03
※横読み推奨。
放課後、生徒会室に行くと成路しかいなかった。
ソファに深く座り込んで片足をソファに乗せると言う何とも行儀の悪い態度で眼鏡をかけて紙の束に目を通していた。
康太は控えめに声をかける。
「…みなさんは?」
「まだー」
静かな空間に戸惑いながら鞄をソファの脇に下ろして、成路が座る向かいのソファの隅っこに小さくなって座る。
時計の針が進む音だけが部屋に響き渡り、何か話すべきなのだろうかと考えを巡らせる。
すると先に声を上げたのは成路だった。
「昨日悪かったな」
「へ?」
「無理やり引っ張ってきたろ。リオに謝っとけって言われた」
滅相もない。おかげで良いモノ見せてもらってます。
という言葉は呑み込み
「いえ、良い人ばっかで楽しいですよ」
「そりゃー良かった」
にかっと笑う成路を見て、きゅんと胸の高鳴りを覚える。
みちるには申し訳ないが、俺様攻めは譲れない。
康太の好みにどんぴしゃなのだ。
「俺、外部入学なんでクラスに話せる人いなかったんですよ」
「だろうなー。ここの人間は外部の人間をわざと遠ざけるから」
「あはは…」
成路は嫌悪感を隠しもしなかった。
小等部や中等部から通う生徒は身分違いとでも言いたげに、外部入学の生徒を遠ざける。
その横柄な態度に辟易しているといった様子だ。
「まあ、リオも外部なんだけどな」
「うそ!?」
リオは数段物腰が柔らかく、所作もしなやかで上品だ。
まだ関わって数日だが、外部だからと邪険に扱われているのも想像できない。
「リオさんは動きがキレイで…ふわっとしてて、そんな嫌われるような要素なんか!」
「嫌われてないぞ。むしろリオは俺のお目付役として重宝されてる」
「ああ…」
リオの柔和な笑顔と締めるところはきっちり締める厳しい視線を思い出して納得した。
「香椎先輩はお目付け役って自覚してるんですね…」
「リオの言う事以外聞く気ないからな」
「…えーと、どうして?」
思いがけぬ美味しい言葉にせき込みそうになりながら尋ねた。
「リオが俺のこと怒る理由は納得できる」
「躾ですね!」
思ったことをつい口に出してしまって後悔する。
喜々として胸の前で握り固めた拳のやり場に困る。
成路が何も言わずに見つめて来るのがいたたまれない。
誰か助けてと言いたいが、助けてくれそうなみちるは来ないのだ。泣きたい。
「仕事持ってきたよー」
のんびりとした声でリオが生徒会室に入ってきた。
その声で成路はようやく動き出す。
話が流れたようでほっとする。
リオの後ろに控えていた田倉は、プリントの束を抱えていてそれを長テーブルに並べていった。
「これ?」
リオに尋ねる成路の後ろから等間隔に並べられたプリントを覗き込む。
まず目に入ったのは『サッカー部!部員数9人、君もすぐレギュラー!!』と力強く書かれているプリントだ。
その隣はバスケ部。
リオは頷いて、本来なら生徒会長が座るであろう高そうな皮張りの椅子に腰を下ろした。
「今度の部活紹介で使うものでね、一枚ずつまとめて冊子にしてほしいんだ」
にっこりと笑うリオに反して成路はげっそりとしていた。
「60ある部活の全部をか…?」
「一枚に二つ印刷されてるから半分に折って綴じてくれる?」
並べ終えたプリントの束は長テーブル4つにぎっしりだ。
それを眺めて康太も目を細めた。
「何部」
「今年は200人だから…教師の分含めて300近く」
「俺達に手首を折れと」
「部活紹介の日までに出来ればいいからお願い」
微笑まれると成路は諦めたように頭をかいてため息をついた。
立場が逆なのには疑問を抱かないらしい。
「リオがする仕事比べりゃマシか…」
「香椎先輩がするはずですよね」
「事務は苦手なんだ」
プリントをページを確認しながら一枚ずつ折って重ねる。
それを繰り返して表紙と裏表紙で挟んで特大のホチキスで留めた。
雑務をこなしながら、康太は疑問を口にした。
「じゃあリオ先輩が会長になればいいんじゃないですか?」
「会長って人前で喋るだろ、ああいうのは出来ないんだよリオは」
「へえ…」
何でも如才無くこなしてみせそうなリオからは想像できなかった。
しばらく黙々と作業をしていると一人机に向かっていたリオが疲れたような声を上げた。
「成路、囲碁部って人数揃ってないんだっけ?予算割く必要あるかなぁ」
「ああ…今年部員が入るかもしれないって顧問が粘ってたな」
考えながら呟く成路は、「あ」と声を上げて嬉々とした表情で提案する。
「予算争奪戦とか良くないか?部活紹介で人気投票するとか!」
「人気のない部活が不満を訴えてココに乗り込んで来るからやだ」
「それもそうか…。じゃあ適当に割り振っとけ。前年よりは少なく」
「…そうする」
肩を落とすリオにいつの間にか田倉が茶を入れて差し出していた。
それをリオが疲れが取れるような笑顔で受け取り、田倉は目許を緩める。
微笑ましい光景にうっとりと見とれていると、成路がついに音を上げた。
「っ無理!飽きた!」
「まだ40分しか経ってないよ」
「40分も俺が椅子に座ってただけ偉いだろ。外行ってきていいだろ?」
椅子の背もたれにだらし無くもたれかかってリオを仰ぐ。
リオも慣れているのか仕事が捗らないと判断したのだろう。
呆れたように外へ出る許可は出しても、しっかりと仕事を言い付けた。
「外行くなら委員会の見回りとパソコン研究部と映画研究部に今年部員入らなかったら廃部って釘刺してきて。予算食って仕方ない」
「りょーかい。康太も行くぞー」
「えっでも…」
「いーから」
ぐいっと腕を引かれて困惑する。
リオの仕事が増えるのではないだろうかと懸念する。
だが、飽きてダラダラと仕事をするほうが能率が悪いと言う成路の言葉にも納得させられてしまう。
困った末にリオを見遣った。
「行ってきいいよ?英臣はいるし、飽きてミスが増えたら確かに効率悪いから」
「えと…じゃあ…行ってきます」
「行ってらっしゃ…成路ストップ」
「あ?」
羽を伸ばせると鼻歌でも歌いそうにご機嫌だった成路は呼ばれてポケットに手を入れたまま振り返る。
リオは立ち上がって自分のネクタイに指をかけた。
その仕種だけで何もないとは分かっていてもどきっとしてしまう。
「ネクタイは?」
「持ってきてない」
「今日は風紀委員が見回りしてるはずだからちゃんとして…」
しゅるしゅるとネクタイを解くだけでも康太には十分に萌分補給になるのに、リオはそのネクタイを成路の首にかけた。
リオが呆れながら器用に成路にネクタイを結ぶ長年の恋人のような様子を、田倉がじっと見つめている。
三角関係が今すごく美味しい!
