13 ノイエンフォルク家の人々③
※このepはアベル視点でお送りします。
「ディルク!?」
ぼくが弟の名を呼ぶと、彼はがばっと身を起こして抱きついてきた。
「アベル! 兄さん! 助けてくれよ!」
「助けてって、なにを――」
「ぼくはもうダメだ。母さんに、殺されちまう……!」
「義母上に……? どういうことだ!?」
弟の両肩をつかんで、引き離す。
ディルクは水色の瞳に涙をいっぱい溜め、くしゃくしゃになった顔で僕を見上げた。
「ああ、兄さんは……大人になった。すっきりした目元が、父さんにそっくり……」
「そんなことは言わなくていい。身体の具合はどうなんだ? 殺されるって、一体――」
ディルクはうつむいた。
すべすべした額に、汗で湿った前髪がへばりついている。黒髪のぼくとは違って、はちみつ色の金髪。美しい義母イネスにそっくりだ。
一八才になったはずだが、最後に会った十才の頃と変わらずに愛らしい少年ぽさが残っている。
少し頰のあたりがやつれているが、燭台の灯りで見る限りは死にそうな様子ではなかった。
「アベル、怒らないで聞いてくれる?」
「もちろんだ」
「――嘘なんだ」
「なにが?」
「毒を盛られたなんて、嘘なんだよ……!」
そう言うと、ディルクはまたぼくにしがみついて嗚咽する。
ぼくは混乱して固まった。
「わかるように説明してくれ、ディルク。ほら、泣きマネしたって何の解決にもならないぞ」
ふたたび肩をつかんで引き離す。
「バレたか。兄さんには敵わないなぁ……」
「お前の手口はわかってるんだ」
「ほんとに怒らないで聞いてくれる?」
ディルクは唇をとがらせて、上目遣いにぼくを見上げる。
ぼくは「怒らない」と約束をした。
わがままで小狡いところのある弟だが、こういう態度に出られるとぼくは弱い。
彼に慕われ、親切にしてやることで、子どもの頃のぼくはこの家での居場所を確保してきたからだろう。
「実は、ね……」
ディルクはもじもじと身体を揺する。
「早く言えよ。じれったいな」
「……ぼくが、自分で毒を飲んだ……」
「…………?」
「狂言だったんだ……ぼくが、病気になったって、母さんに思ってもらいたくて……」
「はぁっ!?」
思わずディルクを突き飛ばした。弟の細い身体が、ベッドの上に仰向けに倒れる。
「ディルク……お前……! 自分がなにをしたのか、わかっているのか!?」
「約束は!? 怒らないって言ったじゃないか!」
「知るもんか、そんなもの! 自分で毒を? なんでそんなバカなまねを――」
「ベアトリクスと結婚したくなかったんだ。だって、ノイエンフォルクの家督を継ぐ者が彼女と一緒になる取り決めだろ」
ディルクは、ぶすっとむくれて、語りはじめた。
(その気持ちはわかる……)
そう口走りたいのをぐっとこらえて、ぼくはディルクの弁明に耳を傾ける。
ディルクによれば、昨年ごろからベアトリクスが頻繁に屋敷に来るようになったらしい。
はじめのうちこそディルクも、愛らしい彼女の訪問を楽しみにしていた。が、すぐに彼女は、ディルクを軽んじるような態度をとるようになった。もちろん、召使も誰も見ていないところで、だ。
二人の会話の内容も、ノイエンフォルク家の財産とか、母上が持っている宝石のことだとか、そんなことばかり。
ハルヴァーテン家の財政が逼迫しているのかどうかは知らないが、ベアトリクスはディルクを「振れば金貨の出てくる財布」としか思っていないのかもしれなかった。
「母上に訴えたこともあったけど、どうしても婚約解消を許してくれない。ハルヴァーテン家との絆を強くするのが、この家の当主の務めだからって……。
だから……だから……。ぼくがノイエンフォルク家の跡継ぎでなくなるには、死ぬほどの病気になるしかないって……。そしたら母上も諦めて、アベル兄さんに家督を継がせようと決心なさるだろうって……」
「そんなことで服毒したのか。浅はかな奴だ。本当に死んでしまうかもしれないのに」
「毒ったって、ちょっと腹痛を起こしたり、その程度の弱いやつなんだよ」
「大体そんなもの、どこで手に入れたんだ?」
「乳母のコニーさ。ぼくが心から気を許せるのはコニーだけだった。彼女が手に入れた薬を、毎晩ミルクに混ぜて飲んで……まぁ焦ってちょっと飲み過ぎちゃったんだけど……それでめでたく病気になった。で、父上が兄さんのいるオルフラッハに遣いを遣ってくれたってわけ」
「ああ……」
ぼくは呻いて、頭を抱えた。
この一連のドタバタ劇が、ワガママな弟による狂言だったなんて。
だが、待てよ?
