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16 オレク――幼なじみの品格と云うもの

 手紙の顛末(てんまつ)を聞いたオレクは、「信じられねえ」や「ばかじゃねえの?」などと言いたげな視線をあたしに向けた。


 ええ、ええ、ご(もっと)も! 当事者のあたしだって、同じ思いなんだから。でも――。


「そんな、すべてがあたしの落ち度だ、みたいな目で見ないでくれる?」


「百歩譲って、鳩の件は不運だったのかもしれねえけど。そもそもこの旅は、お嬢さんのわがままで始まったことなんだからな」


「ち・が・い・ま・す! 元はと言えば、アベルが――」


 言いかけて、あたしは黙った。

 よそう。これ以上、彼に責任転嫁(せきにんてんか)するのは。


「そうね。あたしが考え無しだった。手紙だって、お父さまに黙って持ち出してしまったのだし。……あんただって、オレク……あたしに無理やり付き合わされて、そんな怪我まで負ってしまって……」


「いや、俺のことはいいんだよ。足のことは、俺が不覚を取ったんだ。ちっくしょう、野犬(やけん)のやつ……」


 オレクは左足首をさすって、顔をしかめる。

 手当(てあて)がされているということは、少なくともイーヴォたちは人殺しの手合いではないのだろう。彼らの目的はまだハッキリとわからないけど。


 オレクは続けた。


「そりゃ、お嬢さんの押しが強かったのも事実だけど、そんなことは慣れてらぁ。断る理由なんていくらでもあったし、なんだったらウィルデッケの親父さんにチクってしまったってよかったんだ。でもそれはしなかった。

 だから……まぁ、気にすんなってこと」


「ありがとう、オレク。でも今回ばかりは、ちゃんと気にして大反省しなきゃと思うの」


 あたしは重い身体をひきずって、オレクの隣に座った。


「あたしはいつだって、あんたのことを振り回してきた。小さな頃からね。あんたが止めるのも聞かずに小川で遊んだり、(はち)の巣をつついたり。で、深みにはまったり、蜂に刺されたり、痛い目にあうのもいつもあんた――」


「なんだ、自覚があったんかよ。ちくしょうめ」

 

 オレクが毒付く。

 

「俺ぁてっきり、お嬢さんは生まれながらのド天然で、周りのことなんてちっとも見えてねえんだとばかり思ってたぜ。なら仕方ねえって、これまで耐えてきたんだがな。ちえっ、わかってて俺を利用してたんなら、タチが悪いや」


「……甘えていたってことなんだと思う。昔から、わかっていたんだもの。あんたは絶対にあたしの頼みを断らない。それはあたしが、カスパル・ウィルデッケの娘だからで……」


 あたしは言いかけて、口をつぐんだ。

 

 いかに貧乏で落ちぶれていようと、あたしは領主の娘で、オレクは父の治める土地の領民(りょうみん)だ。

 幼い頃からいかに慣れ親しんで成長していようと、あたしは命令を下す立場で、オレクは従う側。その構図は変えられない。

 

 だからこそ、あたしは自分の言葉や行動に注意して、自制しなければならないのだ。兄妹のように思っている彼に、これ以上迷惑をかけないために……。


 そういうことを伝えたいのだが、うまい言い回しが見つからなかった。


「もしかしたら、あんたから卒業しなきゃいけない時が来たのかもしれないって……」


 それだけ言って、あたしは自分の(ひざ)を抱えた。


「それは違うぜ、お嬢さん」


 やがてオレクが口を開く。

 その声に少しだけ怒ったような響きが感じられて、あたしはどきりとした。


「俺は自分で決めたんだ。お嬢さんを助けてやろうってさ。

 誰に命令されたわけでもねえぜ。ガキの頃からそうだった。

 そりゃ、そっちから見たら、俺なんてただの『村人その(いち)』的な立場かもしれねえけど――」


「オレク! あんたのこと、そんな風に思ったこと一度も無いわ」


「いいから、聞けって。立場的には、俺ぁお嬢さんの家来みたいなもんさ。こう見えて、その辺はちゃんとわきまえてら。


 だからって木偶人形(でくにんぎょう)ってわけじゃねえんだ。俺には俺の考えがある。

 ()()と、()()に……」


 そう言ってオレクは、指で自分のこめかみをトントンと突き、次に心臓のあたりを手のひらで叩いた。


「お嬢さんの代わりに小川に落ちたり、(はち)に刺されたりして『チクショウ、ふざけんな!』って思うのは、ここ。俺の頭さ。

 けど、『お嬢さんを危ない目に遭わしちゃなんねえ、そばにいて守らなきゃ』ってなるのは、俺のここ。心臓のあたりに集まる強い思いが、俺の身体を動かしてる」


「オレク……」


「どちらも俺の思い、俺の考え。つまり、俺のモンなんだ。リディアお嬢さんにどうこうできるもんじゃねえし、心配される筋合いもねえ。

 俺が暴走するお嬢さんを止められねえのと同じさ。

 ……わかるか?」


「ええ……」

 あたしはうなずいた。


 オレクがこんなふうに考えているなんて、知らなかった。

 

 物心ついたときからほぼ毎日顔をあわせて、一緒にイタズラをしたり野山を駆け回った幼なじみ。昔はあたしのほうが身体が大きくて、取っ組み合いの喧嘩(けんか)の果てに泣かしてしまったこともある。

 そんな彼が、いきなり大人びて感じられた。


 いいえ、あたしが今まで気付かなかっただけで、もうずっと前からオレクは大人になっていたのね……。


「だから、必要以上に俺に気をつかって、別人のように振る舞おうなんて、考えてくれるなよ。俺も文句は言うけどさ、正直、振り回されるのが楽しいんだ」


「本当に?」


「本当さ。ま、今回はちと、度を越していたとは思うけどさ。足の怪我(けが)がどうとかじゃなくて、お嬢さんの身に何かあったら、俺ぁ自分で自分を許せなくなる」


「そうよね……ごめん!」


「だーかーら。謝って欲しいとかじゃなくてさ! 俺はただ、お嬢さんに変わって欲しくねえんだ。俺も、自分を変えたくねえ。いつまでもガキの頃みてえに、一緒に面白おかしくやりてえだけさ」


 そう言って、オレクはニヤリと笑った。

 

「ありがとう、オレク」


 あたしも、彼に笑みを返す。


 わかっている。

 あたしとオレクの今のような友情が、いつまでも続くわけはないってこと。


 オレクは多分、これ以上無いってくらい注意深く、言葉を選んで話したんだと思う。

 ひとつでも間違ったら、余計(よけい)なひと言を挟んだりしたら――曖昧(あいまい)な二人の関係は壊れてしまうだろう。


 あたしたちはいつのまにか、そういう年頃になったのだ。


 寂しいような悲しいような、罪悪感にも似た気持ちに(おそ)われて、あたしは何も言えなくなった。

 オレクも口をつぐみ、気まずそうに片手で自分の髪をぐしゃぐしゃやっている。


 ゴトン…………ゴトン…………。

 ほんのしばらくの間、水車の音だけが響いていた。


 やがてオレクが口を開き、がらりと変わったトーンで言った。


「……さ、いつまでも黄昏(たそが)れてるわけにもいかねえや。手紙のことに話を戻すぜ」


 



 

読んでくださり、ありがとうございます!

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