ログインしてください
ーーログインしてください
スマホにはアカウントの入力画面が表示されている。女はひとつしか持っていないメールアドレスを入力した。次へ、と書かれたボタンを押すとパスワードの入力画面が現われる。画面の指示に従い、女はパスワードを入力する。
ーーパスワードが違います
赤い文字のエラーメッセージを読み、女は眉間にしわを寄せた。打ち間違えたのだろうか。そう思い、もう一度さっきと同じ文字列を入力する。たが画面は変わらず、パスワードが違うことしか分からない。
スーパーのセルフレジの前で女はスマホを睨みつけ、焦る気持ちを抑えながらパスワードを思い出そうとする。夕方の込み合う時間帯。複数台設置されたセルフレジはすでに列ができている。
女は、6個入りの卵をひとパック、買いたいだけだった。それが電子マネーのパスワードが違うせいで、支払いができずにいる。後ろから、早くしろ、というあるはずのない声が聞こえてくる気がする。かばんの中に財布は入っているが、最近できたこのスーパーは現金取扱いなしと大きな看板を掲げている。
パスワードを忘れた方はこちら、という文字を女は押した。
ーーパスワード再設定用のURLをメールでお送りしました
ピコンと通知音が鳴る。女は通知から、メールアプリを開こうとする。
ーーログインしてください
いつもは自動ログインされるはずなのに、と思いながらアカウントとパスワードを順に入力していく。
ーーパスワードが違います
えぇ、と思わず苛立ちの声が小さくもれる。すでに両隣のレジは人が入れ替わっている。左のレジを操作する客が女の声を聞いたのか、ちらりと視線を向けた。女だけがいつまでも支払いができないまま、ひとつのレジの稼働を滞らせている。目の前の無機質な筐体からも、早く決済端末にスマホをかざせと、プレッシャーを感じる。
パスワードを忘れた方はこちら、という文字を押した。
ーー認証コードをSMSでお送りしました
画面のメッセージとほぼ同時に通知音がなり、女は即座に通知をタップする。
ーーこのメッセージを開くには、パスキーを設定してください
ーーパスコードを入力してください
ーーパスコードが違います
ーー認証コードをSMSでお送りしました
ーーこのメッセージを開くには、パスキーを設定してください
ーーパスコードを入力してください
ーーパスコードが違います
ーーこの入力はあと3回間違えると端末がロックされ、データはすべて消去されます
女は卵のひとつも買えない。




