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4 インタビュー・ウィズ・“元” フィアンセ

 あたしは猛烈に――モーレツに!――後悔している。


 オレクと一緒に帰ればよかった。


 バカな期待をしたせいだ。

 どこかの貴族の青年騎士との甘いロマンス。吟遊詩人の歌みたいな出来事があたしの身に起こるのかもと、勘違いをしたせいだ。


 どうすんのよ、この事態――。


 あたしは、すぐ傍で馬を引いて歩いているアベルを――あたしの「元」婚約者かもしれない若い男を盗み見る。太陽が西に傾き、少しずつ暗くなってきているのが幸いだ。


 アベルは、鼻歌まじりでご機嫌だ。

 

 馬に乗らずに歩いているのは、あたしが相乗りを拒否したからだった。

 なぜって、後ろから彼に抱きつくか、あたしが後ろから抱き付かれるか、そういう体勢になるわけで!!!

 破談になった相手と身体を密着させるなんて、とんでもなく不適切なことに思える。はっきり言えば、キモチワルイ。


 あたしが勝手にそう感じているだけで、もちろんアベルには言っていないが。


 アベルは、あたしが「とにかく歩きたい!」と言い張ったら、「それが姫のお望みなら」と、自分も馬を降りて歩き始めた。気を悪くするわけでもなく、むしろそれも面白がっている感じだ。


 たぶん本当に、何も考えていないんだろう。居酒屋で気安く話しかけてきたり、最初からいちいちノリが軽かった。単に、旅の道中で面白い女の子を拾ったくらいの感覚なのかも……(それも腹が立つけど、自業自得だから何も言えない)。


 ――ていうか、本当にこの人が「元」婚約者なのかもわからないし。


 ノイエンフォルク家のことなんて、あたしは何も知らなかった。

 お父さまから聞かされていたのは、戦場での侯爵さまとの武勇伝ばかりだった。侯爵さまに何人のお子がいらっしゃるのか見当もつかない。

 ええと、あたしの「元」婚約者はたしか長男で、でも跡継ぎはご次男だったっけ……?

 

 それを確かめるには……。


 自 分 で 質 問 す る し か な い 。


「ん……んんっ!」

 

 あたしは観念して、咳払いをした。


「と、ところで……オルフラッハのアベルさま」


 声が盛大に裏返った。


「ただのアベルとお呼びください、お嬢さま」


 アベルは上機嫌に返してきた。やっと口をきいてくれたと言わんばかりに弾んだ声だ。

 

「その、お嬢さまとか姫とか、やめてくださいません? ()()()アベル。なんだかバカにされているみたいですわ」


「バカにだなんて。ぼくは尊敬しているんだがね。でも気に障ったのなら謝るよ。リディア」

 

 胸に手をあてて、あたしに軽く頭を下げる。いちいち行動にそつが無い。


「きみも普通に話してよ。ぼくも『ただのアベル』って呼ばれるのは、ちょっと嫌だ」


「そ、そうね。ごめんなさい、アベル」


 あたしは謝った。オレクと軽口をたたきあうクセが出てしまった。それだけ動揺しているということか。


「で、ね。差し支えなければだけど、ヴィルダへは……いえ……あなたは元々オルフラッハのお生まれなのかしら?」


 いきなり侯爵家との関係を訊くのはまずい。外濠(そとぼり)から埋めていかなくては。


「いや――」


 アベルの目が宙をさまよう。眉間にかすかに縦シワが寄った。彼が黙っている間、カッポカッポと馬の蹄の音だけが響く。


 気まずい。質問がまずかったのかしら……。


 少し心配になってきたところで、アベルがふたたび口を開いた。


「七年か八年くらい? 生まれは違うけど、オルフラッハには相当長くいることになるかな。ぼくの母の故郷なんだ。一才と五才の頃にも、そっちの家に預けられたことがある。あ、六才だったかな。一二になった時、母の兄――ぼくの伯父が一軍の将に任じられたと聞いて、騎士見習いとしてついていった。以来、ほぼずっとそっちにいた。正式に騎士に叙勲されたのは去年だよ」


 指折り数えながら一気に話す。黙っていたのは、脳内で数字を反芻していたかららしい。

 こちらが知りたいのは、そういう情報ではないのだけど。


「一二才から修行をしてるの? だからあんなに強いのね。さっきの弓、見事だった」


「どうも。きみのカレシを射抜きやしないか、内心冷や冷やだったけど」


「オレクはカレシじゃないわ。ただの幼なじみ」


「ふうん」


「ほんとよ」


「ずいぶん仲が良さそうだったから」


「そりゃ、幼なじみだもの。兄妹みたいなもんなのよ。子どもの頃からほぼ毎日遊んでいたわ」


「そういうものなのか。うらやましいよ」


 アベルは感慨深そうにうなずいた。


「あなたには兄弟はいないの?」


「いるよ。弟がひとり。でも病弱でね。一緒に遊んだ記憶はほとんどない。さっきも話した通り、ぼくは母の実家に預けられることが多かったから。ああ、弟とは母が違うんだ」


 はい、兄弟関係の情報ゲット!

