水槽の寄居虫たち
どうも、星野紗奈です。
夏までに書いていたものがたまってきたため、ぼちぼち投稿していこうかなと思います。
この作品は、珍しくSFというテーマに挑戦してみたものです。
稚拙ではありますが、あたたかく見守っていただけますと幸いです。
それでは、どうぞ↓↓
今度の引っ越し先はどこだと思う? 僕はね、あの黄色いのがいいな、尻の方にちょっとだけ赤い斑点があるやつ。
……ん? ああ、もしかして、新人くんかい? ようこそ、元人間のヤドカリたちが住まう管理水槽へ。
ここへ来る前に説明はされたはずだけれど……、さては、あんまりちゃんと聞いていなかったね? まだ状況が飲み込めていない、って目をしているよ。わかるさ、その飛び出た小さな黒目がこれでもかってくらいしっかり語っているじゃないか。まあ、仕方がない。ここはひとつ、僕がこの水槽のことを教えてあげよう。
ええと、まず……。新人くん、君は罪を犯した。それは間違いないね? ……よし、いいだろう、その調子だ。ここは、無期懲役の判決を受けた罪人たちが集まる水槽だよ。見た通り、確かに僕たちはヤドカリだが、元は皆人間だ。要するに、意識だけがヤドカリに移されているってわけだ。……元の体? さあね、もう長いこと見ていないから。
ところで、人間の意識をヤドカリに移そうだなんて、よくもまあこんなことを考えたと思わないかい? さて、新人くん。このことについて、どう思う?
ははん……君、さてはあんまりニュースを見ていなかっただろう? まあ、犯罪者っていうのにも色々あって、几帳面なやつはこまめに情報収集しているんだけれど……、あいにく君はそう言う人間じゃないみたいだ。……ああ、訂正しよう、今はヤドカリだったね。
話を戻して、今君が置かれているこの状況がどうして生まれたのか、僕の知っている範囲だから少し前の情勢までしか辿れていない訳だけれど、経緯を教えてあげよう。
簡単に言うとね、この国は今、おしまいの一途を辿っている真っ最中なんだよ。
真っ先にその原因に挙がるのは、食糧不足だ。原因は、食料自給率の低下と貿易の停滞。
一つずついこう。まず、食料自給率の低下だ。これは二つ大きな要因があってね、一つは働き手の減少だ。少子高齢化、なんていうのは随分前から言われていたけれど、その進行は結局抑えがきかなくて、今も圧倒的に人手が足りていないんだ。いくらロボット社会になったとはいえ、そのロボットを作っていたのは紛れもない人間だった、って話だよ。
それからもう一つが、都市開発。新人くんの生まれは――なんて聞くのは野暮か。もうこのヤドカリの体から戻ることもないだろうしね。ええと、なんだっけ……そう、都市開発。ここ数十年は特に都市の発展が目覚ましかっただろう? あちこちに新しいビルや工場が建ってさ。さて、ここで質問だ。それらの建設地はどうやって確保したと思う? 焦らす話でもないだろうから言ってしまうけれど、正解は農作地の買収だ。今時、生の野菜なんて一部の物好きにしか売れないからね。おまけに、高齢化で後継者もろくにおらず、放置されて荒廃した田畑が多すぎたんだ。でも、だからといって開発に回し過ぎた。おかげでこの国は、ほぼ自力で食料を生み出せないと言っても間違っちゃいないのが現状だ。
元となる材料がないなら輸入すればいいだろうって? それが三つ目の原因なんだ。貿易の停滞、要するに、お偉いさん方が交渉に失敗し続けているのさ。そのせいで、海を越えた先には数多の国があるっていうのに、ろくに食料を買わせてもらえていない。
そんなわけで、この国は絶賛食糧不足なんだ。これは案外複雑な問題でね、まず食料が少ないってことは、食事のコストがうんと上がる。食事の価格があがるってことは、賃金も上げないと生活が釣り合わない。だから、労働コストも上がっていくだろう? しかし、どんなに国内での供給が回復したとしても、国民を養うだけの食料が得られる見込みは現状あり得ない。つまり、外交も続けるほかないんだよ。それで、上の方々は何をしたと思う? 土地を売り始めたんだ。軍事基地の開発拠点としていかがですか、ってね。これで実質的に国土も減っている。
