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3 旅の道連れはまさかの「元」婚約者!?

 翌朝。まだ夜が明けきらないうちに、男装したあたしとオレクは出立した。

 

 お父さまには、簡単な置き手紙を残してある。けれど、屋敷の見つけにくいところに隠してきたから、家政婦が掃除を終えるまでは誰の目にも触れないだろう。その間に遠くまで行くことができる。


 オレクは昨日にも増してぶすっとしていた。


「まだ怒ってるの?」


 あたしが訊くと、むっと口を尖らせてマントの肩先を指差す。


「なに? あぁ……鳥のフンね」


「鳩だよ。きみンちのお屋敷の周りを飛びまわってた。待ってたらやられた」


「なぁんだ、そんなこと」


幸先(さいさき)わりぃだろ。笑いごとじゃねえ」


「あは。消化されてない実までついてる。洗ってきなさいよ」


 オレクはぶつぶつ言いながらマントを脱ぎ、小川へ降りて行った。


「お屋敷へ行ったからって、侯爵さまに会えるとは限らねえんだぞ。いや、絶対に無理だ。賭けてもいいぜ」

 

 川の水で、小さな赤い果肉がこびりついた染みをゴシゴシやりながらオレクは言う。


「あたしだって、何の考えもなしに突撃してるわけじゃないわよ。……手紙があるの」


「手紙? 何の?」


「その昔、侯爵さまとお父さまの間で交わされた私信。お父さまにお借りしたの。騎士ウィルデッケの戦場での勇敢な闘いぶりと、誠実な友情について、侯爵さまの真心からの感謝の言葉が書いてあるわ」


 あたしは荷物を入れた袋を触って、大切な手紙の感触を確かめた。


「村のお屋敷もね、そのときの功績で侯爵さまからいただいたのですって。あたしが生まれたばかりの頃だけど」


「それを見せりゃ、どうにかなるって話なのか?」


「わからないけど。あたしの身分の証明にはなるし、侯爵さまにお父さまとの友情を思い出していただいて、噂の出処をきちんと調べてくださるかもしれないでしょ」


「どうだかな」


 実は、その手紙には、もうひとつ驚くべき事実が記されている。数日前、お父さまに見せてもらった時には、頭がくらくらして倒れそうになったものだ。


『忠実なる騎士、カスパル・ウィルデッケ。娘の誕生を心から祝う。このまま余と貴殿の友情が続くのであれば、いつかわが子息に妻合わせて、真の家族になるのも楽しかろう』


 つまり、あたしの婚約は、根拠のない話ではなかったってことだ。

 お父さまも忘れていたくらいだし、ほんの軽い気持ちでの口約束だったにせよ――。


 でもまたオレクにからかわれるのも嫌だったし、正式に破談を言い渡された今となっては意味もないので、このことはあたしの胸の中にしまっておくことにした。


 村から街道に出てしばらく行くと、背後から蹄の音が聞こえてきた。

 振り返ると、昨日の二人の騎士が馬主を並べて、軽い速歩(はやあし)で近づいてくる。


「おはよう。お二人さん」


 アベルという名の騎士(いやぁね、名前を覚えちゃったじゃないの)は、速度を緩め、馬上からあたしたちに笑いかけた。


「ごきげんよう。騎士さま」


 あたしも機嫌良く挨拶を返す。

 隣でオレクが「自分だって騎士の娘のくせに」とつぶやいたが、あたしは無視した。

 知らない人にあまり身の上を知られない方がいいのだ。


「うん、その格好なら安心かな」


 アベルは、男装したあたしをまじまじと眺める。

 な、なんか恥ずかしいな……。


「でも、ひとつだけ。長くてきれいな髪がフードからはみ出していたら、遠くからでも女の子だってわかってしまうよ」


「やだ……!」


 自分の肩に手を回して、初めて気付いた。一本のおさげにしてまとめていたはずの髪の毛が、少しほどけて波打っている。

 なるほど。それで背後からでも、あたしたちのことがわかったわけね。


「若さま。先を急ぎましょう」


 従者がいらいらしたように言った。鼻にそばかすのある、目つきの鋭い若者だ。

 アベルはうなずく。「じゃ、気をつけて」と言い残すと、再び蹄を鳴らしてあたしたちから離れていった。


「……あいつ、リディアお嬢さんに気があるんか?」


 オレクが横目であたしを見る。


「まっさかあ〜!」


 内心ドキッとしたけど、悟られないように大げさに笑ってみせる。


「昨日の今日だし、心配してくれただけでしょ」


「あいつの身なりを見たか? ありゃ相当なボンボンだぜ。気がなきゃ、男みたいなカッコの村娘に声なんてかけるかよ?」


「失礼しちゃう。貧乏だし田舎者だけど、一応は騎士の娘です! ――何よ、オレク。妬いてんの?」


「ばか言ってんじゃねえ! 俺がお嬢さんに付き合わされてんのは、あいつのせいだからな。それが気に食わねえっつってんの」


「ごめん。本当に感謝してる」


 あたしたちは歩き続けた。丘を越えれば、オレクの機嫌も直って、楽しい旅となるだろう。





「あーもう、くそっ! 最悪だーーーー!」


 雨まじりの風が吹き荒れるなか、オレクが叫ぶ。

 あたしたちは街道沿いの、楢の大木の上にいた。いや正確には、あたしが高い方の枝にしがみつき、オレクが低い方の枝に宙ぶらりんになっている。


 オレクの足先から地面までは、大人ひとり分の背の高さくらい。そのすぐ下で、猛り狂った野犬がオンオン吠えかかっているのだ。


 なぜこんな状況になったのか。話は簡単だ。


 午後になり、お腹が空いたあたしたちは、この楢の木の下にすわってリンゴをかじった。

 すると、空がどんどん曇ってきて、ひんやりした風が吹き始める。


「なんだよ、嵐かよ……」


 リンゴの甘みで少し機嫌を直したのもつかのま。また不機嫌になったオレクは、リンゴの芯と、その辺の棒切れを立て続けに放り投げた。

 そこへ響く唸り声。リンゴ芯か棒切れのどちらかが(おそらく後者)が、運悪く野犬に当たったらしい。


 さらにまずいことに、草むらから姿を現した野犬は口から泡をふいていた。

 これは、もしかして……噛まれた人間も死をまぬがれないヤツでは!?


