5 最強のタッグ結成!?
まぶたを開けると、白んだ空を背景に、アベルの顔が目の前にあった。
「なななななな何をしてるのっ!?」
胸元にマントを引き寄せ、大声をあげる。「落ち着いて」と、アベルが両手のひらを向けた。
「声をかけようか迷っていた。あんまり気持ちよさそうに眠っているものだから」
「眠ってた? あたしが?」
「ちいさなイビキをかいてたよ」
「う、うそ……!」
絶対に眠れないと思っていたのに、いつのまにか睡魔にやられていたらしい。
ほてった顔を叩きながら見回すと、消えた焚き火から白く細い煙が上がり、馬には既に馬具が装備されていた。
急いで身体を起こして、乱れた髪をちゃっちゃと一本の三つ編みにする。
今日も良く晴れそうだ。
オレクを村まで送っていったイーヴォは、そろそろこちらに追いつく頃だ。もしくは街で落ち合えるかもしれないとアベルは言った。
昨日に引き続いて馬の相乗りは固辞したが、アベルの言うところではこのまま徒歩で行っても、日暮までには必ずヴィルダの街に着くだろうとのこと。なら、遠慮なくそうさせていただく。
ノイエンフォルク家の御曹司といつまでも一緒にはいられないが、街に着いてからならお別れをするのに良きタイミングだ。
「実はね、街に行くのは初めてなの。どんな所かしら」
「まず、人がたくさんいる。店も物もたくさんあって、お金もたくさん飛び交ってるかな」
「味気のない言い方。もっとワクワクするような説明がほしいわ」
「リディアが街のどんなところに興味があるのか、まだわからないからね。ずっと村を出たことがなかったの?」
「そうよ。許してもらえなかったの。お父さまはお若い頃は闘いばかりで――」
ここで慌てて言葉を区切る。お父さまが騎士だってこと、アベルに知られてはいけないわ。
「――そのぅ……領主さまの軍隊に入って戦場を飛び回っていたから、一人娘には危険な目にあわせたくないのですって。でもあたしは、広い世の中を見てみたいって、ずうっと思い続けていたのよ。だからある意味で、夢が叶ったってわけ」
これが婚約破棄だとか、お父さまへの濡れ衣だとか、そんな理由でなければもっとよかったけど。
「じゃ、初めてお父さんの許可がおりたんだ? 修道院のお姉さんさまさまってとこだね」
「姉ですって? あ……そ、そうね。年の近いあたしの叔母さま。そう、どうしてもお会いしたいって駄々をこねたの」
あぶないあぶない。ゆうべ咄嗟についた出まかせを、すっかり忘れるところだった。
「でもね、きみのお父さんの気持ちも少しわかる。ぼくも剣の師匠にくっついて、あちこち回ったからね。戦がなくても世の中には物騒なことも多い。危険な目にあわずに済むなら、それにこしたことはないよ」
あたしは少しムッとした。
「アベルもお父さまと同じね。ずるいわ」
「ずるい? どうして」
「物騒だ、危険だなんて言いながら、自分は自由に動き回っているんだもの。強制される側は、何がどう危ないのかもわからないままじゃない。あたしはそういうのが我慢ならないの。自分の生き方は自分で決めなきゃ、面白くないわ」
「面白い、か……」
アベルは、細いあごに手をあてて、考え込むようにつぶやく。
「そんなふうに考えたことは無かったな。リディア、きみは本当に面白いね」
「そうかしら。誰だってそう考えるんじゃ――」
笑いながらそう言いかけて、あたしはふと耳をすました。
どこからか、悲鳴のような泣き声のような、甲高い声が聞こえてくる。
「どうした、リディア?」
「しぃっ!」
アベルを制して、辺りを見回す。
「聞こえない? ……ほら」
「ああ……」
アベルも気付いたようだった。
「子どもかな。一人じゃない」
「迷子かもしれないわ。行ってみましょう」
あたしたちは、轍の残る街道をそれて、青々と茂る草原へ踏み込んだ。
声はしだいにはっきりしてきた。