明日みちるに言おうと決めて、しかと目に焼き付けた。
リオは綺麗に仕上がったことに満足顔でノットをぽんと叩いた。
「これで良し」
「そんなに風紀委員ってうるさいんですか?」
「うるさいっつーか」
「委員長が何かにつけて生徒会の是非を説いて来るんだよ。風紀委員も仕事内容が似たようなものだから」
「こっちとしては風紀委員無くしてもいいんだけどな職権乱用とか非難されかねないし、どっちにしろ付け入る隙は与えたくないわけ」
「はあ」
「しっかり仕事しろとは言わないけど文句言わせないように見た目だけはきちんとしてね」
笑顔で言うのだが、いつもの笑顔とは違って相手に威圧感を与えるものであった。
リオにこんな顔をさせる風紀委員はどんな集団なのかと少しだけ興味が湧いた。
リオに言われたとおりパソコン研究部と映画研究部へ釘を刺しに行き、部室を何とも言い難い空気にしてから外をぶらぶらと歩くついでに各委員会の仕事ぶりを見て回った。
次は美化委員会でも見に行こうかと足を向けたとき康太たちの向かいから三人組が歩いてきた。
真ん中を歩く三人のリーダーに見える彼は高慢な態度で、左腕に風紀委員の腕章をしていた。
想像の通り、彼は胸の前で腕を組み不遜な態度で成路に声をかけた。
「珍しくきちんと制服を着ているじゃないか、香椎」
そんな物言いに成路は微塵も気にしていない様子で答えた。
「お陰様で」
「見回りなら僕ら風紀委員がする。生徒会室で仕事でもしていたらどうだ」
彼はキョロキョロと辺りを気にして少しだけ声を上擦らせた。
「柳君は来ていないのか」
「口うるさいのに会いたくないからって生徒会室で仕事してるよ」
成路が肩を竦めて答えると彼はぐっと押し黙った。
それ以上は何も言わず、罰が悪そうに踵を返した。
背中を見送りながら成路はやれやれ、と頭をかいた。
「行くか」
「あ、はい」
歩き出した成路の隣に並んで今見た状況を怖ず怖ずと尋ねてみる。
間違いでなければ康太にとって暇つぶしの妄想の火種としてはかなり美味しい関係だ。
「今の人が風紀委員なんですね…」
「厄介なのは小形だけだけ。突っ掛かってきた奴な。後ろの二人はただの付き添いだから」
「その……小形さんは…リオ先輩の事が好き…なんですか?」
「そ。残念ながら報われないけど」
「ああ…それは」
あっさりと肯定したことに虚を衝かれながらもリオの嫌悪感たっぷりの態度を思い出せばよく分かる。
男同士以前の問題だろう。
それに気付いていないらしい小形が哀れに思える。
「俺もリオを小形にやるくらいなら田倉のが安心できる」
「田倉君はリオ先輩が好きなんですか?」
「なんだ見て気付かなかったか?」
気付いてたとも。
色眼鏡で見ているため都合良く見えているのかとも考えたが、妄想に大差はないことに胸中でガッツポーズ。
なんと美味しいことか。
「懐いてるなあ…くらいにしか。リオ先輩は知ってるんですか?」
「リオは居心地が良いくらいにしか思ってないだろ。そもそも田倉はリオとどうこうしたいとかはないし」
「勿体ない…」
「アイツはリオが笑ってるならそれでいいとか地で行く奴だから。俺には理解できない」
「なら香椎先輩がリオ先輩を幸せにすれば…」
言ってしまってから自分で口を塞いだ。
だが、成路は元々そういう類の話を気に留めないタイプなのかリオに限り許容できるのか追及はされなかった。
成路は何気なく答える。
「俺は色々考えすぎてるからダメだな」
「色々?」
楽観的に見えるのだが素振りよりも物事を考えているということだろうか。
口ではリオのほうが仕事が出来ると言っていても実は成路のほうがそつなくこなせたりすると康太としては妄想のいい材料だ。
成路は何も答えずに生徒会室へと足を向けた。