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街中トレジャー・ハント

作者: 雷稀

こんにちは。


前書きを書くとネタバレする傾向があるので、作者の思いは全て後書きに。


それではどうぞ。

彼女と同棲し始めてから約半年。

誕生日の今日、昼前に目が覚めた。

日曜と言う事もあり、外からは子供の声が聞こえている。

彼女の姿は無く、リビングのテーブルを見ると一枚の紙があった。


『 』


ふざけてるのかこれは。

彼女からの誕生日プレゼントが白紙の紙一枚など聞いた事も無い。


呆れてソファに寝転がり、携帯を開いた。

開くと同時に、はさまっていたであろう一枚の紙は俺の顔面に着陸し、息をすると微かに揺れる。


その小さく折りたたまれた紙を開くと、彼女の字で文字が書かれていた。端には小さく、ひらがなでサインがしてある。


『どーせ分かんないだろうと思ってヒント。レモン汁に反応する薬品があるの知ってる?』


……つまりあれか、レモン汁をさっきの紙にぶっ掛けろって事か。

なんでそんな面倒な事をさせるんだ。そのまま手紙に書けばいい事を。


レモン絞るのめんどくせぇ、などと考えていたら、キッチンにボトル入りのレモン汁が置いてあった。

自分で仕組んでるくせに用意のいい奴だ。


レモン汁を皿に注ぎ、そのまま紙にかけようとして思い留まった。

ティッシュにレモン汁を浸し、紙を撫でる。

定石通り、ひらがなのサインと共に文字が浮かび上がってきた。


『某ちゃんねる掲示板へ。紫式部と検索』


某ちゃんねる掲示板って……。

ため息をつきながらノートパソコンを引っ張り出す。

掲示板のトップページで、「紫式部」の文字を打った。


いくつかのスレッドが出てきた中、一番新しいものを開いてみた。

……というより、明らかに分かるようなスレッド名だった。

「暗号の手がかりはこれだよー。早く見てねー」

なんというか、馬鹿丸出しだ。

開いて見ると、投稿者の名前は紫式部。

始めの書き込みには、手掛かりらしきものが書かれていた。


『めぐり逢ひて見しやそれとも分かぬ間に 雲隠れにし夜半の月影』


いやまて、何で短歌だ。

ツッコミどころ満載だが、嬉しい事にこれは知ってた。

俺は百人一首が好きで、有名どころのいくつかは意味まで覚えている。

意味を頭の中で必死に探すと、ひとつの文章が出てきた。

「見たのは月であったのかそれすら分からない内に雲隠れした夜半の月。あなたはそれと同じくらいあっと言う間に帰ってしまいましたね」

いや解読しても意味が分からない。

記憶の紐を辿りに辿った。


彼女とのデート。何回あったか分からない喧嘩。

待てよ。最初の喧嘩は確か……。


そうだ。付き合って暫くした時のことだ。

駅前の「パープル・ムーン」という喫茶店。

今時都会ではちょっと珍しい、個人経営のカフェだ。

学生時代からお気に入りのそこは、すぐに彼女のお気に入りにもなり、同棲前は待ち合わせに良く使った。今でもたまに二人で出かけるほど、そこは居心地がいい。


確かそこで、初めて喧嘩をしたんだ。

待ち合わせをして、俺が行くと彼女は既に待っていた。

最初は良かったものの、くだらない事で喧嘩をして、すぐに帰った俺。

思えばあの時何であんなに……って、思い出にふけっている場合じゃない。


ともかくそこへ向かえって事か?

