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02

次の日、遅刻しないように早めに家を出た。

教室に着くと、まばらにいるクラスメイトの中にみちるを見つけた。

純白の制服に黒の髪はよく映え、清楚な顔立ちの彼女はクラスの中でも一際目を引く存在だった。

同じクラスだと今まで気付かなかった自分が、いかに周りを見ていなかったか。

嘆息してからおはよう、と声を掛けるとみちるはすぐに柔らかく笑いかけてくれた。


「おはようございます」

「同じクラスだったんだね」

「ええ。それよりも一つお尋ねしたいことがありまして…」


少しだけ、みちるは目を伏せる。

みちるから斜め前の自分の席に鞄を置きながら「何?」と返す。

すると、言いづらそうにしていたのが嘘のように


「日野原くんの中ではリオくんは誰とカップリングされているのかと」


彼女はにっこりと笑った。

康太は絶句するしかない。

断定形で尋ねられ、言い訳も思いつかない。

これは妄想しているのが完全にバレているのだろう。

大事な友人を邪な目で見るなと釘を刺されるのだろうか。

あわあわと誤魔化すように手を振ったりしながら、ふと気付く。

だが、そんな事を言うためならわざわざカップリングなどと言うだろうか。

そもそも知識があるのか。

一か八か。


「……香椎先輩。リオ先輩は天然受…」

「あら。誘い受ではなく?」

「そんな人なの?」


リオは無意識な行動が相手を煽っていて、気付けば押し倒されている想像だったのだ。

例えば不意に笑いかけてどきっとさせたり。

あんなに柔らかな雰囲気の人が相手を誘惑などするだろうか。

返ってきた返事が予想外で、突っ込むのも忘れて聞いてしまう。


「相手に因ります」

「あ、それなんか美味しい」

「でしょう?成路さんはリオくん相手だと意外と押しに弱いんですよ」


ウインクでもしそうな微笑みに、思わず頭を垂れた。


「…お見それしました」

「いえいえ。見方は人それぞれですから」


くすりと笑う顔は、昨日みた笑顔よりも屈託のない笑顔だった。


「永田さんもこういうの好きなんだね…なんか意外」

「窮屈な生活ではこれくらいしか娯楽がなくて…満喫しています」


他にも娯楽はあるだろうと思いながら、康太も人生で一番の娯楽はコレなのだから、と突っ込むのをやめた。

それから彼女とBL談義に華を咲かせようと思ったのだが、その前に一つ言っておかなければならないことがあった。


「昨日はごめんなさい」

「はい?」

「いやね。昨日、香椎先輩の口元を永田さんがハンカチで拭いたでしょ?リオ先輩の役目なのにって怒りそうだった」

「構いません。私も見ず知らずの女性がしていたら言い兼ねませんから」

「友達!」


あまりに懐の広い言葉に康太は、ひしっとみちるの両手を握った。

今までこの関係の友人はいなかったため、妙な嬉しさが込み上げる。

みちるも同じだったようで友達です、と笑いかけながら手を握り返してくれた。


「一個気になるんだけど、リオ先輩を香椎先輩以外の誰とカップリングすると思ったの?」


あの状況では香椎以外に男子はいなかった。

モブという選択肢もあるが花が綻びるように笑う彼女が果してそんな鬼畜な回答をするだろうか。

彼女の返事に康太はまた絶句することになる。


「日野原くんです」

「………。ないよ!」

「男性なら一度は自分とカップリングするかと……」

「ないない。大体あんな綺麗な人と釣り合わないよ」

「日野原くんも素朴で可愛らしいですよ」

「雑食すぎない?」

「私はなんでも美味しく頂けます」


語尾にハートがついていそうなお嬢様らしからぬ発言に、彼女なら鬼畜選択肢もあったかもしれないと思い直した。


「お昼は生徒会室に行かれますか?」

「え?開いてるの?」

「ええ。あの建物は旧館ですので私たち以外に利用者はいませんから」

「そうなんだ。みんなで食べるの?」

「はい。面白いものも見られると思いますよ」


へえ、と相槌を打ちながら、担任が教室に入ってきたために話は打ち切られた。






昼休み、みちると二人で図書館へと向かう。

誰もいない静かな空間を独占できるのだと思うと優越感が心をくすぐった。

階段を上ったところで、みちるは扉の前で立ち止まる。

「お取り込み中だと困りますから」と、どこまでが冗談なのか分からないことを言い、口元に人差し指を立ててウインクしてみせた彼女は扉をノックした。

