の仕事に必要ない物で溢れている」

「私物を置いちゃいけない決まりはない。そもそも、あの誰も来ない旧館に追いやったのは君ら風紀だよ。前生徒会室を君たちが使っているのを忘れたの?」

「そうは言っても…」

「…っもううるさ――」

「――利緒さん」


うるさい、と言いかけたリオに田倉は手を差し伸べた。

途端に呼ばれて、怒鳴りそうだった勢いが失速していく。

田倉はまるで小形のことなど見えないかのようにリオだけに話しかけた。


「片付け終わったので帰りましょう」

「あ…うん」


だんだんとリオの表情が和らぐのが分かった。

リオは田倉が差し出した手に、自分の手を乗せる。

その手をぎゅっと握りこんで振り向きもせず、田倉はリオと会議室を後にした。


「スマート…」


思わず感嘆の声が漏れた。

取り残されて茫然としたままの小形に成路は何気なく言った。


「俺ら出て行くけど、まだいるなら鍵任せていいか?」


声を掛けられて我に返った彼は、キッと成路を睨みつけて吠えた。


「いる訳ないだろうっ!」

「あ、そ」


憤然とした足取りで小形は会議室を出て行った。

予想通りの反応に成路はくくっと喉の奥で笑う。

ここまで来るといっそ、リオとの恋を応援したくなってしまう。

がんばれ、小形。特に何もしないけど。

そう心の中で呟きながら、まだ笑いが収まらない成路に会議中に思ったことを告げた。


「見回りの時、あんなとこ見てたんですね」

「ん?」

「ほら、あの図書室の。報告のない本がって言ってましたよね?」


ようやく笑いを引っ込めた成路は会議室の鍵を掛けながら、ああ、と頷いた。

それから、あっさりと否定する。


「俺が見てるわけないだろ。リオが休憩時間とかに行って見てんだよ」

「え!じゃあアジサイは!?」

「それも楽しみにしてるのはリオ」

「それをさも自分のことのように言ってたんですか!……うわ、騙された気分」


成路に言われたものだと信じて、ときめいた美化委員の彼女が知ったら相当なショックだろう。

肩を落とす康太を見て、成路は唇を尖らせた。


「俺はほんとにリオに言われたことするだけなんだって」

「どうしてそんなにリオ先輩を気にするんですか?」

「俺のイメージがイコール生徒会のイメージだろ。俺は何言われても気にしないけどリオはちゃんと仕事してんのに俺のせいで生徒会が文句言われる訳にはいかないだろ」


仕事の面は全く手をつけようともしないが、それなりに体裁を考えていることに驚いた。

けれど生徒会にこだわるのは何故だろう。

わざわざ生徒会に所属しなければ文句も何もないだろうに。

その疑問の答えは成路から返ってきた。


「生徒会はリオのためにあるモンだからな」

「へ?」

「あの鳥かごを守るために体裁だけはきちんとな」


またそうやって抽象的な言葉を残して、成路は会議室の鍵を返しに職員室に行ってしまった。


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