15 彼らが探しているものは……?
少しのあいだ気絶してしまったに違いない。
ふと気がつくと、あたしは手足を縛られ、床に転がされていた。
「……見あたりませんぜ、旦那」
「探せ……必ずあるはずだ……」
男二人の押し殺した声が聞こえてくる。
壁を向いて転がされているので彼らの様子は見えないが、音や気配から察するところ、ベッドの上のあたしの荷物をひっくり返しているようだ。
後頭部がひどく痛み、吐き気もする。
助けを呼ぼうにも、猿轡がきつくて息をするのでさえやっとの状態だ。
(このまま、殺されてしまうのかしら……)
そんな考えが頭をよぎる。
恐怖を感じないのは、意識が朦朧としているからだろう。
事実、男たちの話し声がとつぜん大きく聞こえてきたり、その反対に、まるで水の中にいるかのようにくぐもったりしている。
(たすけて…………)
あたしは必死で唇をうごかした。
お父さま――と呼ぶつもりだった。
けれど、意識の底から聞こえてきたのは、べつの人物の声だった。
――信じてほしい、リディア。一人で何とかしようとなんて考えないで。
――ぼくたち、最高に息が合ってたじゃないか。
(…………アベル…………!)
あたしは声にならない声で、彼を呼んだ。
ふいに床がきしんで、男の片方が近づいてくるのがわかった。
「おいっ、あれはどこにやった?」
かがみ込み、あたしのあごを持って首の向きを変えさせ、粗野な言葉で訊ねる。男の臭い息がふりかかった。
「うっう……」
あたしは呻いた。男はあたしの様子を見て、「うっかりした」と言うようにニヤリと笑う。
「ああそうか。こいつのせいで喋れねえんだな」
いま解くぜ、そう言ってあたしに噛ませている縄に手を伸ばす。
が、すぐに後ろの男が「待て!」と制した。
「解くな! 叫び声をあげられたらおしまいだ」
敵もさるもの。まさにそうしようと思っていたあたしは、目の前の男の顔をにらみつけた。
髭面の、あまり裕福そうではない身なりの男だ。
「それもそうだ、じゃ、俺が訊ねるから、おめえさんは頷くか首を振るかで答えるんだ。いいな?」
あたしは、ぷいっと視線を逸らせた。
冗談じゃない。いきなり押し入って狼藉をはたらく奴らの言いなりになってたまるもんですか!
が、次の瞬間、よく研いだ短剣の切先が、あたしの目の前に突きつけられた。
う……。
気合いじゃ刃物には勝てないわね。
あきらめて目を伏せ、かすかにコクンとうなずいた。
男は満足そうに喉を鳴らした。
「じゃ、聞くぜ。おめえ、手紙を持ってんだろう?」
(手紙……?)
ノイエンフォルク侯爵さまの手紙のことを言ってるのかしら?
あたしは思わず目を見開きかけたが、また目眩におそわれ、まぶたを閉じた。
「持ってんのか、持ってねえのか。どっちだい!?」
男がすごむ。
あたしは首を横に振った。頭を動かすと、さらに目眩がひどくなる。
「嘘をつくな? おめえが持ってるって話だったぜ!」
あたしはもう一度首を振ったって。
嘘じゃない。手紙は失くしてしまった――いや、鳩に取られてしまったのだから、あたしの手元にはもう無いのだ。
「旦那、これじゃらちがあかねえ。猿轡を解いちまっていいですかい?」
旦那と呼ばれた男は戸口のあたりに立っているらしく、あたしにはその姿が見えなかったが、少し思案しているようだった。
そのとき、閉じた扉の向こう側から話し声が聞こえてきた。宿の主人と常連客が、廊下で言葉を交わしているらようだ。
「行商に出る前に、焼きたてのパンでもどうです?」
「そいうはありがてえ。チーズなんかももらえるかい」
そんな日常的な会話と共に、ゴツゴツと二人分の靴音が廊下をこちら側に近づいてくる。
あたしを襲った男たちの身がキッと引き締まるのがわかった。
(お願い、どうかこっちに気づいて……!)