返事の代わりに静かに扉が開き、そこには背の高い水色のシャツを着た生徒が立っていた。

もしかすると成路よりも高いかもしれない。

伏し目がちな憂いを帯びた目元に長い前髪が被さっていて、明るめの茶髪はふかふかと柔らかそうにゆるくウェーブがかっていた。

あちこちと髪が跳ねているが、けれど不思議と根暗やだらしないという印象は受けなかった。

ただ、睨んでいる様子はなくとも無言で見下げられるため、威圧感はかなりある。

立ち竦む康太にみちるが声をかけた。


「彼が田倉(たくら)くんです」

「ど、どうも。日野原です…よろしくお願いします」


戸惑い気味に頭を下げると、「よろしく」とぶっきらぼうな低音ボイスが降ってきた。

会話が止まって困惑する。

何を考えているのか表情からは伺えず、そこはかとない取っ付きにくさを覚える。


「し、身長高いですね、どれくらいあるんですか…?」

「181」


一応答えてくれはしたものの、声に抑揚はなく淡々としたもので妙な不安にかられた。

「高いですね…」と、それも尻窄まりにしか言えずそれ以上会話は広がらなかった。

仲良くしてあげてとリオに言われたものの早速自信をなくしそうだ。

深く息を吐いた康太の背中を、みちるがやんわりと押してくれて部屋に足を踏み入れる。

田倉はすでに康太たちに背中を向けていてソファの背後から手を伸ばした。

見るとソファにはリオが横たわっていた。


「利緒さん」


田倉の呼ぶ声に違和感を覚える。


「起きてください」

「んん…」


声が優しいのだ。

先程のような単調なものではなく、微かに甘い響きを持っている。

表情は相変わらず無表情のままだったが、それもリオにおはようと言われるとすぐに目元を緩ませた。

堅くなった体をぐぐっと両腕を天井に突き上げて伸びをしながらリオは苦笑して言う。


「やっぱり英臣(ひでおみ)の膝がないとソファは寝苦しいな」

「すみません…」

「俺の我儘だから。はい、ありがと」


リオは申し訳なさそうに目を伏せる田倉に「何言ってるの」と笑いかけながら白いブレザーを田倉に返した。

隣にいるみちるに康太はこそっと耳打ちする。


「膝枕をしてたのでしょうか」

「日常茶飯事です」

「また見れるかな?」

「今日はもうないかもしれませんね…」

「そっか」


ひそひそ話終了。

リオが田倉以外の人間に気付いて振り向いたからだ。


「もうお昼?」

「はい。今お茶入れますね」

「ありがと。30分くらい寝たかな?」


リオは今度は田倉を振り仰ぐ。

田倉は無言で頷いた。


「足痺れてない?」

「俺は平気です」

「香椎先輩は来ないんですか?」

「さあ……俺は4限目出てないし」

「いいんですかそれ…」

「生徒会の仕事だって言えばサボれるよ。成路はそのうち来るんじゃないかな」


リオが言ったとおりに、みちるが人数分のお茶を用意した頃に成路は部屋に入ってきた。弁当の包みを二つ提げて。


「リオ、弁当」

「ありがとー」


「忘れてた」と受け取るリオに、「ったく」と成路は呆れたように呟いた。

普段はリオがしっかりしているように見えて、たまにリオが抜けているときはしっかりと成路がフォローするのがいい。

妄想が叶ったりで腹の底から何かが湧きあがる。


「カメラ構えたらやばい?」

「心のカメラを構えてください」

「…がんばる」


リオを挟んで、右側に田倉、左側には成路と視覚的に美味しい状況だ。

成路がリオの弁当からおかずを攫い、唇を尖らせるリオを宥めるように田倉が自分の弁当を差し出す。

ありがとうと遠慮なく田倉の弁当からおかずを貰い、顔を綻ばせる。


「なにこれ呼吸困難なる」

「死んでは見れませんよ」

「二人とも仲良くなったんだね」


こそこそと話す康太とみちるにリオは嬉しそうに笑いかけた。

ある意味、リオのおかげで仲良くなれたのだが。

そう言う訳にもいかないので曖昧に笑い返した。


「あ、今日放課後来れる人」


リオがみんなに問うと、みちる以外が手を挙げた。

用事があるのですみません、と困ったように笑うみちるに、気にしないでとリオが言う。


「じゃあみちるちゃん以外集合。仕事あるから頼むよ」


リオがそう言って全員に笑いかけると、「はーい」と男たちの低音が部屋に響いた。






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