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2 アベルという名の騎士

 いきなりの婚約破棄から三日後の午後。

 あたしは領内の村の居酒屋を訪ねて、幼なじみのオレクと会っていた。

 

 「申し訳ねえけど、いくらリディアお嬢さんの頼みでも――」


 オレクはカウンターにビール用のマグを並べながら、声をひそめる。

 まだ日は沈んでいないけれど、店内のテーブルには既に何組かのお客さんが座っていた。


「オレク、そんなこと言わないで。街まででいいから。侯爵家のお屋敷までついてきてくれだなんて言わないから」

 

「ったりめーだ。復縁を直訴しに行くんだろ? そんなみっともないことに協力なんてできるか」


「ちょ、違うわよ!」


 つい大声をあげてしまって、あわてて口を押さえた。復縁なんて、冗談じゃない。そもそも婚約していたことすら知らなかったのに。こっちから願い下げだ。

 

「ちゃんと話を聞いてよ。あたしはね、お父さまの濡れ衣を晴らしたいの。婚約のことなんてどうでもいい」


「――既に噂は広まってるぜ」


「え。あたしの婚約破棄のことが?」


 頰にカッと血がのぼって、あたしは周囲を見回した。


「違えって。親父どのの、毒殺黒幕説のほう」


 結局気にしてんじゃねえか、という風に、オレクはにやりと笑った。


 あたしはため息をついて、カウンターに突っ伏した。


「やめてよ、毒殺とか黒幕だなんて。侯爵さまはご無事だし、お父さまは無実なんだから!」


「わかってるよ。ごめん」


 オレクは顔をしかめた。

 

 オレクの父でここの居酒屋の店主も、商売の関係でよくウィルデッケ家の屋敷にも出入りしている。実質飲み仲間のようなものだから、オレクもあたしのお父さまと顔見知りだ。


「オレたち村のもんは、わかってるさ。ウィルデッケさまはそんな人じゃねぇって。でも街から下ってくる旅の奴らが、あちこちで言いふらして回ってるから……」


 そう、それが問題なのだ。


 噂はあくまでも噂。使者からの手紙には婚約破棄のことだけしか書かれていなかった。侯爵さまが毒殺されかかったという話は、あくまでも使者の口伝えでしかない。そのせいで破談になったのだと使者は臭わせて帰ったが、特に具体的なお咎めがあるわけでもない。


 でもオレクの言う通り、このまま噂が広まったら?

 嘘も言い続ければ誠になるという。

 いわれのない疑惑を放置するうちに領民の気持ちが離れていったら、やがて領地も取り上げられる。世の中にはそんなふうにして、一家離散となった没落騎士たちもいるのだから。


「だからこそ、弁明の機会を願い出るの! お裁きもなしに一方的に疑いをかけられるだけなんて、ひどすぎる。お父さまが動けないなら、あたしが行動するしかないじゃない」


 そんなわけで、先ほどからあたしは、オレクに公爵領までの道案内――用心棒的なことをお願いしているのだった。

 

 ヴィルダの街まで片道二日かそこらの旅である。オレクは行商にくっついて何度も行ったり来たりしているから、付き添ってくれれば心強い。けれど、店が忙しい時期だからと渋って、首を縦に振ってくれないのだった。

 

 オレクだっていずれはこの居酒屋を継ぐ身。いつまでも好き勝手していられない事情は、あたしにもわかっているんだけど……。


「ウィルデッケさまの具合は……?」


 オレクは、新たに入ってきた常連客と少し世間話をしてから、またあたしに向き直ってたずねた。あたしは小さくため息をついた。


「だいぶ良くなったわ。でもショックが大きかったのね。ベッドの中でお食事をとる以外は、ほとんど寝ていらっしゃるの。お医者さまは、しばらく身体を休めれば心配ないっておっしゃるけど……。侯爵さまの信頼を失ったのが、とても(こた)えていらっしゃるのね」


「そっか……。だからって、リディアお嬢さんが親父さんの代わりに公爵さまに直々に弁明ったって……。普通に考えて、無理だろ? 親父さんは許したのか?」


「そりゃ、こっそり行くのよ」


「――またか。昔っから、これだもんなぁ」


 オレクは、心底から迷惑そうな顔をして、あたしを見た。

 いちど思い立ったら行動せずにはいられない、そんなあたしに子どもの頃から付き合わされているのだから、まぁ当然の反応だろう。


 オレクは舌打ちをする。それからお客の求めに応じて、ビールをなみなみと注いだマグを、カウンターから離れたテーブルに運ぶ。

 

「だからね、オレク。ヴィルダの街まで送ってくれればいいの。その先は一人で行くから」


 あたしは、オレクの後をついて回ってお願いした。

 

「ダメだったら。しつこいな!」


 オレクがやや大きな声をあげた時だった。入り口あたりのテーブルから、少し高めの、張りのある声がした。


「ヴィルダの街道は物騒だよ。女の子の一人旅は危険じゃないかな」

 

 オレクとあたしは振り向いた。

 

 髪を短く切りそろえた、若い男の二人連れだ。騎士らしく、どちらも腰に剣を帯びている。

 それぞれのマントの装飾から、一人の身分が高く、もうひとりはその従者だってことがわかった。


 話に割って入ってきたのは、身分が高い方の騎士だった。細面の、すっきりとした顔立ちをしている。


 ……年頃の女子の(たしな)みとして、外見はささっと確認した。一応ね。


「すまん。今ちらっと耳に入って。聞き耳をたてていたわけじゃないよ」


 騎士は両手を広げ、ほほ笑む。本当に他意はなさそうだ。


「あ、いえ。俺たちこそ、お客さんの前ですいません」


「昔と違って追い剥ぎも増えているらしいから。男の同伴者がいないと無理だよ。きみ、一緒に行けないのなら、このお嬢さんを全力で止めなきゃ」


「は、はぁ。でもこいつ、絶対引かねえんです。犬みたいに縄をつけても、こっちが引きずられるくらいなんで」


「ちょっと……!」


 あたしは肘でオレクをつつく。


「ははは」

 騎士は面白そうに笑った。すると、彼の鼻の先がほんのりさくらんぼ色に染まる。物腰は大人っぽいが、実はとても若いのかもしれない。


「カレシが行けないのなら、ぼくが用心棒になって送っていこうか。ちょうどそっちへ向かう途中だ」


「アベルさま……!」


 黙って聞いていた従者が、目で「なりません」と訴える。

 あたしとオレクも慌てた。冗談で言ったに決まってるいるけど、まっすぐにあたしを見る騎士の視線が、妙に真に迫っていたから。


「い、いーえ! それには及びませんっ」

「わかりましたっ。お、俺が……!」


 二人そろってペコっとお辞儀をすると、コソコソと奥のカウンター席に逃げ戻った。


 謎の騎士のおせっかいのお陰でオレクもしぶしぶ承諾してくれて、旅の計画はとんとん拍子に進んだ。


「じゃあ、明日。夜明け前に、ウチの勝手口に迎えに来てね」


 仏頂面のオレクに念を押し、ふと顔を上げると、またあの二人連れの騎士が目に入った。


 アベルさまと呼ばれた騎士も、こちらに気付く。目が合うとにっこり笑って、それからちょっとはにかんだように視線を落とした。


 ――な、なんなの。その反応。


 妙に気まずい。いつもなら入り口から出て行くところだけど、オレクに頼んで裏口を使わせてもらった。


 ――まって。なんであたしがコソコソしなきゃならないのよ。

お読みくださり、ありがとうございます!

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