ウェンディー・ファルセット
トントントン
夕暮れ時
鼻孔をくすぐる
美味しそうな匂い
オレンジ色の窓
見つめて思う
「……あの人、そろそろ帰ってくるわ」
今日は何を作ろう
嫌いだと聞いている野菜
だけど健康は大事だから
細かく切って隠す
まな板に
包丁のリズム刻まして
「でも、すぐに行っちゃうからね」
手の込んだものを
作ってあげたい
だけど、
あなたはそれを食べ切るほど
この家にはいない
私の側にはいない
「……あっ」
ぽつり
落ちた
玉ねぎ切ってる最中
おかしいな
しみてくる刺激は
目じゃなくて
私の心を痛みつけていた
「はは、何今更泣いちゃってんのよ」
笑ってみた
無理矢理
乾いた嘘は
鼓膜を揺るがす力もない
でも
私の蓋をあける力は
あったみたい
心の奥底に沈めていたのに
あーあ
溢れ出てきちゃった
止められない雫たち
「どうして」
どうして、どうして、どうして!!
私はこんなにもあなたのこと
愛してるのにっ!
何故、あなたは
私の側にいてくれないの?
何故、あなたは
いつもあの子の隣にいるの?
あなたは私無しじゃ
生きてゆけないくせに。
あなたはあの時私に
愛してるって言ったくせに。
「――でも、愛してる」
あなたの愛
実はこの玉ねぎみたいに
みじん切りになって
隠れて見えないのかも
私、
そう思ってるから
そう信じてるから
だから
まだ私の愛はある
あなたへの愛
まだ生きてる
そう良い聞かしても
この流れる涙
止めることは
とうとう出来ず、
隠した野菜たちと一緒
混ぜて
炒めて
茹でて
揚げて
私は、
食べるあなたと
微笑む私自身に
この気持ち
――――偽った。