しかし、あたしの祈りも虚しく、談笑する声は遠ざかって行ってしまった。
男たちは安堵の、あたしは絶望のため息をつく。
「ここは人が多くて危険だ。あそこでやろう」
「俺たちのアジトへ、娘を連れて行くんですかい?」
「どうせここに手紙はないんだ。……急げ!」
“旦那”は早口で男に指示をする。
髭面の方は、一瞬不満げに鼻を鳴らしたが、すぐに「よっこらしょ」とあたしを肩に担ぎ上げた。
いきなり揺り動かされたので、あたしの目眩がひどくなった。
逆さまの視界に映る、逆さまのベッドと逆さまの窓。
それらの光景がぐにゃりと歪み、マグに注いだビールの泡みたいに白濁して消えていった――。
◇
「リディア……! お嬢さん、しっかりしろ……!」
誰かがあたしを呼んでいる。
呼び声ともに、なにか重いものを引きずるような音、一定の間隔でガタガタ鳴る音、川のせせらぎなども聞こえていた。
「う……ん…………」
呻きながら首を動かす。
何かが頰をちくっと刺した。
この感触は、よく知っている。藁だ。たぶんあたしは、藁くずの散らばった木の床に寝かされているのだ。
「おいってば、リディアお嬢さん! 呑気にいびきなんてかいてる場合じゃねーぞ!」
またあたしを呼ぶ声がする。
その懐かしい響きに、あたしはまぶたをぱっちりと開けた。
(……オレク!?)
目に飛び込んできたのは、レンガでできた粗末な壁、ひと抱えもの大きな石臼と木製の機構。窓から斜めに差し込む光が、それらをうっすらと照らしている。
オレクは、少し離れた場所の壁に、背をもたせかけて座っていた。
床に投げ出された左の足首は、添木で固定されている。が、彼は縛られてはいなかったので、どうにかこうにかあたしに近づいて、縛られた手足と猿轡を外してくれた。
「オレク……どうして、ここにいるのよ……?」
「そのセリフ、まんまお嬢さんに返すぜ」
「村に帰ったと思っていたのに……」
「ふん、あの二人、やっぱりとんだ食わせ者だったったのさ。最初から怪しいと思っていたんだ、俺は!」
オレクは、そばかすの散った血色のいい頰をゆがめて、乱暴に言う。
罵詈雑言の入り混じった彼の説明を要約すると、こうだ。
足をくじいたオレクを送っていくようアベルに命じられたイーヴォだったが(3話参照)、主人に忠実なふりをしていたのは一瞬だけ。アベルとあたしの姿が見えなくなるやいなや、オレクを縛り上げ、剣で脅した。
そして、別の道を通って二日前にヴィルダの街に入り、仲間とおぼしき男たちと合流。以来オレクは、彼らのアジトとおぼしきこの水車小屋に閉じ込められているらしい。
「あのイーヴォって奴、道々ずっと俺に質問しっぱなしだった。ウィルデッケの親父さんのことや、リディアお嬢さんのことをな」
「そう……だったのね……」
あたしはなんとか身体を起こした。
まだ頭は少し痛むけれど、めまいはだいぶ引いている。
「だからイーヴォは、先回りしてノイエンフォルク家に着いて、ベアトリクスと馬車で現れたりしたんだわ……」
イーヴォ……。陰気で、とらえどころのない人物だと感じてはいたけれど、アベルの従者だから信用していたのに。まさか、こんな悪人だったとは。
宿で襲われたときから、ずっと引っかかっていたことがある。
髭面の男から「旦那」と呼ばれていた男は、やはりイーヴォだったのだ。
「ベアトリクス? 誰?」
オレクが首をかしげたので、あたしはゆうべあったことを手短に説明した。
――あ、アベルと交わした会話は伏せておいた。
だって、あたしが彼を好きになってしまったのは想定外のことだったし、二度も破談になったなんて言えやしない。
そもそも、オレクやあたしが襲われたことと、直接関係ない……と思う。たぶん。
「なぁるほど……」
オレクの表情が険しくなった。
「これは俺の勘だけどな……そのイーヴォって奴、ノイエンフォルク家のお家騒動に関わってるんじゃねえかな」
「ノイエンフォルク家の、お家騒動?」
「ああ。噂じゃ、ウィルデッケの親父さんが疑われているが――。実はお家の内部で争いが起こっていて、ウィルデッケさまに濡れ衣を着せる、そんな陰謀があるんじゃねえかってこと」
「あ――!」
あたしも合点がいって、うなずいた。
「イーヴォは、お父さまに宛てた侯爵さまの手紙を探していたわ。きっと何か手がかりになることが書いてあったのね。オレク、あんたイーヴォに喋った?」
「喋る? 何を?」
「あたしが手紙を持っていたってことよ。イーヴォが知ってるなんて、おかしいもの」
「俺を見損なってくれちゃ困るぜ。お嬢さんのことも親父さんのことも、俺からは何一つあいつに喋っちゃいねえよ」
「そうね……ごめん」
あたしはオレクに謝った。
「ま、お嬢さんを襲ってまで手に入れたい手紙なら、よほど重要なことが書いてあんだろ?」
「それが、わからないのよね。読もうとしたんだけど、鳩に持っていかれちゃったから――」
「はあぁぁ!?」
オレクは素っ頓狂な声をあげた。
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