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第四話 少年の力と少女の心

「つまり……別に私を助けるためじゃなかった、と」

「し、知ってたら必ず助けに入ってましたよ?」

「オボロ、たらればってとても無意味なものじゃない?」

「ご、ごもっともです」


 朧が刀を投げた経緯を説明すると案の定というべきかイリアは呆れた表情を浮かべた。

 朧はというと盗賊に襲われていたというイリアの話を聞いて治安の悪さに驚いた。加えてイリアの腰元のベルトにぶら下がっている短剣を見て、武器を携帯する必要があるほどと判断する。

 しゅんとなる朧を見てイリアはしばし黙考し考えがまとまったところでニヤリと唇を歪めて言った。


「んーそれでも助けられたのには変わり無いのよね。だからちゃーんとお礼をしてあげる」

「随分上から目線のお礼で――ナンデモナイデス」


 まるで格好の獲物を見つけたような猛禽の瞳に朧は気圧される。逆らったらあかん、とワケもなく関西弁で脳が警告を訴えている。


「その……カタナ、だっけ? それを見つけるのを手伝ってあげる。どうせまだこっちの世界に慣れてないんでしょ?」

「それはありがたい……あれ、俺まだ異世界から来たなんて一言も言ってないよな」


 イリアの口から当たり前のように発せられた確認に朧は疑問を抱く。イリアの答えは至極簡単なものだった。


「勇者ツクヨは異世界から召喚された。もうこれは常識に近いわね。そのツクヨの弟なんだからオボロも異世界から来たって分かったのよ」

「へぇ……もしも、俺がツクヨの弟を騙ってるだけだとしたら?」

「それでも大して変わらないわね。この世界でオボロみたいな魔力ゼロなんて本来は存在しないの。だからオボロは異世界から来たってことになるわ」


 魔力が全く無いと言われた朧は若干ながらショックを受けた。なんだかんだでファンタジーな世界に来たからには魔法を使ってみたかったのだ。


「それに、嘘だったらすぐに分かるしね」

「ま、まさか読心の魔法とかあんの!?」


 恐ろしい世界だと朧は恐怖しそうになるが、イリアは首を横に振る。どうやら違うらしい。


「オボロ、もしかして気付いてないの? 思ったこと全部顔に出てるわよ」

「そんなまさか。俺は笑顔のポーカーフェイスですよ? 思ったことが顔に出るわけが……」

「……その笑顔に感情が乗ってちゃだめでしょ? ポーカーフェイスなら同じ表情を維持しなきゃ」

「ガーン! ってことは今の今まで感情ダダ漏れ!? 妙に俺の感情を言い当てる奴が多かったのもそのためか! 誰か一人くらい教えてくれたっていいじゃないか、んにゃろー!!」


 器用にも笑顔のままショックを受けたり憤慨したりする朧。ころころと表情を動かす様をイリアは至極面白そうに見つめていた。


「まぁまぁ、それはこれから徐々に直していけばいいでしょ? とりあえず街まで行きましょう?」

「おう……って、探す当てはあるのか? あの盗賊達が持っていった可能性が大きいと思うけど」


 歩き出したイリアに着いて行く形で朧は歩く。自信に満ちた表情で語り出すイリアが朧にはとても頼もしく思えた。


「うん、十中八九あいつらね。盗んだり奪った物は何処かにあるはずのアジトに運ばれるはずだけど……今回は事情が違うわ」

「事情、っていうと……?」

「盗んだ物が勇者の私物だってことよ。多分だけどあいつらはオボロのことを勇者と勘違いしてるはず。だって魔力ゼロなのに風を纏ってたんだもの。容姿とかは知らなくてもそれだけで十分。なら、そんな恐ろしい存在の持ち物を後生大事に抱えるなんてありえないわ。いつ取り返しに現れるかわからないもの」

「なるほどな……だけど流石に捨てるのは躊躇うはず。見た目も高級感があるから一番考えられることは――売却か!」

「そう、それもできるだけ早く足がつかないように。それにはここから一番近い位置にある街ジィネアが好都合なのよ。今は行商人達も多く集まってるからね」


 朧の反応が気になったイリアは言葉を切って少し高い位置にある朧の表情を伺う。案の定感情ダダ漏れの満面の笑顔が浮かんでいた。


「すげぇ、すげぇよイリア! こんな短時間でそこまで考えつくなんて……」

「ふふ、ありがと。売り払う前に押さえれたら一番ね。もしも売り払われた後で見つかったら……その時は貸しにしてあげるわ。利息は取らないから安心してね」

「う……その時はよろしくお願いします」


 手伝いに収まらず借金の約束までしてくれるイリアに朧は深く感謝する。もしあのまま一人で探す当ても何もかも無かったらどうなっていたかと考えて身震いした。


 朧は歩きながらイリアから話を聞き情報を仕入れていく。現在自分たちがいるのはユスティアという国だということ。この世界には人間と魔族、それに加えて魔物が存在しているということ。どれも興味深いことだったが、朧には一番気になっていたことがあった。