新人くんは、国を構成する三つの要素を知っているかい? 領土、国民、主権、だ。何が言いたいかっていうとね、つまり、僕たちの国の食糧不足問題は、結果的にこの三大要素を奪うまでに発展していて、とってもピンチだってことだよ。
……おや、ベルが鳴ったな。宿替えの時間だ。落ち着いたらまた続きを離してあげるから、まずは宿を探さないと。とりあえず、僕について来て。
移動しながらで申し訳ないけれど、宿替えについて説明するね。不定期に、さっきみたいなベルが鳴るんだ。一回なったら開始、三回連続で鳴ったら終了の合図だ。ヤドカリとしての生活は基本的に求められることなんか何もないけれど、これだけは唯一の規則なんだ。宿替えに失敗して、――次の宿を見つけられなくて、素っ裸のままでいると、連れて行かれちゃうんだ。ぬっと、上から手が伸びてきてね。ヤドカリからすると人間っていうのは意外と大きくてさ、あれに鷲掴みにされたらもう逃げられっこないんだろうなあ、と思うよ。どこに連れて行かれるのかは、僕も知らないんだ。ヤドカリとして生活し始めてからは、もう人間の話している言葉も理解できなくて、新しい情報が入ってこないからね。
……ああ、ちょうどいいところに。君、これなら入れそうかい? 暗くて見にくいかもしれないけれど、これだよ、これ。……よし、いいだろう。初めは宿から抜けるのも一苦労だろうが、まあ頑張ってこっちの宿に入り直してみてくれ。その間に、僕も宿を探してくるから。そうだな、さっきの黄色いのにしようかな。……確かに、サイズさえ合えば本当は何だっていいんだろうけど、僕は欲しいものは手に入れたいタイプだからね。こういうのはこだわっていかないと。
――――ふう、お待たせ。悪いね、時間がかかってしまったよ。いや、別に隠すようなことでもないんだけれどさ、僕と同じようにあの宿を狙っていたやつがいたみたいで、まあ……ちょっとじゃれていたんだよ。はは、お恥ずかしい限りだ。足? ああ、平気だよ。これくらい、ヤドカリになってから何回も経験しているから。ヤドカリっていうのは案外タフでね、脱皮なんかを繰り返しているうちに、もげた足も再生するのさ。だから、そう心配しなくても大丈夫だよ。……こうやって人に心配されるのはいつぶりかな。なんだか小恥ずかしいな……ああ、そう、今はヤドカリだったね。ふふ、ありがとう。
おっと……今、ベルが三回なったのが聞こえたかい? これが宿替え終了の合図だ。そうしたら――ほら、ライトがゆらゆら動いているだろう? 宿を見つけられなかったヤドカリを探しているんだ。……くそっ、あのデカブツはまだ生きのびているのか。随分でかくなってきたし、そろそろ宿が見つからなくなる頃合いじゃないかと思っていたんだけれど……おや、あの小さいのが捕まっているじゃないか。ろくに成長している感じもしないから、ありゃあ多分、来て間もない子だろうな。可哀想に。新人くん、君はラッキーだったね。最初に僕みたいな親切な案内係に出会えたんだから。
落ち着いたところで、さて、話を――と思ったけれど、やっぱり先に少し食事をしないかい? 僕、お腹が空いてきて……。ああ、餌はね、特にないんだ。だから、適当にその辺のものを――ああ、あれなんかちょうどいいんじゃないかい? 脱皮した抜け殻……じゃないな、こりゃあ死骸だ。とはいえ鮮度は悪くなさそうだし……うん、まあ、いいか。新人くんは? あ、そう、なら遠慮なく。……いや、ヤドカリって雑食らしくてね、これは別に僕だけがおかしいわけじゃないからね。
じゃあ、食べながらで悪いけれど、さっきの続きをしようか。この国がどうしておしまいか、ってところまでは話したから、僕たちがヤドカリに意識を移されるのとそれがどう関係しているのか、ってところだね。