あいつが待っているんだろうか。きっとそうだ。

待ち合わせの暗号だったに違いないだろう。


パソコンのウィンドウを閉じかけ、ある事に気付いた。

書き込みが幾つかある。

ほとんどが意味不明なスレッドを叩いたものだったが、彼女のものと思われる書き込みを発見した。


『冷蔵庫のボウルは凍ってるよ』


そうかそうか。ボウルを見ろって事だな。

今度こそ書き込みが無いのをチェックし、パソコンを閉じる。

冷蔵庫をあけると、確かに大きなボウルが居座っていた。

ずっしりと重いボウルの中身は、氷である。

水をいれ、そのまま凍らせたであろうもの。うっすらと奥に何かあるのが見える。

解凍しろって事か。


段々ヤケになってきた俺は、ボウルをそのままレンジにぶち込み、三分間加熱した。

三分後、七割の水と三割の小さくなったボウル型の氷がレンジから出される。

奥にあるのは、厳重に包まれた手紙のようなものだった。

水を捨し、もはやビニールの塊のそれを取り出し、ビニールをはがす。

出てきたのは予想以上に小さい紙で、そこにはこう書かれていた。


『目的地に行けば、ある人が待ってる。あなたの好きな物を頼んで』


そうかそうか。喫茶店へ行って、俺の好きなもんを頼めば良いって事だ。

今回はそれらしく、英語でサインがしてある。


ここまで来ると最後までやってやろう、と思い始めてきた。

財布をジーンズのポケットに突っ込み、家を出る。


駅前のいつものカフェに入ると、そこには友人が居た。


「やあ。久しぶり」

コーヒーを前に手なんか上げちゃって、こいつも良くやる。

「あいつに付き合わされて、ご苦労様」

この友人は学生時代からの知り合いで、元同級生の俺と彼女の共通の友人だ。

昔から三人でよくつるんで遊びに行ったものだ。

「まあ、かけて。何頼む?」

こいつは何を頼むか聞かされているんだろうか。好奇心に溢れた目をしている。

「マスター、コーヒー。オリジナルブレンドで」

気のせいだろうか。友人が、がっかりしたような、それでいてちょっと嬉しいような顔をした。

かくれんぼで見つかった子供みたいだ。


「渡してくれって頼まれたよ。ま、頑張って」

コーヒーを飲んでいると、友人に一通の手紙を渡される。

今度のは封筒まで付いて、なんだかちょっと豪華だ。

「ありがとな。お代はらっとくから」

コーヒーを一気に流し込み、席を立つ。

「あ、いいよいいよ。必要経費で彼女から貰ってるから」

心の中で盛大にずっこけ、結局自分のコーヒー代だけ払って出る。

友人は新たに頼んだホットケーキを嬉しそうに食べていたので放って置く事にした。


家に帰って封筒をあけて見ると、その手紙には衝撃の内容が書かれていた。


『はーずれ。ボウル、一個じゃないの気付いたかな』


ひらがなのサインが微妙にイラついた。

このやろう、やってくれたな。


冷蔵庫を勢い良くあけて見る。物凄く奥に、手のひらサイズの小さいボウルがあった。

中には氷、そして手紙らしきもの。

わざわざ買ったのかこれ。

彼女がちょっと可愛く思えてきた。


さっきと同様、レンジで解凍すると、ビニールの塊が出てくる。

塊の中には、小さな紙が入っていた。


『さてさて、今度は本物。目的地で、あたしの好きなものを頼んでね。覚えてるかな?』


ちくしょう、もっかい行くのかよ。

腹立たしくなってきたが、今更やめるのはごめんだ。


喫茶店に二回目の到着を果たすと、相変わらず友人がのんびりしていた。

「やあ。さっきぶりだね」

目の前にはホットケーキの空き皿が置かれている。もう食ったのか。

「マスター、えっと……アイスティー、ストレートで。あと、今日のケーキ」

彼女はこのメニューを良く頼んでいた。日替わりのケーキが楽しみで、カフェへ向かう途中はいつも笑顔だったのを覚えている。

顔馴染みのマスターも、何があったんだという顔でケーキとアイスティーを運んできた。


しかし困った、俺は甘い物が嫌いだ。

アイスティーを無言ですすり、友人を伺った。

「その…これ、食ってくれるか」

美味しそうなチーズケーキ。美味しそうでも、食うと後悔する事を俺は知っている。

「ん。じゃあ、はい。ここで開けてね」

返事をするか否か、皿を自分のところへ寄せ、ほおばり始めた。

誰も取らんから、ゆっくり食べろって。


チーズケーキの変わりに受け取った封筒を開けると、今度は丁寧に書かれた手紙のようなものだった。


『いつもありがとう。今日は楽しんでくれた?

一緒に住み始めてから初めての誕生日だったから、何か特別なことがしたくて。考えた結果、これでした。

疲れさせちゃったらごめんなさい。

私は今日一日、家に隠れていました。場所は秘密。

この手紙を読んで、あなたが帰ってくる頃には、私はいます。

あなたと夜を過ごす場所で、待っています』


ひらがなのサインが、今度は愛おしく思えた。

こんな遊びに付き合うなんて、俺も馬鹿なんだろう。だが、楽しかった。


店を出て空を見上げると、すっかり日が落ちかけている。

橙色に染まった雲と、群青色の空。誕生日に相応しい空だった。


家に帰り、「夜を過ごす場所」つまり、寝室に向かってみた。


ベッドに腰掛け、プレゼントを持った、お腹をラッピングした彼女が笑顔で迎えてくれる。

サイドテーブルには、手作りのケーキが乗っていた。


「はい。プレゼント。それから……」

お腹に視線を落とし、手を添えた。

「あなただけじゃなく、あたしにもプレゼントだよ。ふたりのプレゼント」


お腹のラッピングを解き、ゆっくりと二人でお腹をさすった。

今日と言う今日は、忘れられない日になるだろう。

彼女からの謎解きサプライズ。二つのプレゼント。

思えば俺は彼女から、数え切れないほどたくさんのプレゼントを貰っている。

目に見えるものも、見えないものも。


夜はたっぷりとキスをした後、手を繋いで眠った。

読んでくださりありがとうございます。


今回の作品、お馬鹿路線ながらも、最後にはちょっとした感動を残してみました。

いやあ、楽しいですよね、こんなサプライズあったら。

私はしてもらいたいものです。


今回の作品、一番困ったのは本編ではなく、小説のジャンルでした。

文学?いや違う、冒険?そこまで大規模では無いような…

推理?え、これ推理でいいのかな…


結果的にその他にしました。無難ですよね、やっぱり。

読者様の方で、「いやこれコメディーじゃね?」などというご指摘ありましたら是非。


さてさて、次困ったのは百人一首の部分。

百人一首が好きなので、登場させて見ました。

…はいいものの、短歌をどれにするか、百の短歌を前に悪戦苦闘。

迷いに迷った結果、これにしました。


個人的に好きな歌もあるのですが、ここに登場させられなくて残念です。

また機会があったらのせたいな。


では長くなりましたが、最後までお付き合いありがとうございます。


感想・アドバイス等ありましたら、よろしくお願いします。


7月25日

誤字修正しました。

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[良い点] とても面白かったです。 主人公の遊ばれようには笑ってしまいました。 ラスト、少し涙が…… [気になる点] 誤字二ヶ所発見、 『の』○が『野』× 『何か』○が『何科』× になってま…
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