6 アベルの心の傷
荷馬車には棺桶が積まれていたが、どれも空で、男たちも葬儀屋のようには見えなかった。
彼らはそれぞれ腰や頭をさすりながら起き上がると、よたよたと馬車に乗り込み、一目散に逃げていった。
子どもを救出したので、アベルも深追いはしないで戻ってきた。子どもの扱い方を知らないのか、女の子を犬か何かのように自分の後をついて来させている。あたしが走っていって、女の子の手を引いた。
「どうしてこんなことになったの? お姉さんにすっかり話して」
二人に視線を合わせて膝をついて、あたしはたずねた。
テオと名乗った少年は、また顔をくしゃくしゃにした。
「冒険ごっこをしたくって、エンマと荷台に潜り込んだんだ」
「冒険ごっこね。あたしも覚えがある。でも気をつけなくちゃ。知っている人の荷馬車じゃなかったでしょ?」
「動くなんて思わなかったんだもん!」
幼いエンマもしゃくり上げる。
「おいらとエンマが乗り込んで、箱のふたがゴトって鳴ったら、あいつら大急ぎで馬車を出したんだ。あっという間に街を出て、あの丘のところまで来て、エンマが泣くから、あいつら初めておいらたちに気付いたんだよ」
「飛び降りられなかったのか?」
アベルが口をはさむ。
「だって……ものすごく速かったんだ。あいつら、おいらたちの顔を見るなり、いきなり喧嘩を始めて。ひとりがぶん殴られてのびて……それから『代わりにこいつらを売りつけてやる』とか何とかわめいて……」
「怖い思いをしたのね。でも、もう大丈夫」
あたしは二人の頭をなでてあげた。
「きっとあいつら、こないだのドクサツ犯だ」
テオが鼻にしわを寄せる。
あたしはギクっとした。舌足らずな子どもの言葉だが、お父さまが侯爵さまのご次男に毒を盛らせたという偽の噂の件に違いない。ここ半日ほど忘れてしまっていたものの、ヴィルダの街ではこんな小さな子どもまで知っているのだと思うと、いきなり怖くなってきた。
「毒? 何のことだい?」
案の定、アベルが食いつく。ただ、いかにも他人事なのが不思議だった。
騎士としての任地からわざわざ呼び戻されたのなら、当然お家の騒動は聞かされているものだと思っていたのに。
「食べるものや飲むものに入れるんだよ。口に入ると死んじゃうんだ。そういう悪いことをするやつがいるんだよ」
おそらくアベルの聞きたいこととはズレているのだろうが、テオは得意げに語った。
「おとうは、そんなの嘘だって」
エンマが、兄を見上げて言う。
「嘘じゃない。街の人はみんな言ってるぞ。毒を盛ってる悪い奴がいるってさ」
「嘘よ」
「嘘じゃない!」
幼い兄妹は言い合いを始め、テオがエンマを肩を小突いた。エンマは草原に尻餅をつき、みるみるべそかき顔になる。
「妹に何をするんだ!」
突然、アベルが怒鳴った。怒りに顔を紅潮させ、テオの両肩をガシッとつかむ。
「相手は年下だ。おまえより力が弱いんだ! 兄の役目は、妹を守ることじゃないのか? 怪我でもさせたらどうするんだ!」
アベルに乱暴に揺すぶられて、テオの表情が凍りつく。エンマが火がついたように泣き出した。
「アベル、やめて! 二人とも怯えてるわ!」
あたしがアベルの腕をつかむと、彼ははっと我に返ってこちらを見て、次いで目の前で固まっているテオを見る。
「すまない……」
低い声でつぶやくと、テオを離してゆっくりその場を離れていった。
あたしが子どもたちなだめ、二人がまたキャッキャ言い始めても、アベルが戻る気配はない。辺りを見回すと、少し離れた場所に立つ一本の大木に寄りかかって、遠くの空を眺めていた。
あたしが近付くと、アベルはこちらに背を向けた。
「脅かすつもりじゃなかった。ごめん……」
アベルはふたたび、詫びを口にする。
「あの子たちは大丈夫よ。ちょっと驚いただけ」
「子どもは苦手なんだ。嫌いじゃないけど。ぼくは戦いしか知らないし、接し方がわからない。遊び相手はは弟だけで、あいつは、身体が弱かったから――」
アベルは、少し言い淀む。
「幼い頃、ぼくが無理に連れ出したせいで、寝込んでしまうようなことがあって……それで、義母がね」
「そうだったの……」
アベルが気の毒になった。
一ニの頃から家を出たのは、武者修行のためだけではないのかも。継母との関係が上手くいかず、体良く追い払われたのかもしれない。そのきっかけとなった記憶が心の傷としてよみがえり、思わずテオに強く当たってしまったのだろう。
かける言葉が見つからず、あたしはそっとアベルの腕に触れた。すると、アベルはもう一方の手をあたしの手に重ねてくる。
ほんの一時、ふたりの皮膚の温かさが混じりあった。
何なのだろう。
これまでのドキドキやイライラとは全く違った、せつないような感情がわいてくる……。
◇◇◇
テオとエンマは、ヴィルダの粉屋の子だという。
既に街道から大きく外れていたため、街へは正門ではなく東門から入ることに。エンマを抱える形であたしが馬に乗り、アベルとテオは徒歩で、なだらかな田舎の古道を進む。
「大丈夫だったら。このお兄さんは強いけど、普段はとぉ〜っても優しいのよ」
あたしが少し大袈裟なくらいに言ってきかせても、子どもたちは終始無言。もちろんアベルは二人に謝ったが、いちど警戒してしまうとなかなか打ち解けられないものだ。アベルもすっかりしょげている。
どうにかこの場を和ませる方法はないものか。頭をフル回転させた末に、ある思いつきが芽生えた。
「アベル、笛を吹いてくれない?」
「え、いま?」
アベルが怪訝そうに聞き返す。
「もちろん! 癒しの特技をいま披露しないでどうするの。ねえエンマ、この騎士さまはね、ちょっとした音楽家でもあるのよ」
「音楽家なんて……大袈裟だなぁ」
「本気にしないの。わざと言ってんだから」
「そりゃ、どうも」
「ねえ、エンマ。テオ。あんたたち、好きな歌ない? 普段はどんな歌うたってるの?」
「『ミツバチの歌』」
「『キツネよ、おまえはガチョウを盗んだ』!」
エンマとテオが同時に声を上げる。
「……ごめん、それはわからないな」
アベルがバツが悪そうに言う。
むう……貴族の子弟は庶民の子供たちの歌を知らずに育つのかしら。
「じゃ、『生まれ変わりの悪い令嬢』は?」
「それなら、まぁ……」
アベルは笛を取り出すと、控えめな音で節を吹く。村のダンスでもよく聴く軽やかな曲だ。
すぐに子どもたちの瞳が輝き、歌詞が口をついて出る。
月夜に娘の影ひとつ
別世界の扉が開くよ
おまえは昔、リスだった
星の下でぴょんぴょん跳ねて
令嬢の人生、やり直し
短い節を、アベルは何度も何度も繰り返し吹く。子どもたちは手拍子をしたり、肩を揺すったりしながら歌う。あたしも歌う。昔から大好きな曲だ。
音楽はしだいに速くなる。
あたしたちの合唱も大きくなる。
令嬢の前世がリスからウサギになり、キツネ、オオカミ、最後にクマになると、また最初のリスに戻る。
歌はますます速く、何度もぐるぐる繰り返して、あたしたちの気分も螺旋を描くように上がっていく。
ヴィルダの街が近づいてきた。
二分割した5話の後半です。
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