僕たちは罪人だろう? だから、死ぬほど働かせて食料を作らせれば……と思う人――いや、ヤドカリもいるかもしれない。でもね、この国はもうそんな程度じゃ挽回できないレベルまで堕ちてしまっているんだよ。だから、時代は省コストなんだ。ヤドカリは小さいから、場所をとらなくて済む。実際、この水槽の中で何十匹ものヤドカリが生活できている。人間をそのまま置いておくより、よほど小さなスペースでおさまるだろう? それに、餌も必要ない。ご覧の通り、と言っちゃ皮肉かな? ともかく、ヤドカリは勝手にあるものを食べるからね。それから、これは僕の予想だけれど、消費電力も比較的少なく済んでいるんじゃないかな。ここが真っ暗なのは、僕たちの生態に合っているみたいでね――そう、夜行性ってやつだ。ずっと夜にしておけば、いつでも宿替えを促せるだろう? まあ、宿替えが人間にとってなんのメリットになるのかは、僕にもさっぱり分からないけれど。
そんなことを配慮するくらいなら、罪人たちを殺してしまえば、って? いやいや、それは無理な話だよ。無期懲役、って一度は出てしまっているからね。それを勝手に殺したりなんかしたら、それは独断で死刑を執行したってことになってしまうんだよ。倫理的に大問題なのさ。
つまりまとめるとね、ヤドカリとして罪人を管理するのは、とっても低コストで効率がいいんだよ。でも確かに、よくよく考えてみれば、真面目に刑務作業をするようなやつらも少なかったし、ヤドカリになったところでさして生活に不便もないし、こっちのほうがよほど合理的なのかもしれないね。
……ん? 今日は二回目の宿替えか。随分忙しないな。まあいい、次は君も自分で宿を――いや、ちょっと待ってくれ。何か来る。
ああ……これは、まずいな。さっきやり合った連中だ。それに――、あっちはもしかして、さっき僕が食べたあの子の知り合いかな。因縁をつけられてしまったかもしれない。やっかいなことになった。
なあ、落ち着いてくれ、君たち。話をしようじゃないか。僕たちは穏便なヤドカリ仲間だ、そうだろう? ああ、くそ、宿替えを口実に僕を虐めたいだけじゃないか。頼む、やめろ、やめてくれ……ああ、また、足が……。
ぐ、おい、聞こえるかい、新人くん。どうかこれを受け取ってくれ。そうだ、僕のお気に入りの宿だ。こいつらにくれてやるくらいなら、これで君が生きのびてくれた方がずっとましだ。その宿に入ったら、ゆっくり離れて安全なところにいてくれ。僕は……僕は、もう駄目っていうなら、こいつらも道連れにしてやる。くそっ、離さないからな……。
が、はあ……なあ、まだ聞こえているかい? 短い時間だったが、君はとても無期懲役を言い渡された元罪人とは思えないほど静かで優しいヤドカリだった。僕は反面教師ってやつでさ……、ヤドカリの生活っていうのは、本来はこんなに物騒じゃないんだ、本当に。だからどうか、あんまり落ち込まずに、ヤドカリとしての生活を楽しんでくれ。それで、できれば、長生きしてくれよ。
*
ぼんやりと意識が戻ってきた感覚がして、ゆっくりと目を開いた。天井の丸い照明にかざすように、右手を持ち上げる。そこには赤黒い鋏ではなく、指が五本生えている。人間の形だ、と当たり前のことを思った。
もぞもぞと寝台から体を起こす。背骨が変に曲がっていないことを擦って確かめていると、近くにいた職員がこちらを振り向いた。
「先生、お疲れ様でした。ご気分はいかがですか」
「問題ない。それより、忘れないうちにレポートを書かないと」
「何かお手伝いは……」
「不要だ」
「かしこまりました。では、後ほどまた研究室までお伺いしますね。お飲み物はいつものハーブティーでよろしかったですか?」
「ああ」
不愛想な返事に嫌な顔一つせず職員が頷いたのを見ると、黙って部屋を出た。軋んだ扉の先、節電を理由に薄暗くなってしまった廊下は、相変わらず不気味だ。
年二、三回、こうして職員がヤドカリの生態調査を行わなければならないのは、やはり非合理的だと思う。担当の番がやってくると、快晴であっても頭痛がしてきて、いつもうんざりする。
意識を移して彼らの思考まで把握する必要はあるのか? そのための電力は? 人件費は? 身体的拘束に見合う成果は? レポート作成の時間は?
