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第三話 衝撃ゴシップ

「――『風林火山』だ!! 逃げろおおおお!!!!」


 突然の事態に朧は困惑する。少しだけ拓けた場所へと辿り着いた瞬間に人が蜘蛛の子を散らすかのように逃げていったのだ、無理もない。とりあえず朧は身に纏っていた風を霧散させる。


(……『風林火山』? まさか聞かれてたのか……恥ずい)


 困惑と羞恥に苛まれながらも朧は視線を巡らせて周囲を確認したところでこちらを見つめる人影に気がついた。その人影は見事な金髪に紅い瞳の少女だ。

 朧は見たこともないほどの美貌を前に見惚れるが、しかしそれもほんの一瞬のこと、すぐにビクリと体を硬直させる。なぜなら朧の目の前に立つ美少女は今にも涙が溢れそうなほど潤んでいたからだ。


(マズい……もしかして投げた刀が当たったのか!? いや、外傷は特に無さそうだし……ハッ!)


 朧の頭の中で先程の光景がリプレイされる。朧が現れた途端に怯えるように逃げて行った男達。記憶が正しければ二人ほど担がれていたように見えていた。


(もしかして当たったのはさっきの男達か。うむ、ならば問題無し……じゃないな。そんな突発的な暴力シーンを見せてしまったら上手くお近づきになれ――ん、んん!! いや違うんだよ。やっぱ可愛い子とはコミュニケーションを取っていかないと人生に色が無いっていうか……ねぇ?)


 心の中で誰も聞いてないことで言い訳をする朧。

 少女は動く気配がないのでとりあえず声をかけてみることにした。


「ごめん、大丈夫だった?」


 もちろん投げてしまった刀が当たらなかった、という意味だ。とびっきりの笑顔を添えて言ったおかげか、少女から怯えるような気配は伝わってこない。


「はい、ありがとうございます……神様」

「……はい?」


 朧は聞き間違いだろうかと思わず聞き返した。何故か礼を言われ、次には神様呼ばわり。もしかしたら自分の耳がいかれてしまったのかと朧は危惧した。


「ッ――――!! ご、ごめん。今の無し! 忘れて!」


 ハッと目を覚ましたかのうように口調を改める少女。わたわたと手足をばたつかせながらも深呼吸をして高ぶった意識を鎮める。数秒後には凛とした笑みを浮かべる少女がそこにいた。


「ふぅ――――私の名前はイリア・スティーレ。さっきは本当に助かったわ、ありがとう」


 どうやら目の前の少女――イリアの中では先程の第一声は無かった事になっているらしいと朧は認識する。ならば触れてやらないほうが良いだろうと考えた。未だに礼を言われる理由が理解出来ていないが少なくとも第一印象は好印象のようだ。


「良く解らんがどういたしまして。俺の名は猛神朧だ。気軽に朧と呼び捨ててくれ」


 朧は何気なく名乗るがイリアは怪訝な表情を見せる。

 彼女の口から溢れる音は朧にとって予測不能な物だった。


「オボロ……? ツクヨじゃないの?」

「え? ちょ、ちょっと待った! 兄貴を知ってんの!?」


 ツクヨという言葉に食いつく。知り合いならば話は早い。とりあえず月夜に会えば何とかなりそうだと朧は漠然と期待していた。


「それは魔王に立ち向かう勇者ってことで有名だから……兄貴ってことは弟さん?」


 魔王。勇者。ファンタジックな用語が当たり前のように出てきたことに朧は激しく違和感を抱く。しかもそれが常識だとでもいうような表情のイリアのせいで違和感は増すばかりだ。

 異世界トリップ、という言葉が脳裏をよぎる。朧は自分の笑みから力が抜けていくのを感じた。


(おいおい、いくら存在がチートだからって勇者になるこたねぇだろうよ兄貴。んー、つまりあの刀の力は異世界への転移ってことか? そうなると確実にジジイはこの事を知ってる……ここしばらく兄貴と会えない理由を俺は当主としての責務を果たすためと教えられていた。突然居なくなったことを隠蔽するためにそんな事を言ったのか? それか言葉通りに受け取るなら責務=勇者――)


「オ、オボロ? えと、ごめん。何か気に障った?」

「っと悪い。少し考え事してた。――そう、俺はその勇者の双子の弟だよ……多分ね」


 思考の海に沈みそうになっていた意識が浮上する。気遣うようなイリアの様子を前に朧は自信無く答えた。そして即座に頭を切り替える。今は少しでも情報を得る必要があった。


「あー俺は兄である月夜の行方を追ってるんだが……何か知らないか? 些細な事でも何でも良い」

「うぅ……言ってもいいのかなぁ、これ。正直言ってすごく言い辛いわ」


 朧の言葉にイリアは見るからにうろたえる。何かよからぬ情報を持っているようだ。


「あー大丈夫。存在事態が奇跡みたいヤツだから何があっても驚かないって」

「本当に知らないみたいだし教えるけどこれはあくまで噂よ? その、――じゃったって」

「ごめん、聞き取れなかった。もう一回言ってくれない?」

「だから、その……」


 イリアは本当に言い辛そうに言葉を切る。かくしてもたらされた情報は朧を動揺させるには十分過ぎる威力を持った物だった。


「――死んじゃったらしいの。魔王との戦いに敗れてって噂よ」

「……冗談抜き?」

「あくまで噂だけどね。でも現にどこの国でも目撃されてないみたいだからさらに信憑性が出てきちゃってるのよ」

「あの兄貴が死ぬとか考えられねぇ……それに、死んでたらジジイが俺に刀を届けろとか言うはずが無い。ってことは現在進行形で危機に陥ってる最中か? あ、そういえば刀」


 完全に頭の隅に追いやっていた刀の存在を朧は思い出して視線を巡らせる。さっきの男達に当たっていたならそこらに落ちているはずなのだが――。


「……無い」

「え、何が?」

「刀だよ、刀。飛んでこなかった? こう、真っ黒な鞘で妙に高級そうな……」

「んー確か二人の盗賊を昏倒させた後、もう一人に当たって落ちた記憶はあるけど」


 しかし何処にも見当たらない。足元の草はそれほど伸びていないので草の根をかき分けること無く見渡せる。朧は体中から嫌な汗が吹出す感覚に苛まれる。


「無い、な」

「無いわねぇ……もしかしてかなり大事な物だった?」

「月夜に届けなきゃいけないんだよ」

「……なんでそんな物を投げるのよ? 助けてもらった私の台詞じゃないけどもっとマシな方法は無かったの?」


 呆れたようにイリアは言う。確かに助けるためならいくらでも方法はあった。問題は助けた本人はそんなつもりじゃなかったという一点のみ。


「いや、右手が言う事聞かなくてよ……そういえば気になってたんだけど、助けたってどういうこと?」

「……え?」


 微妙な空気が二人の間に充満していく。

 かくして朧は月夜に届けるべき重要アイテムを失う事となった。さらには月夜の安否すら不明という始末。


(あれ、超不味い状況じゃねぇ!?)


 今更気づいても途轍もなく遅かった。

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