「イリア、魔法について教えてくれないか?」

「いいわよ。魔法っていうのはこの世界の生き物が潜在的に持ってる魔力を使って行使される力の総称よ。魔族が一番魔法の力が強くて、人間は二番目、次に一部の魔物ってとこかしら」

「魔物も魔法が使えるのか。確か……人型を取ってるのが魔族でそれ以外だと魔物になるんだよな?」

「えぇ、そのとおりよ。まぁ使えるとは言ってもせいぜい身体強化くらいだけどね……。次に使える魔法の属性だけど基本的に一人につき一つと考えてもらっていいわ。属性は大まかに分けると火・水・風・土・金・光・闇ってところね。稀に二つの属性を使える人もいるけど本当に極稀。三つ以上の属性を使えた人は今まで存在しないわ――オボロのお兄さんを除いて、ね」

「ふむ、俺や兄貴の力は魔法じゃないから厳密な意味での比較にはならないけど傍目から見たら驚異そのものってことか」


 複数ある強力な異能に加えて月夜は剣術の腕も達人級だ。朧にはどうしても月夜が無双状態になっている光景しか想像出来ない。真偽のほどは別にして倒したという魔王に会ってみたいという気持ちも出てくる。

 イリアはその話題を待っていたと言わんばかりに目を輝かせる。魔力を使わずに魔法に似た力を使えることが大分気になっていたようだ。


「そう、それよ! ずっと気になってたんだけど、オボロやツクヨの力ってどうなってるの? やっぱ魔力に似た別の物が体の中にあったり?」

「んー……特にそういった物は無いな。完全に能力として備わってるんだよ。物を持ち上げる、速く走る、何かを記憶する。そんな能力に混じって当然のようにあるものなんだ。だから特に何かを消費して発動するってことはない。ただ、使い過ぎれば疲れたり体に異常が出たりするけどな」

「ほうほう、ちなみにオボロはどんなことが出来るの? やっぱり双子だし『風林火山』の四つ?」

「いや、俺は――――ちょっと待ってくれイリア。何か来るぞ」


 朧の感覚が接近してくる何かを捉える。


「え? えぇっと…………よく分かったわね、多分魔物よ」


 遅れて察知したイリアが魔物だと断定する。

 イリアを庇うように朧が前に出た瞬間、右前方の木の影から茶色い巨体が飛び出してきた。猪を巨大化させ立派な牙を生やしたような魔物だ。血走った目で今にも飛びかからんとする気配を漂わせている。


「リアルブルファンゴかい。まぁ問題なくいけるかな」

「ほ、本当に大丈夫? あいつの皮は生半可な攻撃じゃ通らないわよ」

「大丈夫大丈夫。タイミングもちょうどいいから俺の能力を一つ披露させてもらいますよっと」


 寸分も気負いすることなく朧は無造作に前に出る。それと同時に巨大猪も雄叫びをあげながら突進を開始し、朧と巨大猪の差が一瞬で縮まる。激突。イリアは紙切れのように吹き飛ばされる朧の姿を幻視したが現実はそんな事態にはならなかった

 重たい空気を叩いたような音があたりに響き渡る。イリアはその光景を目の当たりにして言葉を失った。重さにして軽い自動車ほどはある巨大猪を朧は右腕で受け止めていたのだ。

 不自然なのが傍目から見てもよくわかる光景だった。たとえ朧がかなりの怪力を誇っていてもその重さを消すことは出来ないはずなのだ。だが、朧の足元を見てもそんな重さが掛かっているようには見えない。そこでイリアは気づいた。


(手が……触れていない?)


 そう、朧は右腕で受け止めてはいなかった。巨大猪は見えない壁に押されるようにその動きを止めていた。朧は右腕に意識を集中させるように左手で右の手首を押さえる。


「これが俺の異能の一つ」


 ゴッ、と風が勢いよく朧へと殺到する。あっという間に圧縮された風の塊は朧の言葉と同時にその威力を開放した。


「吹き荒ぶは暴嵐が如く」


 爆発するように発生したのは小型の竜巻。まるでその体が紙切れであるかのように翻弄されながら巨大猪が宙を舞う様をイリアは呆然と見送りながらぽつりとつぶやいた。


「……勇者がどうして恐れられてるのか分かった気がするわ。魔力消費なしでこんなことが出来るなんて反則じゃない」

「ちなみに兄貴は六つの異能を使いこなせる。俺は『暴嵐』も入れたら五つ」

「へぇ、化物兄弟ね。もしくは歩く攻城兵器」

「今日会ったばかりなのに容赦無いですねイリアさん! でもそれがいい」

「街の中で使わないようにね……警邏の人に見つかったらまず間違いなく追い出されるだろうから」

「はいはーいっと」


 何事も無かったかのように二人は歩き出す。朧は至って普通に、イリアは不自然に高鳴る胸の鼓動を悟られないように隠して。


(たった一つの異能だけでこの威力か……ますます欲しくなっちゃったわ。絶対に手に入れてみせるわよ、オボロ)


 森の終わりが近づき石畳の街道が見えてくる。ジィネアの街はすぐそこまで迫っていた。

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