この調査一つのために、通常の業務がとにかく滞るのだ。ただでさえ解決すべき問題は数えきれないというのに、たかがヤドカリ、それも元罪人たちのためにこれほどまでの時間を費やさなければならないことは、非常に不満だった。しかし、これも国のための仕事となれば、放棄して逃げ出すこともできない。そんなことをしたら、私もアレにされてしまう。
「案内係……制度説明の省略を検討……思想および言論の統制……曖昧な倫理観……記憶消去が有効か……」
俯きながら顎を撫でて考えていると、途中、深い灰色の床を無機質な白い光がぼんやりと照らし出しているのに気がついた。ふと顔を上げれば、大きな窓ガラスの向こう、薄暗い部屋の中にいくつもの水槽が並んでいた。ガラスの板に囲われて、色とりどりの殻を被ったヤドカリたちがもぞもぞと蠢いている。
まだこんなところまでしか歩いてきていなかったのか、と肩を落とす。研究室までの道のりは遠い。生態把握調査の度にあの寝台のある部屋まで呼ばれるのなら、いっそ研究室をもう少し近くに配置してくれないだろうか。あるいは、もっと昼間に調査を行ってくれれば、わざわざ目を凝らしてこの暗い廊下を進んでいく必要もないだろうに……。
廊下に漏れていたのは、窓際の卓上電気スタンドの明かりだった。その下には銀色のトレーが置かれていて、冷たく光を反射していた。すると、かた、と微かに音が聞こえた。ガラス越しに覗き込む。ヤドカリだった。おそらく、宿替えで選別されたのだろう。足が二本もげたヤドカリが、みっともなく急所の柔い腹を晒して、じたばたともがいていた。
前に食べたときは、確か、タラバガニみたいな、身の小ささに目をつむれば案外悪くない味だった。最近は選別の頻度が増えているようだし、また近々食べることになるだろう。
「どうせなら、名前くらい聞いてみればおもしろかったかな。何か発見があったかもしれない」
出っ張った黒い目が、諦めずにぎょろぎょろと揺れている。左右非対称の体は、起き上がるのに随分苦労しそうだった。
「先生、まだこんなところにいらっしゃったんですね」
そう声をかけられて、パンプスの音が後ろから近づいてきていたことに気がついた。形の違うものとして過ごすのは、短時間とはいえ、負荷がかかる。私も多少は疲れているのだろう。
「先生に聞きたいことが山積みだって、皆さん、待っていらっしゃったんですからね」
「はいはい、わかった……」
職員に背を押され、ため息をつきながら、再びゆっくりと廊下を歩き出す。
かた、かた、と、拠り所を失った小さな生物が、金属製のトレーの上で寂しくもがいている音は、徐々に遠のき、やがて暗闇に沈んでいった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました(*'ω'*)