 この話ぶりでは、アベルはおそらく長子だけど、一二の頃から家を出て武者修行をしているということは、家名を継ぐのは弟のほう。つまり、アベルのお母さまは先妻か、もしくは正式な婚姻関係ではなかったってことだろう。


 ――元コン(注:元婚約者の略。by リディア)像に、一致しているような気がする。


 こんなふうに詮索するなんて無作法極まりないが、あたしもアベルの正体を突き止めたいのだ。


 不自然にならない程度に、もう少し探りを入れなければ。急いで次の質問に移る。


「で、旅の目的地のことだけど、あなたもヴィルダの街へ何かご用?」


「ヴィルダに行きたいわけじゃなくて、ぼくの目的地は街を通り越した少しその先。きみは?」


「あ、あたしもヴィルダの向こうまで行くの。ねえ、その先って、ええと……ヴラトツァ修道院のある辺りかしら?」


 修道院は侯爵家の邸宅に程近い、小高い丘の上に建っている。


「まぁそうだね。きみは?」


「あ、あたしもその辺」


「奇遇だなぁ。修道院に用があるのかい? あ、きみが修道女になるとか?」


「そうじゃなくて。あ、姉がねーーううん、本当の姉じゃなくて、叔母なんだけど、年がそんなに離れていないからお姉さまとお呼びしていた人がいるものだから。久しぶりにね……」


 とっさにでまかせを言って誤魔化した。

 ちなみに叔母が修道女なのは本当だが、年はうんと離れているし、全く別の修道院にいる。


「ーーなら、どこか別の戦地に向かっていらっしゃるわけではないのね」


「部隊には暇をもらったんだ。帰ってこいって報せをもらって」


「ご家族から?」


「うん。まぁ、あまり家族って感じじゃないけどね」


 アベルは飄々(ひょうひょう)と答えた。

 

 八年も家を離れて戦場を飛び回っていた息子を、いまさら家に呼び戻すとしたら。

 何かのっぴきならない事情があるに違いない。


 侯爵家では、跡目を継ぐはずの子息がお命を狙われた。もしもアベルがノイエンフォルクの人間なら、それこそお家の一大事。十分、呼び戻す理由にはなる。


 だとすれば尚のこと、あたしがカスパル・ウィルデッケの娘だってことを知られてはならない。お父さまは無実に決まっているけれど、アベルの立場からすればあたしたち親子は敵になる。


 こんな回りくどい会話はやめて、直接訊いてしまえばいいのかな。侯爵さまのご子息が毒を盛られたって噂はご存知?とか、なんとか。さすがにそれは危険すぎるか……。


 と、


「ねぇ、リディア」


 アベルが突然立ち止まって、真顔であたしを見下ろした。


「申し訳ないが――」

 

「な、なに?」


 あたしはこわばった笑顔で見返す。


「日暮までに宿に着きそうにない。野犬退治で時間がかかったし、馬で駆けて行かれればよかったんだが――」


「あ……」


 その通りだった。いつのまにか日は沈んで、アベルも馬も濃い藍色の空を背景に黒いシルエットになっている。


「ほんとね。いやだ、みんなあたしのせいだわ。歩くだなんて意地を通しちゃったから」


「いやいいんだ、いいんだ。ぼくだって歩くのを楽しんだから。馬に乗っていると見過ごしてしまう草花とか、ミツバチとかを眺めたのは、子供のとき以来だからね。だから、そのぅ――」


 はぁ……これは、観念して彼の背にしがみつかなきゃいけないってこと?


「この辺りで野営をしようと思うんだ。どうかな」


「野営!? あなたと?」


 あたしはよほど素っ頓狂な声をあげたに違いない。

 オレクとなら、普通にそうしていただろう。でも「元」婚約者かもしれないアベル(くどいと思われるでしょうが、こだわります!)と、たとえ野外であれ一夜を共にするなんて、全然想定していなかったのだ。不覚なことに。


 アベルもあたしの警戒心は理解しているようで、「姫を安心安全にお送りする誓い」をいろいろな表現で繰り返す。


「それに、きみもお腹が空いたでしょ?」


 この最後の言葉に、あたしのガンコな気持ちも解けた。

 いったん心を決めてしまえば、切り替えが早いのもあたしの長所だ。二人で談笑しながら場所を決め、枯れ枝を集めて、手早く野営の準備を始める。


 アベルは火を起こすのは存外ヘタクソだった。「いつもはイーヴォがやっているから」と言い訳する彼をおしのけ、あたしが焚き火の係になった。


 食べ物は、お互い粗末なものしか持っていないが、チーズやりんごを分け合う。夜空を見上げ、他愛もない言葉を交わしながらの食事は楽しい。


 お腹が満たされると、アベルは小さな横笛を吹いた。こちらはまぁまぁ上手だった。

 戦場ではこういうささやかな音楽が慰めになるのだという。やや饒舌なアベルの頰は、火の粉の明かりでほんのり赤く染まっている。


「今夜はよく喋った。楽しかったよ」


 やがてアベルはそう言うと、焚き火に背を向けて横たわった。


「少し喋りすぎたくらいだ。リディア、明日はきみの番だからね」


「あら、あたしなんて、面白いことは何もないわよ。あなたと違って、ただの田舎娘だもの」


 努めて明るく返したものの、さきほど根掘り葉掘り聞いたことへの罪悪感と、ウィルデッケの娘であるという後ろめたさがこみあげてくる。


「面白い話なんて、別にいいんだ。ただ――きみのことを、もっと知りたい」


 アベルの口調は、眠たそうに、次第に重くなっていく。


「嫌なら、無理強いはしないよ」


「――嫌じゃないわ」


「よかった。じゃ、おやすみ、リディア」


「――おやすみ、アベル」


 次の瞬間、小さないびきが聞こえてきた。


 寝落ち、早っ。


 てか、いびきをかくのね。あまり大きな音になるなら、やっぱり結婚しなくてよかったんだわ。

 だいたいこの人、あたしを振っておきながら、ゆきずりの娘には思わせぶりなことを言って。けしからんったらありゃしない。


 アベルがあたしの元コンである確率は……体感で七割、いや八割ってところかしら。いまのところ、すこぶる高い。

 

 こんなことが次から次へと頭をよぎって、ぐっすり眠るどころの騒ぎではない。

 目がギンギンと冴えたまま、夜明けを迎えてしまいそうだ。

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