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第二話 奇跡的エンカウント

 眩い光にたまらず朧は目をつぶる。しばらくして光が収まり視界が回復したとき朧の目に飛び込んできたのは富士の樹海も真っ青な大自然だった。


「……何がどうなってやがるんだ」


 未知の体験に朧は困惑する。異能力的な何かが発動したのは確かだがそれがどんな効力を持っていたかが断定出来ない。考えられるとすれば――


「転移、かな。力は強大だったけど攻撃的な印象は全くなかったし……だけどあれだけの力を使って人一人を転移させるってなると何処までも行けそうだな」


 朧は念のため体の状態を確認する。特にこれといった異常はない。強いて言えば抜いたはずの刀がしっかりと鞘に収まった状態になっていることくらいか。試しに抜こうと力を込めるがやはりと言うべきかびくともしない。


「月夜に危機が迫ってるからこの刀を届けろ、ねぇ。でかしたっつーことはジジイにとっても俺がコイツを抜けたことは僥倖だったってことか? そもそも兄貴の危機をどうしてジジイが予知出来るんだよ? せめて状況説明して欲しかった……」


 朧は緩やかに頭を働かせるが効果は上がらない。さらには必死になって月夜のところまで辿り着いても、この刀なしで強敵をフルボッコする月夜を見学する情景がありありと想像出来る。

 想像しながらも朧は刀をいじる。抜いた瞬間に転移が発動するならもう一度抜くことが出来れば帰れるかもしれないと考えてのことだ。


「下手すればさらに離れた場所に転移する危険はあるけど……やらんよりマシだろ」


 最初に抜けたときの再現をするように構えを取る。叫ぶ言葉もまた同じ。


「卍解――風林火陰山雷!!」


 高らかに謳い上げたセリフは森の中に虚しく響き渡り木々の中へと溶けていった。


「卍・解! 風・林・火・陰・山・雷!」


 一語一語区切って発音しても何も変わらない。


「くっ……かくなる上は――」


 大声を存分に出してせいでテンションが上がってきた朧はそのテンションに乗っかって高らかに叫んだ。


「疾きこと風の如く、徐かなること林の如く、侵し掠めること火の如く、知り難きこと陰の如く、動かざること山の如く、動くこと雷霆の如し――常勝不敗の理を見よ! 卍解――風林火陰山雷!!」


 聞こえるのは草木が風によって揺らされる音。ときたま鳥が鳴くような声が聞こえる。朧の脳裏にはカラスのアホーアホーという鳴き声が反響していた。


「うあああああ!! もうやってられるかああああああああああ!!!!」


 ついに我慢の限界に達した朧は刀をブーメランのように投擲した。木の枝や葉を強引に突き抜けながら刀は予想以上の勢いで飛んでいく。完全に見えなくなり、音も聞こえなくなったころに朧は正気に戻った。


「し、しまった……無くしたらジジイに殺される!!」


 抜いてお咎め無しだったのはタイミング的な問題だろう。だが流石に無くしたとあればいくらなんでもただで済むわけがない。

 言葉と同時、周囲の風がまるで意思を持ったかのように朧の四肢に収束し渦を巻く。息を吸って吐くのと同じ無造作で朧は異能を発動していた。風を小規模の竜巻のように纏い軽く地を蹴り、まるで空を駆け抜けるように刀を投げてしまった方角へと向かった。




「っ――それ以上近づくと容赦しないわ」


 日が高く昇っているにも関わらず薄暗い森の中に切羽詰った少女の声が響く。

 随分と様になった構えで短剣を持つ少女だ。見ただけでハッと目が覚めるような端麗な顔立ち。しっかり手入れされた金色の髪はウェーブを描きながら腰元あたりまで伸ばされている。全体的に無駄が無くひきしまった体を裾の長い黒のレザーコートを纏い守っている。とても年頃の娘がするような格好ではないが、勝ち気そうな紅い瞳と合わさって苛烈な印象を見る者に与えていた。