子どもは二人だ。一人は甲高い声で泣き叫び、もう一人は何かをわめいている。
それに重なるように、大人の男のドラ声も聞こえてきた。ただ事ではない様子だ。
あたしたちは足を早めた。
なだらかな丘に登って見下ろすと、声の正体がはっきりとわかった。
荷馬車の上で、ガタイの良い男が、年端のいかぬ少年の頭をつかんでグイグイと揺すっている。少年は、涙声だがはっきりと怒りを含んだ声で「はなせ!」とか「畜生!」などと叫ぶ。その傍で、五つくらいの幼女がわんわん泣いている。
「なにあれ。親子かしら?」
あたしが言ったちょうどその時、男が少年の耳を力任せに引っ叩いた。少年ははずみで荷台から転げ落ちる。その瞬間、アベルは「親でもだめだ」とつぶやくなり馬に飛び乗り、まっしぐらに駆けていった。
あたしも走って後を追う。
「おい、あんた!」
アベルは荷馬車の男に怒鳴る。
振り返った男の顔色が変わった。慌てた様子で馬の背に鞭を入れ、荷馬車を急発進させる。
荷台の幼女の泣き声が激しくなり、取り残された少年が「エンマ!」と走り出すも、石に蹴つまずいて転がった。
「なんで逃げるんだ!」
アベルは荷馬車を追う。
あたしは男の子に駆け寄り、助け起こした。
「大丈夫? あいつ、あんたのお父さん?」
「違うよっ! あんなのおとうじゃないやい。エンマが! 連れて行かれちゃう!」
「アベーーール! 人さらいよ。女の子を助けて!」
あたしが叫ぶと、アベルは「わかった」というふうに左手を上げるなり、早駆けで荷馬車を追った。
駄馬の引く馬車は、すぐにアベルの軍馬に追いつかれた。
御者台の男は、並走するアベルに鞭をふるう。アベルは二度ほど打たれたが、三度目にうまく鞭をつかむと力いっぱいに手繰り寄せた。
人さらいの男は短く叫んで転落した。
「やった!」
あたしはこぶしを振り上げた。そして、同じく小躍りしている少年を連れて走り出した。
御者のいなくなった荷馬車は速度を緩め、少し行った先で停まった。
馬を降りたアベルが荷台に近づく様子が見える。へりにつかまって泣いている女の子に声をかけているようだ。女の子が両手をアベルに伸ばす。もう安心だ、そう思った。
とーー。
荷台の荷物を覆っていた厚い布がむくりと動いて、ざんばら髪の頭が現れた。
あたしは「あっ」と声をあげた。
人さらいはもう一人いたのだ。
荷台の男は、頭痛でもするのか額を押さえて半身を起こし、女の子を抱き抱えて降ろそうとするアベルを見る。アベルは荷台に背を向けていて気づかない。
男は棍棒をひっつかみ、荷台の上からアベルに近づく。
あぶないっーー!
声を出すより先に身体が動いた。
ゴンッ!
鈍い音が響き、荷台の男がひっくり返った。
アベルは振り返って男を見、それからもういちど向き直って、あたしの片手に握られた投石紐に気づいた。
「リディア、今のはきみが……?」
「あなたにぶつけやしないかと、ひやひやしたわ」
二投目用の石を片手でもてあそびながら、あたしは言った。
「すごい、すごいや、おねえちゃん!」
かたわらの少年が、飛び跳ねながら手を叩く。
アベルは大声で笑いだした。
「参った! すごい腕前だな。きみの投石紐とぼくの弓で、大抵の事件は解決できるんじゃないか?」
「あら、石投げはほんの手すさびよ。あたしの本来の特技は、頭脳戦なんだから」
そう返しながら、悪い気はしなかった。
投石の技術を褒められたのは初めてだ。お父さまからは「年頃の娘のすることではない」と眉をひそめられてばかりだったから。
もしかしたら本当に、あたしとアベルで良い相棒になれるかもしれない!?
そんな考えもちょっとだけ、頭をよぎったりして……。
(昨日投稿した5話ですが、長いので二分割しました)
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