ここまでの話は、オルフラッハに届けられたぼく宛の手紙の内容と一致している。
「弟が病気だから、見舞いに戻ってこい」というものだ。
なら、ディルクに毒を盛ったのが、かつての父の忠実な臣下にして盟友カスパル・ウィルデッケだという噂は、どこから出てきたのだろうか?
ぼくが問うまでもなく、ディルクが続けた。
「ところが、さ。兄さん。ほんの数日前のことなんだ。
料理人の若い女が、突然いなくなった。召使たちに聞いたら、いきなり憲兵に連れて行かれたって言うけど、だれも彼女の容疑は知らないんだ。
そして、乳母のコニーの言うことには、料理女がいなくなったのと同じ日に、残りの毒も消えてしまったんだ。隠しておいたはずの場所をいくら探しても無いんだって!
誰かがぼくの狂言を見抜いて、それを隠そうとしているんだよ。
そんなことするの、母さん以外に考えられないだろ!?」
ディルクはまた子どものような泣き顔になった。
「こんなにぼくが嫌がっているのに、まだ母上は、ぼくがノイエンフォルクの当主になることを諦めてくれないんだ。
薬がなけりゃ、うまく詐病もできやしない。
だからぼくは、昼間は飲まず食わずで過ごして、夜中に隠れてコニーの差し入れを食べて、なんとか命を繋いでいるんだ……」
よく見ると、ベッドカバーの上にパイ屑が散らばっていた。つまりディルクは、ぼくの部屋でこっそりと夜食をかじっていたのだろう。
そこにぼくが(ついでにベアトリクスも)入ってきたので、急いでベッドに潜り込んだに違いない。
「それで義母上に殺されるって? つくづく大袈裟だな、お前ってやつは……」
「だってこのままじゃ、飢え死にしちまうもの!」
「くだらないことを企むからだ。まったく……演出過剰なところも親子でそっくりなんだから……」
言いながら、呆れを通り越して笑いそうになった。
「義母上もお前も、そうやって策を弄してばかりで、きちんと向き合って話さないからこういうことになるんじゃないか。
ベアトリクスとの結婚が嫌なら、その気持ちと理由を、父上と義母上に正直に話すんだ。
いくら両家の間の約束事とはいえ、お前が体を張って意思表示するほど苦痛なら、父上だって無理にとは仰るまいよ」
「う……ん……」
ディルクは気が進まないようだったが、渋々といった様子でうなずいた。
「ぼくも口添えをしてやるから。いいね?」
弟の肩をポンと叩いて、ぼくは言った。
義母には「面白みがない」と言われるが、思ったこと感じたことを飾らずに口に出せる性分は、数少ないぼくの長所だと思う。
義母も弟も、それができない。ぼくとは別の意味で、不器用な二人だ。
自分の真面目な性格が、初めて家族の役に立つかもしれない。それなら、わざわざ旅をして帰ってきた甲斐もあるような気がして、ぼくは少し嬉しくなった。
だが結局、ぼくの思い描いた家族での話し合いは、実現しなかった。
翌朝早く、父であるノイエンフォルク侯爵の死が知らされたからだ――。
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