「がはは! それじゃお嬢ちゃんのお手並み拝見と行くかぁ。どこまで近づけばいいんだ?」


 だがその苛烈な印象すら逃げ場を無くすように立つ男達にとっては強がりにしか見えなかった。合計で五人になる男達の格好はバラバラで統一されていない。彼らはこの近隣を根城にする盗賊だった。

 男達は下卑た視線で少女を見据えながらまるでいたぶるようにゆっくりと距離をつめていく。少女の背後には巨大な大木が塞いでおり逃げ場がない。

 少女は近づいてくる男達を歯噛みしながら見る。心なしか短剣が震えているのは彼らにプライドを傷つけられたからか、それとも恐怖からか。

 男達の包囲の輪が狭まる。この後に起こる事を想像して恐怖が次第に心を染める。窮地に立たされた少女は普段絶対に祈ることが無い者に藁にもすがる思いでか細く啼いた。


「助けて――――神様」


 瞬間、奇跡は響き渡った。


『――疾きこと風の如く――』


 その場にいた全員の動きが止まる。堂々と響き渡った声と同時に広がったのは――動揺。誰も身動きを取れない。まるでそれは一語一句聞き漏らすまいとしているようにも見えた。


『徐かなること林の如く――侵し掠めること火の如く――知り難きこと陰の如く――動かざること山の如く――動くこと雷霆の如し』


 それは『悪』と名のつく行為をするものにとって死刑宣告にも等しいうた


『――常勝不敗の理を見よ』


 ある日突然姿を現した正体不明の勇者を表す詩。たった一夜で数千にも及ぶ魔王の軍隊を滅ぼした逸話すらある男の詩。そして――死んだという噂が流れる男の詩。


『卍解――風林火陰山雷』


 かくして詩は完成し、常識外の力が発揮される――ことは無かった。

 直後に異変が起こらなかったことで男達は安堵し、少女は落胆した。その刹那――


 超速の勢いを持った刀が飛来した。


 悲鳴を上げる間すら与えず頭部に命中し順番に二人の意識を刈り取る。三人目の胸元辺りに当たったところでようやく止まった。三人目で命中した男は気絶せずにはいたがかなりの激痛に苦鳴を上げる。

 少女が息を飲む中、草木を吹き飛ばすような勢いで現れた者を見てついに彼らは悲鳴を上げることになった。

 何処か違和感のある銀髪に黒い瞳。ふとすれば女性的にすら見える整った相貌には人好きしそうな笑みが浮かんでいる。細身だが決して非力そうに見えない体を紺を基調とした綺麗な服で飾っている。左胸で金色に光る見たこともないエンブレムは何処の国の物だろうかと少女は考えた。

 しかし、男達はその容姿を殆ど見ていなかった。少年が現れてからじっと感じ取っていたのは『魔力』。彼らは必至に少年の魔力を探っていた。だが――


「こ、こいつ魔力が……無い!!」


 『魔力』それはこの世界に生きる者にとって絶対に存在する物だ。魔法の行使を可能とする根源の力を誰もが生まれた時から身に宿しているのだ。それは人間でも、魔族でも、魔物でも変わらない。『魔力が無い』ということはまず間違いなく有り得ない話なのだ。

 その存在しないはずの『魔力ゼロ』はある日突然現れたある男だけ。


 魔力を使用せずに魔法を扱う勇者『タケガミ・ツクヨ』


 目の前に立つ少年が魔力ゼロにも関わらず風を操っている事を確認した瞬間、男達の行動は迅速の一言に尽きた。


「――『風林火山』だ!! 逃げろおおおお!!!!」


 男達は気絶していた二人を担いで脱兎の如く逃げ出していく。残されたのは何かを探すかのように視線を動かす少年とある種の熱を孕んだ瞳で少年を見つめる少女だけ。


「ごめん、大丈夫だった?」


 優しげな笑みを浮かべて少年は声をかける。

 意識がふわふわと浮かぶ現実味が無い感覚に侵されながらも少女は応えた。


「はい、ありがとうございます……神様」

「……はい?」


 金髪紅眼の少女『イリア・スティーレ』は自身を救ってくれた神のような少年に感謝を告げた。

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