「わああああーーーーー!!!!!!」


 反射的に気に登って野犬をやり過ごそうとしたところに、ざっと雨まで降ってくる。雨はすぐに止んだが、濡れた枝の上でオレクが足を滑らせてしまったということだ。


 オンオンオン! ガウガウガウ!


 野犬は吠え続け、去ろうとしない。


「オレク! なんとか幹の方に来れない? そしたらあたしが引っ張り上げる」


「無理だよ、枝が太すぎて、手が滑る……うぁっ!」


 オレクの片手が枝を離れる。

 あたしも思わず悲鳴をあげた。


 こんな時のために投石紐は持っている。幼い頃からのあたしの得意技で、それでイタチを仕留めたこともあったけど――。

 もう、木に登るのに必死で、肝心の石を拾ってくるのを忘れたわ!


 と――。


 ヒュンッ!

 空を切る音が響き、ほぼ同時に野犬が倒れた。


 オレクも地面に落ちる。


「ううっ! いででで……!」


 オレクは足首をかばい、矢の突き刺さった野犬の亡骸のとなりで、丸めた身をよじっている。


 騎馬の騎士が二騎、丘の上からゆうゆうと姿を現した。先頭の騎士は弓を構えている。アベルだ。


「ありがとう! 助かったわ!」


 木の枝の上から両手をふった。アベルは弓を掲げて応じる。

 大声をだすと気が抜けて、ほろっと涙が出そうになった。

 

 二人の騎士は馬から飛び降り、テキパキと野犬の始末とオレクの介抱に動く。


「カレシくんの足は、ちょっとひどいな。下手すると骨までいってるかも」


 アベルは、まだ枝の上でヘタっているあたしを見上げて言った。


「今のままじゃ旅は無理だ。イーヴォに、きみの村まで遅らせるよ」


 イーヴォと呼ばれた従者は「若さま……」と抵抗しかけたが、諦めたようにオレクを馬の背に乗せた。オレクの表情はつらそうだ。


「で、きみはどうする?」


「……あたし?」


 ずっとぼんやりしていたのだけど、呼ばれてハッと我に返った。にわかに、木の幹のゴツゴツした感触が手や頬に伝わってくる。


「そう、きみだよ。お嬢さん。よかったらきみも一緒に送って行くけど。それとも――」


 アベルはちょっと真顔になる。それから、ニッと白い歯を見せた。


「ぼくと一緒に、旅を続ける?」


「…………」


 一瞬、何を言われたのかわからない。

 従者イーヴォと馬に乗ったオレクが、とがめるような、何か言いたげな視線を送ってよこした。


 彼らを見送ってから、あたしはもう一度アベルを見た。まだあたしを見上げて笑っている。答えなんてわかっているのね。


「――いくわ」


 あたしは言った。アベルは頰を上気させる。


「そうこなくっちゃ。あ、心配しないで。ぼくは騎士だ。姫を安心安全にお守りしますよ。さ、下りた、下りた」


 そんな軽口を叩きながら、アベルは木の上のあたしに手を差し伸べた。右手の薬指に大きなシグネットリングがはまっている。どこかで見たような紋章だけど。


 地上に降りると、アベルはあたしの前にうやうやしく膝をついた。


「ち、ちょっと、やめてよっ」


 恥ずかしいけど、正直、悪い気はしない。


「旅の道連れになるのだから、きちんと挨拶をしなくてはね」


「そ、ね。……あたしはリディアよ」


 早口に名乗って、照れ笑いをする。アベルは「あっ」と慌てた様子で、


「これは失礼。先にこちらが名乗るべきなのに。ぼくは――」


「わかってる。あなたは――」


「――アベル。オルフラッハのアベルと申します」


 オルフラッハとは、侯爵さまの所領からかなり離れた土地の名前だ。周辺の有力者との小競り合いが絶えず、領主も頻繁に変わるという。そこで武者修行をしていた、どこぞの貴族の四男坊といったところか。

 

「どうぞよろしく。リディア嬢」


 そう言うと、アベルはあたしの手を取って、軽く――本当に軽く――口づけをした。


 こういう場合、どう反応すればいいのかしら。冗談として笑い飛ばす? それとも、令嬢らしくもったいぶって振る舞うべきか。

 

 しかし、次の瞬間、あたしの目はアベルの右手に釘付けになった。そう、薬指のシグネットリングだ。

 さきほども見覚えのあると思っていたが、突然思い出したのだ。


 龍と、ブドウのような実を象った――ノイエンフォルク侯爵家の紋章じゃないの!


 てか、え? まって。

 まさか、今まさに目の前でひざまづいているこの男が、あたしの「元」婚約者(ついこないだ一方的に破談にされました!)ってことじゃないわよね?


 

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